16 救世主様登場
クシナ雑貨店。
「はぁ……。これ、本当にどうにかしたいわね」
私は店の片隅を見やって、今日何度目か分からないため息を吐いた。 そこには、例の「困ったちゃん」こと通せんぼ石像が、申し訳程度に邪魔にならない場所で転がっている。 聖布とロープでぐるぐる巻きにされたその姿は、端から見ればどう見ても「怪しい大型の荷物」だ。入り口の近くだから嫌でも目に入るし、何より存在そのものが禍々しいことこの上ない。
「まさか、あの騒がしい子が恋しくなるなんてね……」
自分でも意外な思いに、ふっと乾いた笑いが漏れる。 非力な私には動かすことすらままならないこの岩塊を、ひょいと担いでくれるあの「奇品マニア」が、今この瞬間だけは救世主のように思えたのだ。
そんな私の切実な願いが、どこかの神様あるいは呪いの神に届いたのか。 カランコラン、と小気味よい鐘の音とともに、勢いよく扉が開け放たれた。
「クシナっち、いるー?」
突き抜けるように元気な声。 そう、私が今もっとも待ち望んでいた、助っ人のマニアちゃんの登場だった。
マニアちゃんが言葉を口にするよりも早く、私は彼女の肩を掴んで食い気味に切り出した。
「マニアちゃん、お願い! 悪いようにはしないから、この『困ったちゃん』を教会まで運んでくれないかしら?」
ぐるぐる巻きにされた石像を指差しながら、必死に訴えかける。もちろん、お礼は弾むつもりよ。
「えー、教会かぁ……。あそこかー」
アニマちゃんは少し嫌そうに顔をしかめ、煮え切らない態度を見せた。けれど、私が潤んだ瞳で見つめると、彼女は観念したように短く息を吐いた。
「まあ、いっか。クシナっちのお願いだし、いいよー!」
そう言うやいなや、彼女は私が小一時間格闘したあの巨塊を、まるで羽毛布団でも扱うような軽やかさでひょいと肩に担ぎ上げた。……相変わらず、とんでもない筋力ね。
「あ、そういえばマニアちゃん。あなたも何か、呪物の鑑定依頼か何かで来たんじゃないの?」
重い荷物を背負わせた申し訳なさが一ミリくらい湧いてきて、私は慌てて聞き直した。けれど、マニアちゃんは石像を肩に乗せたまま、あっけらかんと笑った。
「ん? うん、まあそうなんだけど……。まあ、それは今度でいっか! 先にこっち運ぼ!」
そうして私たちは、奇妙な大荷物を抱えて教会への道を歩き出した。
教会へたどり着いた私たちと、困ったちゃん。 扉から入ると、そこにはいつもの清廉な空気を纏った司祭ちゃんが待っていた。
「あら、クシナさんにアニマさん。こんにちは。お二人揃ってどうされたんですか?」
「こんにちは。……例の『困ったちゃん』、さっそく持ってきたわよ。まあ、実際に運んだのはこのマニアちゃんだけどね」
私が隣を指差すと、司祭ちゃんはマニアちゃんの肩にある大きな石像に目を向けた。
「これが、例の石像ですね」
司祭ちゃんは納得したように頷くと、そのまま奥を指し示した。
「では、聖遺物庫にお願いしますね。案内しますので、こちらへどうぞ」
そう言って、私たちは司祭ちゃんに導かれるまま教会の奥へと進んでいった。
聖遺物庫に着くやいなや、マニアちゃんの目はこれ以上ないほどキラキラと輝き出した。
「とりあえず、これこの辺でいいよね!」
そう言って、彼女は担いでいた石像を部屋の隅っこに無造作に置く。
ようやく「重石」から解放された彼女は、今度は獲物を見つけた猛獣のように、並べられた呪物たちの周りをくるくると回り始めた。
そのあまりの豹変ぶりに、案内してくれた司祭ちゃんは目を白黒させて苦笑いしている。
「マニアちゃんは、いつも通り平常運転ね」
呆れ半分でそう言いながら、私は司祭ちゃんと軽く世間話をしていた。
「最近、正体のよくわからない呪物が増えているみたいで。この教会にも、運び込まれてくるんですよ」
「へー、そうなのね」
私はいつものように、半分聞き流すような軽い相槌を打っていた。
「でも、そのたびに毎回クシナさんの手を煩わせるのも申し訳ないですから。明らかに危険度が低いと判断できるものについては、こうして聖遺物庫に直接保管するようにしているんですよ」
司祭ちゃんは、申し訳なさそうに、けれどどこか事務的な手慣れた様子でそう付け加えた。 私としても、何でもかんでも店に持ち込まれて鑑定を丸投げされるよりは、あらかじめ教会の方で選別しておいてくれる方が助かるわね。
ふとマニアちゃんの方へ目を向けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
あの子、あろうことか呪物の横に寝転がって、頬をすり寄せながら幸せそうに笑っているのだ。
……そこ、冷たい地べたなんだけど。
「……アニマさんって、いつもこういう方なんですか?」
さっきまで微笑んでいた司祭ちゃんも、今や完全に引き気味だ。その視線は、もはや「熱心な信徒」を見るものではなく、得体の知れない何かを観察するようなものに変わっていた。
さて、用事も済んだし、そろそろ帰りましょうか。 一応、地べたで呪物と愛を育んでいるマニアちゃんに声をかけてみることにした。
「クシナっち、もう帰るのー? ……そっか、分かったぁ」
彼女は口ではそう言ったけれど、顔には「もっとここにいたい」と書いてある。ちょっと……どころか、それ以上に名残惜しそうにしているけれど、流石に彼女をここに放置して帰るわけにもいかない。
なんとかマニアちゃんを引き剥がして、一緒に帰ることにした。
「司祭ちゃん、あの『困ったちゃん』のこと、よろしく頼んだわね」
最後にそう念を押し、私たちはひんやりとした聖遺物庫を後にして、教会の外へと踏み出した。
教会からの帰り道、夕暮れ時の少し涼しくなってきた空気を吸い込みながら、私は隣を歩く彼女にふと気になっていたことを投げかけてみた。
「ねえ、マニアちゃん。……あなた、なんでそんなに呪物のことが好きなの?」
普通の人なら忌み嫌い、遠ざけるはずのもの。それを地べたに寝転んでまで愛でる彼女の情熱の源を知りたかった。 私の問いに、マニアちゃんは夕日に照らされた素敵な笑顔を浮かべて答えた。
「呪物ってさ、一つひとつが『物語』なんだよ」
その言葉に、私は少しだけ足を止める。
「それがどういう形であれ、誰かの強い願いや想いがぎゅっと詰まったものなんだ。たとえそれが、悪い方向に偏っちゃった結果だとしてもね」
彼女は前を見据えたまま、独り言のように言葉を紡いでいく。
「みんな、嫌な気配がするからって避けるでしょ? でも、それってなんだか悲しいじゃんか。だから、せめて私だけでも、その想いごと残しておきたいなって思うんだよね。……まー、私はクシナっちみたいに鑑定ができるわけじゃないから、詳しい中身までは分かんないんだけどさ!」
最後は少し照れくさそうに笑う彼女。 いつもの「呪物マニア」としての狂気ではなく、そこには純粋な優しさのようなものが透けて見えた。
「へー、そうなのね」
私はいつものように、素っ気ない相槌を打つ。 けれど、心の中では彼女の見ている世界に少しだけ毒気を抜かれていた。
「……でも、その考え方。嫌いじゃないわよ」
それは、雑貨屋の店主としてでも、美少女としての余裕でもない、私自身の本心からの言葉だった。
マニアちゃんは、小さな声で「……クシナっちは、やっぱりすごいよね」と、自分に言い聞かせるようにぽつりと呟いた。
「……ねえ、今何か言った?」
微かな吐息のような声が耳をかすめた気がして、私は隣を歩くマニアちゃんに顔を向けた。けれど、彼女はケロッとした顔で、茶目っ気たっぷりに笑ってみせた。
「ううん、なーんにも? クシナっち、もしかして耳が悪くなっちゃったんじゃないのー?」
「……失礼ね。美少女の聴力はいつだって絶好調なのよ」
私がジト目で返すと、彼女は「あはは、そうだね!」と笑い飛ばして、そのまま軽やかな足取りで歩く。
「んー、やっぱり今日の鑑定はやめておこうかな」
不意にマニアちゃんがそう切り出した。
「え? そうなの? マニアちゃんがそう言うならいいけど、珍しいわね」
あんなにやる気満々だったのに、気が変わったのかしら。少し拍子抜けしたけれど、彼女の気が済んだのなら深追いはしないことにした。
「じゃあ、また来るね! バイバイ、クシナっち!」
雑貨屋の前で、マニアちゃんはいつもの元気な笑顔に戻って大きく手を振った。私もそれに応えて手を振り返し、自分の店へと足を踏み入れた。
店に戻り、静まり返った店内でふと気づく。
「……そういえば、アニマちゃんにお礼をするのをすっかり忘れていたわね」
あれだけ重い石像を、文句も言わずに(むしろ楽しそうに)運んでくれたのだ。美少女店主としては、そのまま踏み倒すわけにはいかないわ。
とはいえ、お礼に「呪物」をプレゼントするなんて、ありえないし、なにより不用意にそんな危険なものを渡すわけにもいかない。
「……『次回の鑑定料、一回無料』。これくらいでいいかしらね」
我ながら少しケチかしらとも思ったけれど、彼女にとって私の鑑定は結構貴重なはず。 棚に並んだ怪しげな壺の埃を払いながら、私は一人、次に彼女が来た時に提示する「報酬」について考えを巡らせるのだった。




