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「極寒の客室」の噂は、乾燥した森に放たれた火炎魔法よりも早く王宮中に広まった。翌朝までには、侍女から騎士に至るまで、誰もが知ることとなった。聖下の賓客――あの奇妙なモノクロの装束に身を包んだ男が、どういうわけか「空気を脅しつけて」服従させたのだと。


しかし、魔導師サトリはそれどころではなかった。 彼は豪華な椅子を完全に無視し、床の上に結跏趺坐で座り込んでいた。目の前には陶器の盆の中に作った小さな、ゆらめく火。その上には、怯える料理長との非常に紛らわしい「無言の交渉」の末に厨房から「借用」してきた、重厚な黒鉄の薬罐やかんが鎮座していた。


「熱伝導がいまだに三パーセント狂っている」 サトリは気泡が昇るのを見つめ、目を細めて呟いた。「この国の鉄の不純物は凄まじいな。山の鉱石が持つ魂が欠けている」


彼の熱解析を遮ったのは、鋭いノックの音だった。 「サトリ殿?」 セラフィナ王女の声がこもって聞こえる。おそらく何枚もウールを重ね着しているのだろう。 「父、ヴァレリウス王が謁見の間にてお待ちです。辺境の駐屯地を救ってくださったことへの……正式な謝辞を述べたいとのことですわ」


サトリは、石の扉が擦れるような溜息をついた。 (政治か。人間が編み出した最も非効率な対話形式だな) 「今行く、王女。だが父君に伝えておけ。もし玉座の間がこの客室のように湿っていたら、私が『調整』しないという保証はできないとな」


ラヴィラントの謁見の間は、黄金と大理石で彩られた大聖堂のようだった。ヴァレリウス王は獅子の玉座に鎮座し、その周囲を王国最強の魔導師たち――十二魔導卿が取り囲んでいた。


サトリが入場した瞬間、場の空気が一変した。それは魔法ではない。彼の存在そのものの圧倒的な「重み」だ。彼の歩みは、床が彼を支えているのではなく、彼がその足元に床が存在することを「許容」しているかのように感じさせた。


「ふむ」ヴァレリウス王が重厚な声で切り出した。「貴殿が、カラミティ・ベアを『木の棒』で仕留めたという男か。サトリ殿、報告によれば貴殿はマナを一切使わなかったという。目にも留まらぬ速さで動いたとも。聞かせよ、貴殿はいかなる魔法を修めている?」


サトリは玉座から十歩手前で足を止めた。礼は失礼からではない。彼の背骨は鉄柱のごとく、ただ山嶺に対してのみ曲がるものだからだ。


「魔法など修めておりません、陛下」サトリは淡々と答えた。「私はただ、質量と速度、そして空気抵抗の関係を理解しているに過ぎません。貴殿らの言う『カラミティ・ベア』とやらは、防御姿勢の甘い、ただの大きな標的でした。私はその存在を『訂正』したまでです」


魔導卿たちの間に憤慨のざわめきが広がった。 「馬鹿な!」宮廷火炎魔導師のイグニス卿が叫んだ。「『ヘイスト』の魔法もなしにそれほどの速度で動けば、人間の内臓は液状化するはずだ! 禁忌の古代遺物アーティファクトを使い、マナの痕跡を隠蔽しているに違いない!」


サトリはゆっくりとイグニスの方へ首を向けた。その黒い瞳は、二つの虚無のようだった。 「液状化、か?」サトリは問い返した。「それは内機ないきの構造が脆弱な場合のみだ。骨格を整え、呼吸を収束させれば、肉体は単一の力場と化す。貴公の『魔法』が虚弱な肉体を補うための松葉杖だというのなら、それは貴公の落ち度であり、私には関係のないことだ」


緊張感は、ドラゴンをも窒息させそうなほどに高まった。王は興味を惹かれたように身を乗り出した。 「大胆な主張だ。ならば、証明してみせよ。イグニス卿、わがラヴィラントの『常識』の力を、客人にお見せするのだ」


イグニスに迷いはなかった。彼が杖を掲げると、第七階梯の魔法「ソーラーフレア」――白熱するプラズマの球体がその先端に凝縮された。 「貴様の『物理』とやらで、太陽の熱を捌けるかどうか試してやろう!」


魔法が咆哮を上げて放たれ、その進路上の大理石をガラスへと変えながら突き進む。 サトリは刀を抜かなかった。足すら動かさなかった。 彼はただ深く息を吸い込み――「真空吸気」――そして歯の間から、収束された高圧の呼気を一気に放出した。


――シュゥゥン!


吐き出された空気の圧力は物理的な刃となり、火炎魔法の核を真っ二つに「切断」した。構造を失ったマナは、サトリの羽織に届く前に、無害な火花となって霧散した。


静寂が謁見の間を支配した。


サトリは袖を整えた。「火の扱いが『緩い』な、イグニス卿。光や音にエネルギーを浪費しすぎている。熱エネルギーを単一の摩擦点に集中させていれば、私の眉毛を焦がすくらいはできたかもしれん」


ヴァレリウス王が笑い出した。心底からの衝撃による、豪快な笑いだ。 「吹き消しただと……。第七階梯の魔法を、誕生日の蝋燭ろうそくみたいに、文字通り吹き消しおったわ!」


バルコニーの影深くで、シャドウ・オブザーバーが柱に寄りかかり、頬を歪めて笑っていた。 「ああ、実に愉快だ」オブザーバーは囁いた。「本人はただ『効率的』に動いているつもりなのが最高だ。王宮の全員の目の前で、熱力学の法則を書き換えたことにも気づいていない」


サトリは王に向き直った。「さて、あの鉄薬罐のことですが。もし貴殿の鍛冶師たちが、密度の均一な器を用意できぬというのなら、私が自ら鍛造するしかありません。加熱にムラがある茶など飲めませんのでな。それは……山嶺に対する冒涜だ」


ラヴィラントの王は、その時ようやく悟った。 彼は英雄を城に招いたのではない。 お茶の味にうるさい「天災」を招き入れてしまったのだと。

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