22 呪物鑑定は副業だから
クシナ雑貨店。
「ありがとうございましたー」
最後のお客さんを見送り、静まり返った店内に私の声が小さく響く。
相変わらず客足はまばらで、開店休業状態に近いわね。普段なら「商売あがったりだわ」なんて愚痴の一つも出るところだけど、今の私にはあの臨時収入という名の、心の余裕がある。
懐でずっしりと存在感を放つ金貨の重みを思い出せば、少しくらい客が来なくたって、優雅な午後のひとときとして楽しめるわ。
そういえば、マニアちゃんのやつ。
『クシナっち、しばらく店には来られないからね! 迷宮に籠もって、ガッツリ探索してくるからー!』
なんて嵐のように言い残して、飛び出していったっけ。あの騒がしいのがいなくなって、店の中はやっと本来の静けさを取り戻した……はずなんだけど。
「……。少し、外の空気でも吸いに行こうかしら」
誰もいない店内に向けて誰にともなくそう呟くと、私はカウンターから腰を上げた。たまには美少女店主としてではなく、ただの都会っ子として、気ままに街をぶらつくのも悪くないわね。
店の看板を「準備中」にひっくり返し、私は外へ出た。大通りまで足を延ばすと、なんだか街のお店の人たちがいつも以上に慌ただしく動き回っているのが目に入る。
ちょうど視界の先にアルケー商会の商会長の姿を見つけ、私は軽い足取りで近づいて声をかけた。
「こんにちは。随分と忙しそうね、商会長。そんなにお客さんが多いのかしら?」
商会長は足を止め、意外そうな顔をして私を見た。
「おや、クシナさん。……もしかして、まだ知らないのかい?」
「何のこと?」
私が聞き返すと、商会長は街の喧騒を見渡しながら語り始めた。
「中央の大聖堂から、この迷宮都市に司教様がいらっしゃるんだよ。領主様の依頼で小規模な式典を執り行うことになってね。その準備で、どこもかしこも目の回るような忙しさなのさ」
「へー、知らなかったわ」
私は短く答えた。教会の偉い人が来ようが式典があろうが、私には関係のないことだ。無意識にそんな考えが顔に出ていたのか、商会長が苦笑交じりに釘を刺してきた。
「クシナさん、そんな『私には関係ない』って顔をしないでくれ。むしろ大ありだよ」
「え? 実際、関係ないじゃない」
私が首を傾げると、商会長は少し声を落として、突き放すように言った。
「いや。クシナさんの本業の仕事……それが多分、激減するよ」
「本業? 私の本業はしがない雑貨屋の店主なんですけど。一体何の話よ」
私は心外だと言わんばかりに聞き返した。すると、商会長は当然のことを確認するかのようにこう言った。
「ほら、クシナさんの本業……呪物鑑定の方だよ」
(……そっちはあくまで副業なんですけど!)
そう言い返したかったけれど、ここで議論しても時間の無駄ね。私はとりあえず、彼の話の続きを促した。
「安全のためにね、司教様が滞在している間は迷宮を一時的に閉鎖するらしいんだよ」
「……は?」
耳を疑うような言葉が飛び出してきた。迷宮が閉鎖?
「だから、鑑定が必要な物が持ち込まれる頻度もガクッと減るんじゃないかと思ってね。探索者たちが潜れないんじゃ、お宝も呪物も上がってこないだろう?」
「ちょっと、そんなの聞いてないんだけど。どれくらいの期間閉鎖されるっていうのよ」
私が詰め寄ると、商会長は少し困ったように肩をすくめた。
「一応は一週間ほど、と聞いているよ。何やら重大な公務でこちらへいらっしゃるみたいだからね」
「詳しい話は探索者協会や教会で聞くといいよ。悪いね、準備が山積みなんだ。じゃあ!」
商会長は嵐のようにそう言い残すと、忙しなく人混みの中へと消えていった。
「あ、ええ。ありがとう……」
遠ざかる背中に向かって、私は辛うじてお礼を口にした。 ……本当に、何も聞いてない。街全体がこんなに浮き足立っているのに、私だけが情報の蚊帳の外に置かれているなんて。
それに、一週間も迷宮が閉鎖されるなんて死活問題……ってのは言い過ぎだけど。呪物の鑑定依頼がなくなるのはもちろん、探索者たちが街で活動しないとなれば、雑貨の売れ行きだって落ちるに決まってるもの。
「……とにかく、まずは情報収集ね」
私は足を早め、探索者協会へと向かった。きっと詳しい事情を教えてくれるはずだわ。
探索者協会に足を踏み入れると、そこは熱気と焦燥が混ざり合ったような、ひどい混雑ぶりだった。閉鎖が始まる前に一稼ぎしておこうという探索者たちが、我先にと窓口に押し寄せている。
私はその喧騒を避けながら、カウンターの端にいた顔なじみの受付嬢――探索者協会の看板嬢ことシエルを見つけた。
「こんにちは、クシナさん! お久しぶりですね、今日はいったいどうされたんですか?」
シエルは忙しい手を止めて、パッと顔を輝かせた。その屈託のない笑顔を見ると、少しだけ毒気が抜けるわね。
「こんにちは。どうしたもこうしたもないわよ。迷宮が閉鎖されるなんて話、今さっき商会長から聞いたのよ。そんな大事なこと、なんで誰も教えてくれないの?」
私が少し食い気味に詰め寄ると、シエルは困ったように眉を下げて、苦笑いを浮かべた。
「あはは……。一応、協会では一週間ほど前から大々的に告知を出していたんですけど。クシナさん、最近はお店の方がお忙しかったんですか?」
(……あいつ、絶対これのこと知ってたわね。知ってて黙って迷宮に籠もるなんて言ったんだわ。私に一言も言わずに!)
親切心で教えてくれたならまだしも、自分だけさっさと迷宮に逃げ切ったマニアちゃんの顔を思い浮かべ、私は奥歯を噛み締めた。告知を見落としていた私にも非はあるけれど、一言くらい相談があってもいいじゃない。
「……まあ、いいわ。決まったことなら仕方ないものね」
私が溜息混じりに諦めを口にすると、シエルは気遣うように声を潜めて続けた。
「一応、閉鎖期間中は領主様から補助が出るそうですよ。街の提携店では価格がだいぶ安くなるみたいです。探索者にとっても死活問題ですし、街の経済を冷え込ませないための対策なんでしょうね」
「なるほどね。まあ、何かしら補助が出るなら街の活気が死ぬことはなさそうね」
私が少しだけ納得して頷くと、シエルは申し訳なさそうに補足を加えた。
「あ、でもその補助なんですけど……対象になるのは主に飲食店や宿泊施設みたいですよ。雑貨店なんかは、多分出ないんじゃないかなあ……。すみません、はっきりしたことは分からないんですけど」
(……は?)
思わず、顔が引きつりそうになったわ。 つまり何? 探索者たちは安く飲み食いできて、宿の人たちはその分を領主様に補填してもらえる。なのに、私の雑貨店は客が減るだけで何の恩恵もないってこと?
「……それ、雑貨店はただの『蚊帳の外』ってことじゃないの」
私が冷めた声で呟くと、シエルは「あはは……」と愛想笑いを浮かべながら、視線を泳がせた。 美少女店主として、この不公平な格差は到底受け入れがたいわね。金貨一〇〇枚の臨時収入がなかったら、今頃ギルドのカウンターを叩き割っていたところよ。
シエルは申し訳なさげに
「領主様いわく、『消耗品は潜る前に買い揃えているはずだし、閉鎖中は使わないんだから在庫は減らないでしょ?』っていう理屈みたいで……」
(……在庫が減らないんじゃなくて、売上が出ないのが問題なのよ!)
「わかったわ。シエル、色々と突っかかっちゃってごめんなさいね。別に、あんたを責めるつもりはなかったのよ」
私は少しだけ反省して、忙しい手を止めさせてしまった彼女に小さく手を振った。
「いいえ! お力になれなくてすみません。また落ち着いたら、お店にも遊びに行きますね!」
シエルの明るい見送りを受けながら、私は探索者協会の重い扉を押し開けた。 外に出ると、大通りは迷宮閉鎖前に稼いでおこうとする探索者たちと、式典の準備に追われる商人たちで、先ほどよりもさらに殺気立っている。
(……ふん、いいわよ。どうせ一週間は迷宮が閉鎖されて、うちみたいな雑貨屋は商売あがったりになるんだわ)
私は人混みを避けながら、懐にある金貨一〇〇枚の重みをそっと確かめた。 客も来ない店に一人で閉じこもって、不公平な制度にイライラして過ごすなんて、美少女のつるつるお肌に悪いわ。
(決めたわ。司教が来て迷宮が閉鎖されたら、その日から一週間、私は店を休業してやるわ!)
まだ今は通常価格だけれど、閉鎖が始まって飲食店が安くなった瞬間に、私の「美食週間」をスタートさせてやる。
(ひたすら贅沢して、街中の高級料理を食べ尽くしてやるんだから! 補助金が出るのを領主様に後悔させるくらい、思いっきり散財してやるわ。覚えてなさいよ!)
私はまだ見ぬ豪華な一週間を想像して、少しだけ気分を良くした。 まずは店に戻って、臨時休業の準備でも始めるとしましょうか。




