15 できるメイドっていいわよね
いつものクシナ雑貨店。時刻は昼過ぎ、ちょうど陽気が眠気を誘うような時間帯。
「うーん、そろそろ何か『売れ筋』の新商品でも置いてみようかしら」
棚の隙間を埋めるように商品を補充しながら、美少女店主こと私はそんなことを考えていた。
いくら私のセレクトが完璧でも、たまには世間の流行りってやつを確認しておかないとね。
空いているスペースもあることだしね。
「そうと決まれば、さっそく市場調査ね。大手の商会が今、何を並べているのか見てこようかしら」
私はさっさと店を閉めると、軽やかな足取りで街の中心部へと向かった。
この迷宮都市には、通称「三大商会」と呼ばれる巨大な組織が店を構えている。
アルケー商会、ロゴス商会、そしてテロス商会。 「この三つの商会で揃わないものはない」と言われるほど圧倒的な品揃えを誇る、この街の経済の心臓部である。
さて、私の店に置くヒントになるような面白いものが、何か転がっているかしら。
うーん、結局のところ、新商品として私の店に並べられそうなものは見つからなかったわ。 大手商会を三つもハシゴしたのにこの結果……。
私って、意外と優柔不断なのかもしれないわね。
「まあいいわ。せっかく外に出たんだし、カフェでケーキでも食べながら休憩でもしましょうか」
甘い香りを求めて足取りを速めようとした、その時だった。 前方から、従者を連れた一人の少女がやってくるのが見えた。
一応、周囲の目を気にしてかフード付きのマントを羽織っているようだけど……。隠しきれない左右の巨大な「縦巻きドリル」がマントを不自然に押し上げていて、遠目からでも正体がバレバレである。
「あら、誰かと思えば。呪物屋のクシナさんではありませんか!」
案の定、ドリルお嬢様ことコーデリア様だった。彼女は私を見つけるなり、隠密?行動中とは思えないほど通る声で呼びかけてきた。
「雑貨屋なんだけどね。……一応」
私はすかさず訂正のツッコミを入れる。美少女店主の店を「呪物屋」なんて物騒な名前で呼ばないでほしいわ。
「ねえ、ドリルちゃん。せっかくだからお茶でもしていかない?」
……思えば最近、誰かを誘ってばかりな気がするわね。
「えっ、わたくしと? ……よろしいですわ、お供いたしますわ!」
というわけで、近くのカフェに飛び込んだ私たち。 けれど、席に着くなりドリルちゃんはメニュー表をまじまじと見つめて固まってしまった。
「わたくし……、街のお店にはほとんど来たことがありませんの。何を頼めばよろしいのか、さっぱり分かりませんわ……」
「まあ、迷ったらとりあえず『おすすめ』から選んでおけば間違いないわよ」
そう言って、私は一番豪華そうなケーキセットを勧めてみた。お嬢様だし、安すぎるものよりはこれくらいが丁度いいでしょう。
「お、おすすめ、ですのね……。ねえリズ、あなたはどう思います? どれがよろしいかしら」
ドリルちゃんは、後ろに控えていた従者のメイド――リズさんに助けを求めるように視線を送った。
「お嬢様のお好きなものをお選びになればよろしいかと……」
控えていたメイドのリズさんは、感情をあまり表に出さず、淡々と、けれど丁寧に応えた。……まあ、メイドさんとしては正解の対応なんでしょうけど。
「ねえ、リズさん。こういうお店だと、一人だけ立って注文を聞いているのはお店の人も落ち着かないと思うわよ。せっかくだし、座って一緒に楽しみましょうよ」
私はリズさんに声をかける。美少女とお嬢様とメイドさん。三人の美女?が並んでお茶をするなんて、なかなかに絵になる光景じゃない?
「しかし……お嬢様と同じテーブルにつくわけには参りません」
リズさんは困ったように眉を下げて渋っている。主従の礼儀ってやつね、面倒くさいわ。
そんな私たちのやり取りを見ていたドリルちゃんが、コホンと咳払いをして姿勢を正した。
「……リズ。これは命令ですわ。わたくしと一緒にお茶を楽しみなさい」
その声は、領主の娘としての威厳に満ちていた。……ドリル髪は相変わらずピンピン跳ねているけれど。
「……承知いたしました。お嬢様、ご一緒させていただきます」
主人の「命令」とあっては、メイドも逆らえないらしい。リズさんは静かに、けれど心なしか嬉しそうに腰を下ろした。
結局、何を頼んでいいか迷うお嬢様に合わせる形で、私たち三人は同じケーキセットを注文することにした。
それにしても、感心したのはメイドのリズさんの動きね。 彼女がさりげなく選んだこの席、入り口や他のお客さんからは絶妙に死角になっているし、周囲の話し声も届かないからこちらの会話も漏れにくい。
(……やるわね。ただのメイドじゃないわ、これ)
美少女店主として、そのプロの仕事ぶりに内心で拍手を送る。 さて、ここなら少し込み入った話をしても大丈夫そうね。一通り落ち着いたところで、私はずっと気になっていたことを切り出した。
「ねえ、ドリルちゃん。呪物をなくそうっていうあなたの志は立派だと思うんだけど……具体的に、どうやって無くしていくつもりなの?」
理想を掲げるお嬢様がどんな「現実」を見ているのか、私は純粋に興味があった。
「そんなの、簡単ですわ! 物理的に破壊してしまえばよろしいのですわ!!」
ドリルちゃんは、ケーキを口にする前のような自信満々の笑顔で言い放った。 物理的に破壊。……あまりにも直球すぎて、私は思わず手に持っていたフォークを落としそうになったわ。
「……ねえ、ドリルちゃん。それ、実際に試したことあるの?」
「いいえ、ありませんわ。あいにくとわたくし、呪物なんていう汚らわしいものは一つも所持しておりませんもの!」
そりゃそうよね。でも、その「やってみたことないけど、壊せば解決」っていう発想が一番怖いのよ。 私は少しだけ真面目な顔を作って、彼女に講義を始めることにした。
「いい? 呪物っていうのはね、人の強い願いや未練が、悪い方向に歪んで固まったものなの。それが『器』としての物に留まっている状態。……言わば、毒が入った瓶のようなものね」
私は紅茶のカップを指さしながら続ける。
「もし、その瓶を力任せに叩き割ったらどうなると思う? 中に溜まっていたドロドロの想いが行き場を失って、一気に溢れ出すのよ。そうなれば、近くにいる人はその瘴気をまともに浴びて、それこそ取り返しのつかない被害を受けることになるわ」
私の言葉を聞くうちに、ドリルちゃんの顔から自信が消えていった。 彼女は自分の考えがいかに無鉄砲だったかを悟ったのか、シュンとして申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「……そうでしたの。わたくし、そのようなことも知らずに……。お恥ずかしい限りですわ」
そんなに落ち込まなくてもいいのに。 まあ、知らずにその辺の呪物をドリルで粉砕したりしなくて本当によかったわね。
(……あ、私、司祭ちゃんのところで思いっきり呪物をぶちまけた気がするわ。まあ、あれくらいじゃ壊れないし、あそこには聖遺物もあったから大丈夫よね、たぶん)
一瞬、自分の過去の所業が頭をよぎったけれど、私はそっと記憶の隅に追いやった。 それよりも、このしんみりした空気。私はこういう湿っぽい雰囲気は苦手なの。 励ましてあげようと口を開きかけた私を遮って、ドリルちゃんが顔を上げた。
「……ありがとうございますわ、クシナさん。本当に勉強になりました。でも、わたくし、呪物の根絶は諦めませんわ! 破壊がダメなら別の方法を、わたくしなりに調べて、考えて、必ず成し遂げてみせますわ!」
その瞳には、さっきよりもいっそう熱い火が灯っていた。 いいわね、その真っ直ぐなところ。嫌いじゃないわ。
「私は別に、呪物が好きなわけじゃないからね。もし何か良い方法が見つかったら教えて。私にできることなら、協力してあげてもいいわよ」
ドリルちゃんは目をぱちくりさせて、驚いたように私を見つめた。
「……本当によろしいんですの?」
「いいわよ。まあ、呪物がこの世から消えたら商売あがったりだから、その時は代わりの儲かる商売でも考えてもらうわね」
半分冗談、半分本気で言ってみると、彼女はふっと表情を緩めた。
「ふふ……わかりましたわ。クシナさん、わたくしのことは、どうぞ『コーディ』と呼んでくださいな。この名で呼ぶことを許しているのは、ごく限られた親しい者だけなんですのよ」
特別扱いというわけね。お嬢様からの信頼の証、ありがたく受け取っておきましょうか。
「わかったわ。よろしくね、ドリルちゃん」
「いや、ですからコーディと……!」
私は心の中でニヤリと笑いながら、残りの紅茶を楽しむのであった。
楽しいお茶会を終え、私は「またね、ドリルちゃん」と手を振って、二人と別れた。
沈み始めた夕日に照らされながら、軽やかな足取りでクシナ雑貨店へと戻る
「ふぅ……。やっぱり外に出るのもたまにはいいわね」
店の鍵を開け、薄暗い店内に足を踏み入れる。
いつものカウンターに座り、一息つこうとしたその時だった。 ふと、空いている状態になったままの陳列棚が目に飛び込んでくる。
「…………。あ、新商品のこと、完全に忘れてたわ」
まあ次回でいっかと思う私であった。




