19 私の劇場へようこそ 後
第一章クライマックスです。
よろしくお願いします。
街の高台にある空き地。案の定、ここが一番呪いの気配が濃いわね。 雨に煙る視界の先、呪いの発生源と思われる場所に立つ影を見据えながら、私は一歩ずつ歩み寄った。
「さて、ここまで街中を引っかき回した理由、しっかり聞かせてもらいましょうか? ――ねえ、マニアちゃん」
雨に煙る高台で、私とマニアちゃんは静かに向き合った。 余計な前哨戦は抜きにして、私はすぐに本題を切り出した。
「ねえ、マニアちゃん。どうしてこんなことをしたの?」
私の問いに、マニアちゃんは少しだけ視線を彷徨わせた後、意を決したように答えた。
「呪いの『想い』を、手っ取り早く解放してあげたくて。あまり……時間がなかったんだよ」
彼女は一歩踏み出し、言葉を続ける。
「クシナっちも知ってるでしょ? 呪いだって、その願いが成就すれば満足して消え去るんだって。あの『鍵』のときもそうだった。……教会に持ち込まれて、強引に浄化されて想いごと消されちゃう前に、どうしてもやりたかったんだよ」
想いがあるからこそ呪物になる。それを「汚れ」として消す教会と、その想いを「結末」まで導きたいマニアちゃん。彼女なりの信念は分かったけれど、私はすかさず言い返した。
「だからって、無関係な人たちを巻き込んでいい理由にはならないでしょ?」
「……まあ、それはそうなんだけどね。たはは」
マニアちゃんは、いつもの調子とは違い力なく笑った。けれど、その目はどこか真剣だった。
「でも、安心して。この呪いは今日中には収まるし、みんなの記憶にも残らないから。……そうなるように、私、いっぱい時間をかけて調整したんだよ」
自信ありげに、けれどどこか寂しそうに語る彼女。
私はジト目で、悪びれる様子のないマニアちゃんに問いかけた。
「ねえ、司祭ちゃんが言ってたわよ。最近、正体不明の呪物が出回ってるって。……あれ、やっぱりあんたの仕業だったのね?」
「えへへ、正解。今回のことを起こすための事前準備だよ。でもねクシナっち、どれも危険なんてほとんどないやつばっかりなんだから。ほら、歩くたびに猫の鳴き声がする靴とか、気分が高揚して街中で歌いたくなっちゃう腕輪とか。あとは、きれいで通る声が出る飴とかね」
得意げに指を折って数え上げる彼女を見て、私は大きなため息を漏らした。
全部、呪物っていうより『奇品』の類じゃないの。 というか最後のは……それ、ただの高性能なのど飴なんじゃないの?
楽しそう語る彼女に、私はずっと気になっていたことをぶつけてみた。
「教会に浄化されるのが嫌なら、マニアちゃんあなた、石像の件になんで協力なんてしたのよ?」
「なんでだろうね? クシナっちが関わってたからかな……。でもほら、一応抵抗はしたんだよ? 聖遺物庫の隅っこに置くように仕向けたりしてさ。聖遺物から離れている方が、浄化の効果も薄まるしね」
この子はほんと……。 私は呆れ混じりに、さらに核心へ踏み込む。
「あんたがちょくちょく教会に足を運んでいたのも、呪物が浄化されるのが嫌だったからなの?」
「それもあるけど……一番は、呪いを『移して』いたからだね」
雨の雫を払うこともせず、マニアちゃんは淡々と語り始めた。
「呪いってさ、より好みの器の方へと移動するんだよね。それが生前の未練なのかは何とも言えないけれど……。だから、私が用意した人工の器に、少しずつ想いを移動させてたわけ」
「そうすれば、教会にある元々の呪物は減らないから、あいつらにもバレないでしょ? ……でもね、この方法じゃどうしても時間がかかりすぎるんだ。移し替えるスピードより、あいつらの浄化の方がずっと早いんだもん」
雨の中、マニアちゃんはどこか遠くを見るような目で答えた。
「そうなのね、知らなかったわ」
仮にも呪物鑑定士なのに呪いに好みがあることなんて知らなかった。
彼女にとって呪物は単なる不気味な道具ではなく、救うべき「誰かの欠片」なのだ。……そのやり方が、あまりに極端すぎるのだけれど。
「私のところに持ち込んできた鑑定品の呪物……いえ、あの『奇品』たち。あれ、実は効果を知っていて私に鑑定させたんじゃないの?」
ふと思い当たった疑問をぶつけてみると、マニアちゃんは目をぱちくりとさせた。それから「そっかー」と小さく呟き、観念したように笑う。
「さすがだね、クシナっちは。……でも、完全に確信を持ってたわけじゃないんだよ。大体の効果は分かってたけど、やっぱりプロの意見も聞きたいじゃん?」
「私をバックアップ代わりに使ったわけね」
呆れる私をよそに、彼女は自分の手元を見つめながら言葉を続けた。
「ずっと呪物に触れているうちにね、少しだけ……本当に少しだけだけど、その『想い』が分かるようになってきたんだ。もちろん、クシナっちには全然敵わないけどさ」
しとしとと、雨は降り続いている。 その静寂を切り裂くように、マニアちゃんが真っ直ぐに私を見つめてきた。
「それで? クシナっちは、どうしてここまで来たの? 私がやったって、分かってたんでしょ」
とマニアちゃんは切り出した。
「簡単に言えば、止めに来たのよ」
私はマニアちゃんを真っ直ぐに見据えて、そう告げた。
「ふーん、そっか……」
マニアちゃんは、どこか遠くを見るような、それでいて納得したような声で呟く。
「私はね、好きな時に美味しいパンが食べられなかったり、安心して自分のお店を開けなかったり……。何より、私のことを『美少女』だと思わない不届き者が街に溢れるなんて、絶対に許せないのよ。正義とか、そんな高尚なものはどうだっていいわ」
一気に語り終えた私を見て、マニアちゃんは一瞬呆気にとられたような顔をした。けれど、すぐに弾けたように笑い出した。
「あははは! なにそれ、クシナっち面白すぎ! 理由がクシナっち全開だね」
彼女はひとしきり笑ったあと、不意に空を見上げた。
「でもね、クシナっち。どちらにせよ、もう終わるんだよ。ほら……見て」
言われて気づくと、いつの間にか肌を打っていたしとしとという雨の感触が消えていた。 空を覆っていた重苦しい呪いの気配は、霧が晴れるように薄れ、そこには穏やかな雲が流れるだけの静かな空が戻っていた。
見上げると、空にはキラキラと輝く粒子が舞い、まるで虹のような光景が広がっていた。
「あはははは! 見て見てクシナっち! ほら、呪いがあんなに喜んでる。とっても嬉しそうにしてるよ」
空を仰ぐマニアちゃんは、見たこともないほど優しく、穏やかな笑みを浮かべていた。
「……あんた、台詞だけ聞くと完全に魔王よ、それ」
客観的に見れば、彼女のしたことは間違いなくアウトだわ。本来なら、彼女を捕まえるなり通報するなりすべきなんだろうけれど……今の彼女の横顔を見ていると、どうしてもそんな気にはなれなかった。
「一つだけ確認させて。……本当に、みんな大丈夫なのよね? もし犠牲者なんて出てたら、さすがに私も見過ごせないわよ」
私の問いに、マニアちゃんはふと視線をこちらに戻した。
「大丈夫だよー。私を信じてってば。これだけ街全体の人に薄く、薄ーく呪いを拡散したんだもん。みんなすぐに今日の記憶もなくなって元通り。呪いの『想い』もみんな消えて……」
そこで言葉を切り、マニアちゃんは少しだけ寂しそうな顔をした。 あんなに街を引っかき回しておいて、最後は少しだけ切ない結末。
「……まあ、マニアちゃん。その『呪いの想い』ってやつ、あんただけじゃなくて、私もちゃんと覚えておいてあげるわよ」
私の言葉に、マニアちゃんはパッと顔を輝かせると、本当に嬉しそうに笑った。
「……そうだね。やっぱりクシナっちは、さすがだね」
マニアちゃんは一度深く頷くと、ふっと真剣な、どこか決意を秘めたような表情を浮かべた。
「クシナっち。私ね、実は街から――」
彼女が何か、……重い言葉を口にしようとした、その時。
「あ、そうそう、マニアちゃん」
私はわざとらしく彼女の言葉を遮って、人差し指をスッと立てた。
「パン屋のおばさんと商会長の鑑定料。それに私がパンを食べ損ねた損失分と、何よりか弱い美少女をここまで連れ回した慰謝料も込みで……しめて金貨五〇〇枚ほど請求させてもらうわね」
一瞬の静寂の後、高台にマニアちゃんの絶叫が響き渡った。
「えぇっ!? なにそれ、クシナっち! おかしいよ、そんなの絶対暴利だよー!」
さっきまでのしんみりした空気はどこへやら。マニアちゃんは顔を真っ赤にしてジタバタと暴れている。 ふん、しんみり終わらせてあげるほど、私はお人好しじゃないんだから。
「だからマニアちゃん、あんたは私に大きな借金があるの。いい? その借金を返し終えるまでは、街を出るなんて勝手なこと、口にすることすら許さないわよ」
しんみりした空気を強引に踏み潰して、私は彼女に釘を刺した。あんな今にも消えてしまいそうな顔で何かを語りだそうとされたら、美少女の私としては、これくらいの意地悪を言って繋ぎ止めるしかないじゃない。
「ええーっ! そんなぁ……」なんて言いながらも、マニアちゃんはどこか安心したように笑っている。
街全体を巻き込んだ今回の大騒動。こんな結末で本当に良かったのか、呪物鑑定士の私にも正解は分からない。けれど、空に舞ったあのキラキラとした光の余韻は、あながち間違いではなかったのだと思わせるほどに綺麗だった。
誰にも気づかれず、教会の奥で静かに消されるはずだった、いくつもの「想い」たち。 その救い方がどれだけ無茶苦茶だったとしても、今日、この場所で確かに救われた心はあったのだろう。
「ああ、そうそう。マニアちゃん、後で司祭ちゃんにお金返しときなさいよ」
不意の言葉に、マニアちゃんは目を丸くしてこちらを見た。 「えっ!? なんで私が?」
「あんたが拡散した呪いのせいで、あの子、中身がとんでもない博打打ちになっちゃってたみたいなのよ。四連続で裏が出たとか言って、全財産スッちゃったみたいだし」
「ええ……? なにそれ、意味わかんないんだけど……」
困惑するマニアちゃんを無視して、私はさらに指を一本立てる。
「あと、司祭ちゃんをそのへんのベンチに寝かせてきたんだけど、さすがにそのままじゃ可哀想だから。運ぶの、手伝ってね」
「まあ、寝かせたままなのは悪いと思うけど……」
「それから、ロゴス商会の在庫補充。あそこの会長、呪いのせいで商品を全部自分のものだと思い込んで隠しちゃったみたいだから、元に戻すの手伝ってあげなさいよね。……あ、もちろん私の鑑定料、金貨五〇〇枚も忘れないでよ?」
次から次へと飛んでくる要求に、マニアちゃんはついに両手を上げて降参のポーズをとった。
「わかったよ、もう! 全部やればいいんでしょ、全部!」
やけくそ気味な叫びが、静まり返った街に響き渡る。 全く、美少女をここまで歩かせたんだから、これくらい働いてもらわないと割に合わないわ。
呪いが晴れた空の下、私たちは文句を言い合いながら、パンの匂いが戻りつつある街の喧騒へと戻っていった。
第一章 『人工呪物編』 おしまい
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