12 いざピクニックへ 後
結局、看板受付嬢に押し切られる形で迷宮の入り口までやってきた、美少女クシナちゃんこと、私である。
もちろん、いくら急かされたからといって、丸腰で迷宮に入るほど私は無鉄砲でもない。
一度自分の店に戻って、最低限の回復薬といった必需品と、いざという時のための「軽い呪いの装備」を整えてきた。
「……どれくらいぶりかしら。ここに来るなんて」
迷宮の入り口は大きな洞窟のような口を開けており、そのすぐ横には入退場を管理する受付所がある。ここで中に入る人数と出てきた人数を照合し、取り残された者がいないか確認しているらしい。
受付の人に更新したばかりのライセンスを渡し、台帳に何やら記入してもらう。それを再び受け取ってから、私は重い腰を上げて迷宮内へと足を踏み入れた。
入り口から続く通路は一本道で、壁には一定間隔でオイルランプのような灯りが備え付けられている。おかげで見通しは良く、出口まで迷う心配はない。
この緩やかな下り坂の通路を抜けた先が、迷宮第一階層だ。
「懐かしいわね」
迷宮第一階層は、視界の開けた草原のような地形になっている。木々が並び、迷路のように道が入り組んではいるけれど、モンスターによる奇襲はほとんどない。
開けた場所に最初から魔物が突っ立っているくらいで、初心者どころか、文字通りの入門者用。実際、第一階層におけるモンスターや罠による死亡事故は、限りなくゼロに近いらしい。
「まあ、私の場合はモンスターなんて気にする必要もないのだけれど」
ほとんどピクニック気分で、余裕たっぷりに第一歩目を踏み出した、その瞬間だった。 目の前の地面が――あるいは草の壁が、不自然にせり上がってきたように見えた。
「ふべっ!」
抗う間もなく、私は勢いよく地面へとダイブした。 正確には、せり上がってきた草の壁と、情熱的なキスを交わす羽目になったのだ。
鼻をつく強烈な青臭い匂い。
「いった……」
まったく、美少女の顔に痣でも残ったら、一体誰が責任を取ってくれるっていうのよ。
それにいきなり罠にかかるなんて。
私は懐から取り出した冊子――『最新版・第一階層迷宮ガイドブック ~これでアナタも脱・初心者~』をめくってみたけれど、どこをどう探しても、そんな記述は見当たらない。
基本的に迷宮の内部構造が変わることはない。アイテムの出土や罠の配置には多少の不規則性があるにしても、入って早々にこんな不意打ちを喰らうなんて、少なくともこの第一階層では聞いたことがなかった。
もしこんな罠が存在するなら、真っ先にこのガイドに載っているはずなのだ。
「相変わらず、この迷宮は私を拒んでいるようね……ふふふ……」
ちょっと格好をつけてみた。
もちろん誰も周りにいないのは確認済みである。
こういうことを言わないとやってられないほど私は罠にかかるのである。
自分が極端に鈍感なのか、それとも致命的に運が悪いのか。
いや私は不運なのである。
絶対そうなのだ。
それはともかく、私がわざわざ迷宮まで足を運ぶ羽目になった理由。 それは、第一階層の奥深くで「帰るに帰れなくなった探索者」が出たという知らせだった。
ちょうど引き返すための道に、正体不明の呪物が出現したらしい。近づくだけで意識を失いそうになるほど強力な呪いで、ベテラン探索者ですら尻尾を巻いて逃げ出す始末だとか。 そこで、呪いに耐性がある私に「呪物をどけるか、持ち帰るかして対処しろ」と白羽の矢が立ったわけ。
……決して、成功報酬の金貨100枚に釣られたわけではないと言い張っておく。
まぁ、すでに前金の金貨30枚は受け取っているのだけれど。
「あの娘……マニアちゃんにでも頼めば、意気揚々とやってくれそうなものだけど」
ふと、あの奇品コレクターの顔が浮かんだが、即座に打ち消した。
「……ダメね、あの子は耐性があるわけじゃないもの。自分から呪物に近づいて、幸せそうな顔をしながら意識を失っている姿が目に浮かぶわ」
想像して溜息をひとつつき、私は手元のガイドマップに目を落とす。最短ルートを確認すると、私は一歩一歩、目的地へと足を進めた。
道中、他の探索者と鉢合わせることはなかった。……まあ、私が意図的に避けているのだけれど。
もし戦闘中の探索者と出会ったりしたら、それこそ最悪。
あと一歩で討伐できるっていう絶好のタイミングでも、私が近づいただけで魔物が脱兎のごとく逃げ出してしまうのだから。
おかげで今まで、どれだけ理不尽に怒鳴られたことか……。 私はただ、そこに居合わせただけ。全くもって一ミリも悪くないっていうのに、本当に心外だわ。
ちなみに、ここまでで五回ほど罠にかかっている。
「丸呑みちゃん」に回復薬を百個ほどストックしてあるから、体力的には全然余裕である。
いや、精神的にはもうボロボロ。正直おうちに帰りたい。
そうこうしているうちに、ようやく目的地の近くまでたどり着いた。
何人かの探索者が遠巻きに様子を伺っている。その視線の先に、今回の「お仕事」である呪物があった。 さらに奥には、逃げ場を失った例の二人組の姿も見える。
私は迷わず、その呪物に向かって歩き出した。
「おい、姉ちゃん危ねえぞ! 近寄るな!」
後ろから男の探索者が声をかけてくれる。
「大丈夫よ。心配してくれてありがとう」
私はそれだけ言って、忠告を無視して進む。 呪物を間近で観察すると、それは何やら石像のような形をしていた。人間を模しているようにも見えるし、空想上の動物のようにも見える。
……なるほどね。近づいて分かったけれど、これは私のローブと似たような効果を持っているわ。 ただ、私のと違って、こっちは周囲の生気を無差別に吸い取っているみたい。
「とっとと終わらせるとしますか」
私は呪物に直接触れてみる。耐性がある私でも、指先からわずかに生気が吸い取られる感覚があった。 流れ込んでくる思念は――「お腹が空いた、腹減った……もっと血肉を……よこせ……」とただそれだけ。
「そうね。これが終わったら、美味しいお肉なんていいわね」
自分への報酬を心に決めると、私は「丸呑みちゃん」から大きな聖布を取り出し、石像を何重にもぐるぐる巻きにした。これで呪いの波及は抑えられる。 さて、これを回収しようとしたのだけれど。
「……重っ」
一ミリも動かない。か弱くて可愛い美少女の私に、こんな岩の塊を運ばせるなんて無理にもほどがあるわ。
「どうしようかしらね……」
聖布で呪いの効果が弱まったおかげか、奥からあの二人組が駆け寄ってきた。
「助かりました、ありがとうございます! って……えっ、店主さん!?」
岩の塊に通せんぼされてたのは、店に来た新人探索者たちだったようだ。
「別に構わないわよ、ただの仕事だから」
クールに答えて、なんとか石像を動かそうと踏ん張ってみるものの、やっぱりびくともしない。
「……これ、あんたの店で買ったロープで縛って、三人で引きずればいいんじゃないか?」
男の子の新人探索者がそう提案してきた。
我ながら、クシナ雑貨店の商品は品揃えが完璧ね。
三人で一気に引くと、ゴゴゴッ……と重苦しい音を立てて、石像がようやく動き出した。
それでも、このようなペースじゃ、迷宮の入り口……どころか、店までたどり着くのにどれだけ時間がかかるか分かったもんじゃないわ。
「私、いいこと思いついたわ」
女の子の新人探索者がこれまた店で購入した水袋を取り出すと、進行方向の草地に景気よく水をぶちまけ始めた。
「こうして地面を濡らして滑らせれば、さっきよりずっと楽に動かせるはずよ」
やっぱり、クシナ雑貨店の商品は素晴らしいわね。
遠巻きに見ていた探索者も自体が解決すると分かった途端、各々散らばりだした。
そしてようやく、迷宮の入り口まで石像を運ぶことができた。
でも、問題はここからである。一体どうやって店まで運べばいいのかと。
途方に暮れかけていたところで、明るく軽快な、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「クシナっちのピンチと聞いて、やってきたよ!」
奇品コレクターのマニアちゃんである。
「呪物コレクターのアニマだってば」と言い終わるより早く、彼女は目を輝かせて石像にスリスリしだした。 私はもう慣れているけれど、同行していた二人の新人探索者は思いっきり引いている。
「ねえ、これ、こっそり布を剥いじゃダメかな? ちょびっとだけ、ね?」
上目遣いでおねだりしてきたけれど、ダメなものはダメよ。
「いいわけないでしょ。それより、ちょうどいいところに来たわね。これ、店までどう運ぶか迷っていたのよ。重すぎて、か弱くて可愛い美少女の私一人じゃ、とても無理だし」
「これ、そんなに重いの?」
マニアちゃんはそう言うと、あの忌々しい重さの石像を、事もなげにひょいっと持ち上げてしまった。
「うーん。まあ、そこそこ重いかな。それで、これを店まで運べばいいの?」
涼しい顔で、さも当然のように聞いてくる。 ……私たちのここまでの苦労は、一体なんだったのかしら。
私と新人二人は、ベテラン探索者という生き物の力の怖さを、身をもって思い知らされる羽目になったのだった。




