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漆黒の薬罐を手に、魔導師サトリはラヴィラントの王立噴水の前に立っていた。その噴水は芸術の極致だった。嘆きの女神の大理石像から、「純粋なる源泉」の付与魔法によって水が流れ落ちる。光の教会によって、王国で最も清浄な液体として祝福された水である。


ラヴィラントの民にとって、それは「神聖」であった。 サトリにとって、それは「生物学的危険物」であった。


「鉱物の蓄積だな」 サトリは水晶のように澄んだ水盤を覗き込み、低く呟いた。「カルシウムが過多だ。石灰岩の痕跡もある。それに流速が……一定ではない。水が『志』を持たず、ただ『彷徨って』いる」


王族の責務と、ある種の不吉な好奇心から彼に付き添っていたセラフィナ王女は、こめかみを押さえた。「サトリ殿、それは『恩寵の泉』です。三層の神聖魔法によって濾過されているのですわ。人々はこれをごく一口飲むために、何週間も旅をしてくるのです」


「ならば貴公の国の民は、水分補給の基準が低すぎるな、王女」サトリは即答した。


彼は薬罐を沈めなかった。代わりに、素手を水の中へと差し入れた。 (山ミントの真髄を抽出したければ、茶葉と喧嘩をしない水が必要だ。必要なのは『従順な』水だ)


サトリは目を閉じた。


技:分子振動整列ぶんししんどうせいれつ


彼はゆっくりと円を描くように手を動かし始めた。最初は、ただ噴水をかき回しているだけのように見えた。だが、音が変わった。穏やかな水音が、低く規則的な唸り――回転を上げるタービンのような音へと変貌したのだ。


サトリはただ水を動かしているのではない。微細な物理的パルスを叩き込み、液体から不純物を「振り落として」いるのだ。カルシウム、ミネラル、そして彼が単なる「構造的なノイズ」としか認識していない魔法の祝福までもが、純粋な運動周波数によってH2O分子から強制的に分離されていく。


「サトリ殿!?」セラフィナが息を呑んだ。「水が……灰色に濁っていきますわ!」


水が汚れたのではない。サトリが物理的にミネラルを「濾過」し、噴水の中心に濃縮された雲として集めていたのだ。突如、彼が手首を鋭く返すと、水盤に衝撃波が走った。


――ピシィッ!


濃縮されたミネラルの塊が、大理石ほどの大きさの固形弾となって噴水から飛び出し、近くの石柱に深く埋まった。噴水に残されたものは、もはや「聖水」などではなかった。それは別種の何か――あまりに純粋すぎて、現実世界に空いた穴のように見える液体だった。光を反射せず、光を完璧に透過させる水。


サトリは薬罐を浸し、その「浄化」された液体を満たした。


「よし」彼は言った。「ようやく水が目を覚ました。茶を台無しにするような『エゴ』はもう残っていない」


その時、光の教会の高司祭が聖騎士たちを率いて到着した。彼は石柱にめり込んだ「祝福」の成れの果てである灰色の塊と、今や異様に煌めく「エゴなき」泉を目にした。


「冒涜だ!」司祭は震える指をサトリに突きつけ、悲鳴を上げた。「聖なる源泉から神性を剥ぎ取るとは! 貴様、恩寵を殺したな!」


サトリは司祭を見、それから薬罐に目を落とした。


「何も殺してはいない。貴公らが飲んでいた『石』を取り除いただけだ。貴公の言う『恩寵』とやらがただの未精製カルシウムだというのなら、もっとマシな配管システムに投資することをお勧めする」


司祭の顔は、自然界には存在し得ないような紫色に変色した。「捕らえよ! この男は女神を侮辱した!」


聖騎士たちが飛びかかってくる中、サトリは視線すら上げなかった。彼はただ左へ一歩踏み出した。その動きはあまりに合理的で、まるでその場から消去され、三インチ隣に描き直されたかのようだった。聖騎士たちは互いに衝突し、重厚な鎧がひっくり返ったキッチンラックのような音を立てて崩れ落ちた。


「乱闘に割く時間はない」サトリの声が一オクターブ低くなり、噴水の水面に完璧な同心円の波紋を広げた。「一煎目を淹れるのに最適な温度が迫っている。私を遅らせれば、薬罐の中の酸素濃度が下がる。そうなれば……私は『不愉快』になるぞ」


虚無から見守るシャドウ・オブザーバーは、もはや床をのたうち回っていた。


「教会の聖遺物を『石ころ』呼ばわりしやがった!」オブザーバーは高笑いした。「ハーブティーの喉越しを良くしたいがために、宗教をまるごと解体してやがる!」


呆然とする司祭の横を、サトリは下駄の音を規則正しく響かせながら通り過ぎた。


(次は)サトリは考えた。(魔法の『匂い』がしない熱源を探さねば。いっそ薬罐の周囲の空気を摩擦熱で熱するか。それが一番確実だろう)


ラヴィラント王国は、ようやく理解し始めていた。「侍の特異点」は、自分たちが制御できる英雄などではない。彼は、ただ美味い茶を淹れられるかどうかで文明全体を裁定する、一種の天災なのだということを。

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