4−5 ヨセミテ商会の消滅 (アダム視点)
ヨセミテ商会の買収交渉に向かった、アリアの眷属であるアダム視点のお話です。
私はアリア様の命を受け、カフカースの領都であるデリーまで来ていた。
貯金箱の外に出たのは初めてであったが、既にこの世界の知識を学び終えていたので躊躇う事なく足を進めている。
この通りはデリーのメインストリートなはずなのだが、あちらこちらにホームレスが屯している。屋台にある食料品の価格も、王都よりもかなり高くなっている。領主が不在となり、国王の直轄地になったため一時的に政情が不安定になったせいだろう。王国騎士団が派遣されているので治安は安定しているのがせめてもの救いか。
そんな事を考えているうちに、目的地であるヨセミテ商会に到着した。
このヨセミテ商会、嘗てはカフカース一の大商会だったのに、今では存続の危機を迎えている。先代の領主であるジョハル・カフカースが、精霊の敵と噂された為、領主と距離が近かったガレンを警戒して取引先が距離を取ったのが原因だ。事実、ガレンは爆発事件に巻き込まれ死亡したのも影響している様だ。
「失礼、商会長のダレン殿はいらっしゃいますでしょうか?」
私は、客が一人もいない店舗に入り、暇そうにしていた店番に話しかけた。
……ふむ、客はいないが掃除は行き届いている。腐っても大商会と言ったところか。
「会長はおりますが、どちら様でしょうか?面会のお約束はございますでしょうか?」
「失礼、私はアダムと申します。さるやんごとなき方より命を受けまして参上した次第です。商会長殿にこちらの書簡をお見せいただけませんか」
私は主様から預かった封筒を渡した。
ダレンは、あの誘拐事件に関与していたから主様の名前は知っているはずだ。
「会長に確認をとってまいりますので、少々お待ちください」
ええ、いくらでも待ちますとも。主様の機嫌が損ねない程度の時間ならね。
「お待たせしてしまい申し訳ありません。私がここの商会長を務めておりますダレンと申します」
「お初にお目に掛かります。私はアリア様の命により派遣されましたアダムと申します」
「今回のご訪問はどの様なご用件でしょうか?当店で何かご入用なのですか?」
「そうですね。アリア様はこのヨセミテ商会を買い取りたいと申しております」
ダレンは目を剥いて驚いていた。
「アリア様は一連の事件で傾いてしまったヨセミテ商会に心を痛めております。アリア様自身には何ら責などありませんが、この騒動のきっかけとなったのは事実であり、心を痛めておられます。故に、この由緒正しき商会の存続に協力したいと申されている次第です」
「……なるほど。それが本当ならばありがたい事です」
「ですが、世間的にはヨセミテ商会が精霊様と敵対したと認知しております。いくら資金援助をした所で、世間の評判はもはや覆せないでしょう」
ダレンは悔しそうに口を噛み締めていた。おそらくは、自分もそう思っていたのだが、他人である私に指摘された事により確信してしまったのだ。
「そこで、経営者を一新し、名前を変えて再スタートしてはいかがでしょうか」
「……買収だけでなく、名前も変えてしまうのですか!」
ヨセミテ商会はカフカースで創業して二百年以上続く老舗だ。ダレンはヨセミテ商会の六代目の商会長になる。
その老舗を自分の代で潰してしまう事に忸怩たる想いがあるのだろう。
「ヨセミテの悪名はもはや覆せません。お辛い気持ちは察しますがご了承いただけませんか」
ダレンは力無く頷いた。無念であるのはわかるが、さっさと話を終わらせてしまいたいものだ。
「では買収交渉に移りましょう。我が方と致しましてはヨセミテ商会を大金貨三枚で買い取りたいと考えております」
「……大金貨三枚……、それは余りにも……」
「商会の財務状況や、世間でのヨセミテ商会の批評を鑑みても大金貨三枚は妥当な金額です。来月になれば、更に金額は下がるでしょう。更に従業員の給料の未払いも続いています。このままでは冬が来る前に倒産してしまうのでは無いですか?」
おそらくは短期で高利息の借金も重ねているだろう。もうヨセミテ商会は事実上倒産しているのだ。
「商会の赤字補填、給料の支払い、従業員の継続雇用、債務の肩代わり、そして必要であればダレン殿の逃亡のお手伝いも当方で承ります。大金貨三枚もあれば国内は元より、国外でも再起は可能でしょう。この金額でご納得いただけませんか」
ダレンは何かを言いたそうに口をハクハクと動かしていたが、やがて項垂れて私と目線も合わせずに頷いた。……心が折れてしまいましたか。人間とは脆い生き物ですね。
「それでは契約書にサインをいただきましょう」
私は持参した契約書をテーブルの上に置き、懐から取り出した皮袋から大金貨を五枚取り出した。
「こちらは買取金額と、アリア様より賜りましたお見舞金で御座います。お納め下さい。宜しければ、両替を致しましょうか?大金貨ですと、使う時に不便ではありませんか?」
私の提案をダレンが承諾し、大金貨一枚を、小金貨八枚と大銀貨十枚、それと小銀貨十枚に両替した。
ふふふ、とてもいい買い物ができました。主様は私を褒めてくださるでしょうか?
とても楽しみです。
「大金貨三枚でヨセミテ商会を買い取ったの?ちょっと安すぎない?」
「アリア様からのお見舞いと称して大金貨二枚追加いたしました。ダレンに不満はないでしょう。未払いの給与の支払いや、利率の高い借入金の清算は済ませておきました。明日、ヨセミテ商会の登録の変更を行いますが、名前はいかが致しましょう?」
私は貯金箱に戻りアリア様に経過を報告しました。
今回、ヨセミテの買収でかかった経費は、合計しても大金貨二十枚にも満たないでしょう。
カフカースでぶんどった賠償金から出費するのですから、実質的にゼロと言えるでしょう。
「……新しい商会の名前かー。そうね、借金から助けるために買収したんだから『ヴェニスの商人』に肖ってヴェニス商会にしましょう。クソ馬鹿野郎はアントーニオみたいに正義感はないし、アダムはシャイロックみたいな強欲でもないけど、逸話的にはピッタリな名前ね」
「かしこまりました。その様に商業組合に申請しておきます」
カールがチラチラとこちらを覗いて見ている。主様に仕事を振られる私が羨ましいみたいだ。だが、この御役目はお前には渡さない。
「ヴェニス商会ですが、今後の活動は今のままでよろしいでしょうか?何か別の商品を取り扱いましょうか?」
「……一応、考えてはいるけど関係各所に相談しなくちゃいけないから、まだ当分はこのままで構わないわ」
主様には何か御考えがあるようだ。
これは、私の活躍の場は益々増えそうだな。今後が非常に楽しみだ。
アダムがお金の一部を両替したのは、「さっさとここから逃げ去れ」という意味です。
「ヴェニスの商人」は、かの有名な劇作家であるシェイクスピアの作品です。知っている方も多いと思いますが、面白いお話ですので、是非読んでみてください。




