10.5 - ボーナスエピソード
ラヴィラントの王都は、重苦しい空気と、それ以上に重い期待が渦巻く場所だった。
魔導師サトゥリは白黒の羽織を整え、谷底特有の「濃い」酸素が肌にまとわりつくのを感じていた。彼に言わせれば、巨大な白い城壁も輝くルーン文字も、ただの高い壁紙に過ぎなかった。
(下の連中は壁を作ることに血道を上げているが、強風一つで倒れるとは考えないのか?)
「サトゥリ様、離れないでくださいね」
銀のローブを午後の陽光に輝かせながら、セラフィナ王女が促した。
「今日の街は賑やかですから。迷子になられては困りますわ」
「迷子だと?」サトゥリは鼻を鳴らし、下駄をリズムよく鳴らした。「王女よ、私は吹雪の中で山羊を追ったこともある。お前の騎士たちが氷像に変わるような極寒の中をな。地図がなくともスパイスの屋台くらいは見つけられる」
サトゥリはある角で足を止めた。
十年かけて磨き上げた感覚網――『残心』は、脅威を捉えてはいなかった。
捉えていたのは……砂糖だ。
小さな屋台が子供たちに囲まれていた。彼らが手に持っている棒の先には、丸くて半透明の球体が刺さっている。
「あれは何だ?」
サトゥリはタコのできた指先でそれを指した。
「あれはタンフルですよ、サトゥリ様」セラフィナは微笑んで説明した。「果物を硬い砂糖の蜜でコーティングしたものです。とても人気があるんですよ」
サトゥリが近づくと、太った店主は彼が光を遮るまでその存在に気づかなかった。
「一番……『耐久力』のありそうなものを頼む」
サトゥリは古い鳥の巣で見つけた銅貨を差し出し、一本受け取った。
彼はそれを噛み砕いた。
――パリッ。
氷河が割れるような音が響いた。
(興味深い。砂糖の構造的完全性は見事だ。外殻を壊し、中の果実を傷つけずに到達するには、特定の顎圧を必要とする)
「……悪くない」
サトゥリはぶっきらぼうに呟いたが、目はすでに二本目を探していた。
さらに通りを進むと、物理的な衝撃のような香りが彼を襲った。
それは『摩擦火花』のオゾン臭でも、山の松の香りでもない。
イーストと、脂肪の香りだ。
香りを辿ると、一軒のパン屋に行き着いた。看板にはこうある――『王様のぽっちゃりパン』。
「ぽっちゃり?」
サトゥリは首を傾げた。
見れば、一人の女性が魔法の火を使い、オーブンから蒸気の上がる白くふっくらとしたパンを取り出していた。
丸くて、柔らかい。洗濯物から追い出していた「大きなアライグマ」に似ているが、噛みついてくる気配はない。
サトゥリは一つ突っついてみた。
指先が生地の奥深くまで沈み込み、離した瞬間に元の形へ跳ね返った。
(驚異的な弾力性だ。これほどの形状記憶を持つ鋼を鍛えることができれば、私の刃が鈍ることはないだろう)
「六個もらおう」
「六個もですか? 結構お腹にたまりますよ!」とパン屋の主人は笑った。
「代謝の要求値が高いのでな」サトゥリは淡々と答えた。「この濃い空気の中を歩くのは、泥沼を歩くようなものだ」
彼は近くの石ベンチに腰を下ろした。庶民たちが、正体不明の気配を感じ取りつつも、なぜ周囲の空気がこれほど鋭く研ぎ澄まされているのか分からず視線を送ってくるが、彼は無視した。
「ぽっちゃりパン」を一口かじる。
中には蜂蜜とクリームが詰まっていた。
その甘さは、もはや「攻撃」だった。第十階梯の風味魔法。
サトゥリは凍りついた。
(これは罠か? 砂糖が私の『無心』を回避し、ドーパミン受容器を直接狙ってきている)
彼はゆっくりと咀嚼した。
(待てよ。これが谷の人間が弱い理由か。こんなものを毎日食べていれば、厄災熊を狩ろうなどとは思わんだろう。野原に寝転んで、日が沈むのを待つだけの存在になる)
「サトゥリ様? 鼻にクリームがついていますわよ」
セラフィナが笑いをこらえながら指摘した。
サトゥリは羽織の袖で顔を拭った。
「王女よ、この『ぽっちゃり様式』の調理法は危険だ。戦士の戦意を削いでしまう」
そう言いながら、彼は残りの五個を一分足らずで平らげた。
暗い城の奥深く、影の観測者は頬杖をつき、ニヤリと笑っていた。
現実の裂け目越しに、彼は「特異点」が一個のパンに苦戦する様子を眺めていた。
「抜き放つ際の摩擦だけで魔王を蒸発させる男が……」
観測者は呟いた。その瞳に赤い輝きが宿る。
「菓子パンごときに敗北しているとはな」
観測者の笑い声に、黒曜石の玉座が震えた。
「真に……これまで出会った中で最も予測不能な変数だ」
サトゥリは立ち上がり、絹の羽織からパン屑を払った。
「行くぞ、王女。粗塩を探さねばならん。この砂糖のせいで脳が雲のようだ」
彼は歩き出した。下駄の音を響かせ、スパイス地区へ向けて。
山に戻ったら、あの山羊たちにどうやって「ぽっちゃりパン」のことを説明すべきか、心の中で考えながら。
10エピソードごとに、ボーナスエピソードがあります。




