13 困ったちゃんを処分したい
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クシナ雑貨店。
「んー……はぅ……」
大きく背伸びをして、ベッドから這い出す。
「昨日はよっぽど疲れてたのかしらね。気づいたら寝ちゃってたわ」
誰に聞かせるでもない独り言をつぶやきながら身だしなみを整え、一階へと降りる。
まずは開店準備。どうせ朝早くから客なんて来ないし、店を開けてからゆっくり朝ごはんを食べればいいわね。
「倉庫に何かあったかしら……」
材料を探しに、私は奥の倉庫へと向かった。 扉を開けると、そこにはあの「通せんぼ石像」こと、生気を吸い取る呪物が鎮座している。もちろん、聖布とローブでぐるぐる巻きにしたままだ。
「……これ、邪魔よね」
早く司祭ちゃんあたりに押し付けたいけれど、私一人じゃ動かすこともできない。
石像の横をすり抜け、がさごそと棚を漁る。買い置きしていた食料を見繕うと、私は重い呪物を横目に倉庫を後にし、カウンターへと戻った。
朝食のパンをかじり、紅茶をすすりながら一息ついていると、カランコランと鐘の音が鳴って扉が開いた。
「クシナさん、起きてますか? おはようございます、シエルです」
入ってきたのは、探索者協会の看板受付嬢だった。
「実はこの前の呪物の件、まだ残りの金貨七十枚を渡せていなかったと思って。すみません、届けにきました」
「ああ……昨日の件ね。わざわざ悪いわね」
私は紅茶のカップを置いて、彼女を迎える。
「久々に迷宮なんて歩いたから、すっかり疲れが出ちゃって。協会まで取りに行く気力が湧かなかったのよ」
シエルは「本当、助かりました。ありがとうございます」と微笑みながら、金貨の入った袋を差し出してきた。受け取ると、ずっしりとした重みが手に伝わる。
「まあ、第一階層だったから受けただけよ。あそこなら安全だしね。これがもっと奥深くの依頼だったら、絶対にお断りしてたしね」
あくまで「安全第一のビジネス」であることを強調して、私は紅茶の続きを口にした。
「それで、一体どんな呪物だったんですか?」
興味津々といった様子で、看板受付嬢が身を乗り出してきた。
「んー、よく分からない石像よ。人間と言われればそう見えるし、動物やモンスターって言われても納得しちゃうような見た目ね。聖布を被せておかないと、ひたすら周りの生気を吸い取る困ったちゃんなのよ。とにかくずっと『飢えてる』みたいで、それで手当たり次第に吸い取ってるんでしょうね」
説明ついでに「ちょっと見てみる?」と私が立ち上がろうとすると、は顔を真っ青にして手を振った。
「いえいえいえ! 見なくて大丈夫です! 本当に大丈夫ですから! あくまで協会内で情報を共有するために聞いた、ただの事務的な質問ですから!」
全力で拒否されてしまった。私が再び椅子に深く腰掛けると、彼女は落ち着きを取り戻したようにポツリと言った。
「……まあ、この辺りは迷宮ができる前、作物も育たないし天候にも恵まれない、荒れ果てた土地だったらしいですから。その頃の未練とか、飢え死にした人たちの想いがあの石像に影響したのかもしれませんね」
「へー、そうなのね」
いつも通りの適当な相槌を打ちながら、私は冷めかけた紅茶を喉に流し込んだ。
そんな話をしていた時だった。
カランコランと鐘が鳴り、勢いよく扉が開く。
「ここが、悪名高き雑貨店ですわね!」
言い放ちながら入ってきたのは、輝くような金髪をなびかせた一人の美少女だった。両サイドをこれでもかと完璧な縦巻きにセットした、いわゆるドリル髪のお嬢様である。
あら、私の次くらいに美少女じゃない。……というか、その髪をセットするのに毎朝どれだけ時間をかけているのかしら。そんな余計な心配をしてしまう私だったけれど、彼女は真っ直ぐに私を見据えてきた。
「あなたが、ここの店主ですの?」
「ええ、そうよ。クシナ雑貨店へようこそ」
私はとびっきりの美少女スマイルで対応する。金貨の報酬も入ったばかりだし、今日の私はサービス精神旺盛なのだ。
ところが、彼女は私の笑顔など無視して、ビシッと指を突きつけてきた。
「私の目が黒いうちは、呪物なんていう『悪』は決して許しませんわ!!」
……いや、金髪ドリルちゃん。あなたのお目目、透き通るような綺麗な「青色」ですけど。
そう口に出して言いたかったけど、そこは空気を読んであげる私。
「いいですか、よくお聞きなさいな。そもそも呪物というものはですね、それを所持すること自体が言語道断、断じて許されざる行為ですのよ! あのような禍々しい瘴気を浴び続けるだけで、心身ともに不健康を極め、健全な精神まで蝕まれてしまいますわ。それだけではなく、呪いの影響は持ち主だけに留まらず、周囲の無関係な方々にまで忌々しい災厄を振り撒き、多大なる悪影響を及ぼしますの。ですから、今すぐそのような忌むべき品々はすべて破棄し、清らかな生活に立ち戻るべきですわ。分かってよろしくて?」
彼女はドリル状の髪を激しく揺らしながら、一気にまくしたてた。 その勢いに、飲んでいた紅茶がさらに冷めてしまった気がする。
「まあまあ、そんな一気に喋ったら喉が渇くでしょ。紅茶でも飲む?」
「いいんですの? ……いただきますわ」
さっきまでの勢いはどこへやら、金髪ドリルちゃんは素直に私から紅茶を受け取った。
「ふー……。これ、とっても美味しいですわね」
一口飲んで、にへらーと柔らかな笑みを浮かべるドリルちゃん。 毒気を抜かれたその顔は、悔しいけれど確かに美少女ね。
「これ、結構珍しい茶葉を使ってるのよ。普段は売り物にしてないんだけど……よかったら帰りに買っていく?」
私はここぞとばかりに営業をかける。
「いいんですの? ぜひとも購入したいですわ!」
ルンルン気分で身を乗り出すお嬢様。……あ、これ今なら何でも売れそう。 そう思った直後、彼女はハッと我に返って叫んだ。
「……って、違いますわ! あやうく騙されるところでしたわ!」
勢いよく立ち上がる彼女を見て、私は心の中で小さく笑う。 このドリルちゃん、なかなか面白いわね。
「そういえば、自己紹介がまだでしたわね」
彼女はコホンと一つ咳払いをすると、スッと背筋を伸ばした。
「わたくし、コーデリアと申しますの! 名家たる我が家の名において、この世から呪物を根絶することを誓いますわ!」
……名家ねえ。
私は隣にいる看板受付嬢に、こっそり小声で「ねえ、知ってる?」と聞いてみた。
「知ってるも何も……この迷宮都市を治める領主様のお嬢様ですよ」
看板受付嬢は深いため息を吐きながら、小声でそう返してきた。
店の扉がコンコンコンとノックされ、カランコランと鐘の音を響かせて開いた。 現れたのは、これまた絵に描いたような従者姿のメイドさん。
「お嬢様、そろそろお時間です」
「もうですの?……分かったわ」 ドリルちゃんことコーデリア様は、名残惜しそうに空になったカップを置くと、スッと立ち上がった。
「また来ますわ、それではごぎげんよう。紅茶、ごちそうさまでした」
私にそう言い残すと、彼女はメイドに連れられて優雅に去っていった。
嵐が去ったような静寂の中、看板受付嬢がポツリと呟く。
「……一体、何だったんでしょうか、今の」
「さあ? でもまあ、悪い子ではないと思うけどね」
私は適当に答えながら、ティーカップを片付け始める。
……正直に言えば、勢いで「通せんぼ石像」でも持って帰ってくれたら最高だったのになあ。
あと、ついでに茶葉を高値で売りつけて、盛大にぼったくるのも忘れてたわ。
「それでは、私も協会に戻りますね」
「今回は本当にありがとうございました」
ともう一度丁寧に頭を下げて、看板受付嬢も店を後にした。
カランコラン、と乾いた鐘の音が響いて、扉が閉まる。
……急に静かになったわね。
それにしても、呪物の根絶、ねえ。
「そんなことが簡単にできたら、誰も苦労しないわよ」
理想に燃えていたあのドリルお嬢様の顔を思い出しながら、私は独り言をこぼす。 呪いは人の業や未練がある限り、どこからでも湧いてくる。それを全部消し去るなんて、私からすればおとぎ話にしか聞こえないけれどね。




