14 お肉という魔法の言葉
クシナ雑貨店。
いつものように店を開けた美少女クシナちゃんこと私だったけれど、ふと大事なことを思い出した。
「……そういえば、まだ美味しいお肉を食べてないじゃない」
せっかくまとまった報酬が入ったっていうのに、これじゃ宝の持ち腐れだわ。
まあ、お店をいつ閉めるかは店主である私の自由。
今日はお昼過ぎにさっさと早仕舞いして、美味しいお肉のお店にでも繰り出そうかしら……。
なんて、お腹の空く計画を立てていた、その時だった。
カランコラン、と鐘の音とともに扉が開いて、誰かがやってきた。
「クシナさん、いますか?」
入ってきたのは、いつもの司祭ちゃんだった。 けれど今日は、あの見慣れた修道服じゃない。暗い色の立ち襟シャツに紺色のカーディガン、さらに下は紺のロングスカート。……見事なまでの「紺一色」コーデね。
「あら、今日は修道服じゃないのね?」
「はい。今日は教会の仕事がお休みなので……って、そうじゃなくて」
司祭ちゃんは慌てて言い直すと、申し訳なさそうに眉を下げた。
「前回は、お見苦しい姿をお見せしてしまって本当にすみませんでした。なんだかつい嬉しくなってしまって、あんなことに……」
どうやら、あの「禁書」で暴走したことを謝りにきたらしい。
「いいわよ別に。呪いの影響を受けたんだもの、多少のことは仕方ないわ」
私が大人な対応で返すと、司祭ちゃんは不思議そうに首を傾げた。
「?? ……なんのことでしょうか?」
「えっ」
本気で心当たりがなさそうな顔。……ああ、なるほどね。あんなに鼻息荒く「同志」なんて言っちゃったのが、後から思い出して恥ずかしくなったのね。だから「記憶にない」ことにして、しらを切っているんだわ。
「……まあ、いいわ。そういうことにしておくわね」
あえて追及しないでおいてあげる。 私は優しい美少女なのだ。
「ところで、用事はそれだけかしら?」
私がそう尋ねると、司祭ちゃんは「あ、はい」と頷いた。
「そうですね。あとはお休みなので、この辺りをぶらぶら見て回ろうかな、なんて思ってまして」
なるほど、つまり暇なのね。
一人でお肉も悪くないけれど、誰かいた方が楽しいし、何より退屈しないわ。そうと決まれば、言うことは一つよ。
「司祭ちゃん、お肉食べに行きましょう!」
司祭ちゃんとは一旦別れて、夕方頃に再合流することになった。
時間が流れて昼過ぎ、私は予定通りさっさと雑貨屋の看板を下ろす。
「司祭ちゃん、今日は普段着だったわね。……私も着替えた方がいいかしら」
一応、女の子同士の食事だしね。でも、着替えるにしても護身用の「呪いの保険」は欠かせない。そういうのが無いと、私って本当に弱いのよ。
たぶん、普通に喧嘩したら子供にも負けるんじゃないかしら。
……いえ、実際体力勝負で子供に負けた思い出が、今さらさらと蘇ってきたわ。
クローゼットの中を吟味していたら、一着の「呪いの服」が目に留まった。 これ、なかなか面白いのよね。私には必要ないし、使えないけれど。
ダイエットには最適な服なのよ。常に体を適度にしめつけ続けるから、物理的に胃に入る量が減って、嫌でも食べる量が減るっていう……。
なんて、どうでもいいことを考えながら服を眺めていたら、いつの間にか約束の時間が迫っていた。
「……もう、これでいいわね」
結局、着替えるのはやめた。いつものローブ姿が一番落ち着くし、呪いへの耐性もバッチリだもの。
私はそのままの格好で、お肉を目指して店を出ることにした。
目的のお店の前まで行くと、そこにはすでに紺一色の司祭ちゃんの姿があった。 約束の時間にはまだ少し早いけれど、本当に律儀なことね。
「お待たせ。……って言っても、さっきぶりだけど」
私が声をかけると、司祭ちゃんはぱっと顔を明るくした。
「はい。私も今さっき来たところですから」
出たわね、待ち合わせの定番のセリフ。……まあ、彼女が言うと本当に「今さっき」な感じがするから不思議だわ。
「それじゃ、さっさと入りましょうか。お腹ぺこぺこなの」
香ばしいお肉の匂いに誘われるように、私たちは店の中へと足を踏み入れた。
いつもよりちょっと奮発した高級なお肉を、心ゆくまで堪能した私達。
お腹も膨れて、落ち着いたついたところで、私は本題を切り出すことにした。
「そういえば司祭ちゃん。……石像、興味ない?」
例の「困ったちゃん」について詳しく話して聞かせると、司祭ちゃんは不思議そうに小首を傾げた。
「なるほど、生気を吸い取る石像ですか……。教会の聖遺物庫で管理してもいいですけれど、あいにく私は探索者ではありませんから、店から運ぶのは難しそうですね」
そうよね。非力な私と司祭ちゃんで、あの岩塊を運ぶなんて地獄の苦行だわ。 でも、教会さえ引き取ってくれるなら、ひとまず解決の目処は立つ。
「やっぱり、マニアちゃんに運んでもらうしかないかしらね」
今度会った時にでも頼んでみよう……そう私が独り言のように呟くと、司祭ちゃんが「え?」と反応した。
「マニアちゃん……? ああ、アニマさんのことですか?」
「知ってるの?」
「ええ、よく教会にいらっしゃいますよ。とても熱心な方ですよね」
あの子が教会? 全然イメージにないんだけど……。
「といっても、本堂でお祈りをするわけではなくて。いつも聖遺物がある区画の方にいらっしゃるんです。聖遺物に興味がおありなのでしょうか……」
……ああ、なるほどね。聖遺物そのものっていうより、その周りに固められてる「呪物」に興味があるのね、あの子。
「あそこは呪物もあって危険なので、あまり近づかないようにと毎回お声がけはしているのですが……」
「なるほどね。まあ、一応あの子はベテラン探索者だし、多分心配する必要はないわよ」
私はそう思いながら、食後のデザートを味わった。
「ありがとうございました! 今日は本当に楽しかったです。お肉も絶品でしたし、またぜひ誘ってくださいね」
夜もすっかり更けたので、私は司祭ちゃんを教会まで送り届けてから別れた。
それにしても、今日は本当に良い一日だったわね。 呪物による厄介な騒動は起きなかったし、美味しいお肉は堪能できたし、あの「困ったちゃん」の処分にまで目処がついたんだもの。
「ふふ、完璧だわ」
満足感に浸りながら、我が家ことクシナ雑貨店の前にたどり着く。さあ、あとはゆっくりお風呂に浸かって、ふかふかのベッドに潜り込むだけね。 そう思って店の扉に手をかけたのだけれど……。
「……あれ? 重い?」
扉が、やけに重い。まるで内側から重石でも置かれているような、嫌な手応え。 まさか泥棒? いえ、こんな呪物だらけの店に入る命知らずなんていないはずよ。 渾身の力を込めて、少しだけ開いた扉の隙間から中を覗き込むと――。
そこにいたのは、倉庫に安置していたはずの、あの「通せんぼ石像」だった。 玄関先まで自力で這い出してきたのか、扉を塞ぐように鎮座している。
『オマエ……ニク……ズルイ……』
そんな、怨念の籠った幻聴が聞こえた気がした。
「もう、本当に困ったちゃんね。これ……」
暗い夜道で一人、扉の前で溜息をつく。
結局、それから一時間近くも石像を相手に格闘する羽目になった。美少女の私が、夜中に扉の隙間へ必死に体をねじ込んでいる姿なんて、口が裂けても誰にも見せられないわ。
「……はぁ、死ぬかと思った」
なんとか隙間から這いずるようにして店内に侵入した私は、もう指一本動かしたくないほどの疲労困憊。
現在、お湯に溶けながら「今日という日の落差」を噛み締めている、疲労困憊の美少女クシナちゃんなのでした……。




