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ラヴィラントの街は、マグス・サトリの評価によれば、あまりにも騒がしく、氷河の雪解け水で身を清めない者たちの臭いが充満していた。三日間、彼はセラフィナ王女に連れられて金飾りの広間や大理石の回廊を歩き回ったが、その「王家の恩義」とやらに、そろそろ窮屈さを感じ始めていた。
「王女、宿には感謝している。本当だ」
眼鏡をかけた重厚な法衣の男——王都随一の不動産登記官——を見下ろしながら、188センチの巨躯を持つマグスが言った。
「だが、あんたの城は隙間風がひどい。それに、俺が刀を研ごうとするたびに、5人の侍女たちがその摩擦音を『神聖魔法』と勘違いして気絶するんだ。やってられん」
「サトリ殿……」セラフィナは溜息をつき、首元の「幸実繋ぎ(こうじつつなぎ)」のペンダントをなぞった。
「貴方は国の英雄なのです。公爵級の領地を用意すると申し上げたのに、なぜ……よりによって『スラム』に固執なさるのですか?」
「山が見える場所がいい」マグスは低い声で答え、市街地の下層地区の地図を凝視した。
「それに、街の北東の角は標高が高く、山羊の干し肉を作るのに最適だ。何より、あそこの空気は……馴染みがある」
登記官のフィルバートは、震える手で眼鏡を直した。彼にとって、マグス・サトリは人間ではなかった。ギルドの魔力測定水晶ですら処理しきれない、歩く「虚無」そのものだった。
「閣下……その指し示しておられる物件ですが」フィルバートは羽ペンを震わせながら口籠った。
「スラムにある『黒蔦の館』……あそこは70年もの間、封印されています。ランクAの呪い地帯なのです。壁からは血が流れ、影が地元の警備兵を喰らうと噂されておりますぞ」
マグスは、青海波模様の羽織の上で長い黒髪を揺らし、首を傾げた。
「壁から血が出る? 配管の故障だろうな。影だと? 俺は『不帰の森』に住んでいたんだ。影が俺を食おうとしたところで、消化に相当苦労するはずだぞ」
「深淵」への歩み
マグスが北東のスラムへ向かって歩き出すと、その隠密スキル「存在不明」が完全に機能した。下層街のスリやゴロツキたちにとって、彼はただの「ぼやけた残像」に過ぎなかった。オゾンと松の香りを残して通り過ぎる、鋭い一陣の風だ。
彼が辿り着いた「屋敷」は、屋敷というよりは、誇大妄想を抱いたボロ小屋だった。建物は脈打つ不気味な紫色の蔦に覆われ、病的な死霊エネルギーを放っている。世間一般の常識では、これは「瘴気壊死」と呼ばれる高位の呪いであり、霊体を現世に繋ぎ止めるアンカーだった。
だが、マグスにとっては、ただのカビだった。
「汚ねえな」
超自然的な悲鳴を上げる錆びた門を跨ぎながら、マグスは呟いた。
「山に10年いたが、これほど手入れの悪い家は見たことがない。価格が山草3袋分だったのも頷ける」
彼が縁側に足を踏み入れた瞬間、周囲の気温が絶対零度まで急降下した。かつて数十人の祓魔師を葬った霊体——「レイス・キング」が入り口に現れ、魂を粉砕せんばかりの咆哮を上げようと口を開く。
マグスは刀を抜きさえしなかった。ただ手を伸ばし、幽霊の額を軽く「デコピン」した。
「光を遮るな」マグスのバリトンボイスに「剣意」が宿る。
「床板が腐っていないか確認したいんだ。取り憑くなら図書館にでも行け」
レイス・キングは硬直した。その原始的な不死者の論理回路は、「真実の眼」を粉砕した時と同じ「振動同調」を引き起こした。サトリの精神圧があまりに高密度であったため、それは「深紫外線(UVC)殺菌装置」のごとく作用し、レイスの魔力錨を物理的に分解したのだ。
幽霊は消えたのではない。困惑したような「ポンッ」という音と共に、蒸発したのである。
最初の掃除
マグスは家の中に入り、天井にへばりつく「呪霧」の層を見上げた。
「これじゃ住めないな。洗濯物を入れる前に消毒しなきゃならん」
彼は刀の柄を握った。何かを斬るつもりはなかった。ただ、湿った壁を乾かすために少しばかりの「熱」を発生させたかっただけだ。
技:摩擦火花——低出力。
彼は刀をわずか3インチ(約7.6センチ)ほど抜いた。抜刀速度は「のんびりとした」秒速343メートル——音速の壁を辛うじて超える程度だ。
発生した光の波は炎ではなく、100ナノメートルから280ナノメートルの高周波放射だった。近隣住民の目には、王国一の呪われた館の煙突から、突如として「聖なる輝き」の柱が突き抜けたように見えた。
内部では、紫色の蔦が縮み上がり、枯れ果てた。「出血」していた壁は一瞬で乾燥し、高位の呪いたちは、マグスが言うところの「摩擦によるちょっとした埃払い」によって、分子レベルで物理的に引き裂かれた。
「よし」
マグスは、パチンと小気味よい音を立てて刀を納めた。
「さて、この近所で粗塩でも手に入れば、ようやくここを家と呼べるようになるんだが」
彼は気づいていなかった。スラムの端で、一流の魔導師や聖騎士たちが十数人も、呆然と口を開けて立っていることに。彼らは「死の地帯」がわずか数秒で穏やかな庭園へと変貌する様を目撃していた。
「なあ……」一人の騎士が囁いた。
「サムライがリッチ・キングを退治した理由が、『家事をしたいから』っていうのは……変じゃないか?」
ごめん、ちょっと抜けてた!




