2−12 クリスは見た! (クリス視点)
クリスから見た、アリアとイタカの対決のお話です。
姫様の命令を受け、私は馬車から飛び立った。
本当なら姫様のお側を離れる事は耐え難いが、私以外に頼れる人がいないの……と姫様から言われたのだ。そう、姫様から『クリス以外に頼れる人がいないの』……と言われたのだ。
そろそろ姫様と領主の面会は始まったのだろうか?
まったく、ケネスに支払われるはずだった金と、今回の事件の賠償金を集めてきてくれなんて姫様は世間擦れしすぎではないか?
しかも、姫様は今回の件で本来の力を隠すつもりは無いみたいだ。多分、姫様に対する影響が周囲にも広がって、実害が発生してしまった事を憂いておられるのだろう。そしてその被害が両親に向けられるのを恐れておられるのだ。
姫様にとってご両親は明確なウィークポイントだ。
姫様は、前世で両親より先に亡くなった事で自身を親不孝者だと蔑んでおられた。だからなのか、タカアマハラやこの世界でも自分のご両親を殊更大事にされているのだ。
親という存在を持たない私にとっては理解しにくい感情なのだが、姫様からご両親に向けられた深い愛情には愛おしさや美しさを感じる。……そして羨ましさも。
私は宮殿の中を徘徊しながら金目の物を物色していく。途中で出会った人間は叫び声を上げられる前に無力化していく。……単純な作業ですね。
そして領主の執務室らしき部屋に入った時、姫様とは違う神霊力を感じた。
この感じは……精霊の眷属ですね。誰の眷属かは分かりませんがとても弱々しい神霊力です。姫様の障害にはなり得ませんね。
私は執務室の中に設置してあった金庫の扉を力任せに引き千切り、中にある金貨や宝石を根こそぎ回収していった。……姫様は領主を犯罪者と呼んでいたけど、こうやってお金を盗む行為は犯罪と考えていないのかしら?
まあいい。私は姫様の忠実な侍女なのだから、姫様の命令には絶対なのだ。
あらかたお金を回収した時、姫様から念話が入った。
『クリス、お仕事はもう終わりそう?』
『はい、すでに完了しております』
『じゃあ、ちょっと退避しておいて。なんだかキレ気味の出来損ないな眷属がいるから』
『はあ?私が始末しましょうか?』
『まあ、精霊の不始末は上司である神様のお仕事の内よ』
『……お遊びもほどほどにしておいてくださいませ』
『クリス、あとひとつ仕事を頼まれてくれない?黄色眷属が逃げられないように、お城の周りに防御結界を張って欲しいの。出来れば黄色眷属には見破れない様に透明の奴で簡単には壊れない頑丈な奴をお願いね』
そこで念話が終了した。
どうやら眷属が逃げるのを阻止したいようだ。
しかし姫様は対峙している眷属をどうなさるおつもりなのだろうか。かの眷属は、原初の精霊の眷属なので主人同様に死を超越しているはずだ。姫様がいくら強力な神霊術を使おうとも死に至らないだろう。
そんな事を考えていた矢先、宮殿で謎の大爆発が発生した。どうやら眷属がヤケクソで爆発の神霊術を放ったみたいだ。
マズイ、まだ防御結界を張っていなかった。私は爆発の衝撃を避けながら浮遊術で飛び上がり防御結界を行使した。姫様のリクエスト通りに透明で頑丈な結界を張ったので多くの神霊力を使ってしまったが。
宮殿が吹き飛び、周りの床や壁がなくなってしまったので、姫様と眷属がよく見える。
む……、姫様の口調が少し丁寧になっている。
感情が揺れ動いた時、つまり喜んでいる時や怒っている時に、姫様の口調が若干変化するのだ。変化と言っても些細な違いなので普段から姫様との接触が多い私にしかわかりませんけどね。……そう、私にしかわからないのです!
それにしてもあの眷属、姫様に対しての無礼は看過できませんね。機会がありましたら、私自らが教育して差し上げましょう。
すると突然、姫様に膨大な神霊力が流れ込んでいきました。
とてつもない力の奔流に驚きを隠せない眷属の男が呆然と立ち尽くしている。
無理もない。私もナクロール様から『煤竹の笛』を頂き『創造』の権能を行使出来るようになったが、こんな規模の創造を行使した事はない。
どうやら姫様は、上空に別次元の空間を創られるみたいだ。しかしここはフーシ様がお創りになられた異界なのだ。その世界に干渉するという事は、フーシ様の力を超えているという事を意味する。
姫様がタカアマハラに初めてきた時には、フーシ様よりも神霊力は低かったはず。それがたった百年程度で逆転したのだろうか?
……これは、あの方達が想像していた以上の……。
「ふうー。スッキリした!」
姫様が闘技場から転移してきた。
「……姫様。ご令嬢ともあろう方が、精霊の眷属とは言え殿方と二人きりで引き篭もるなんて、そんな教育はしていませんよっ!」
「うぇ!引き篭もるって言っても闘技場は広い空間だし、相手も出来損ないの黄色眷属だし……」
私が強い視線を送ると姫様は観念した。
「……ごめんなさい」
笑顔の姫様も可愛らしいが、こういったシュンとした顔もレア感があって捨て難い。
「では、私はあの無礼者を教育しておきますので、姫様は私を闘技場まで転移してくださいませ。その後、姫様はオウルニィまで戻り、ご両親からお叱りになられてください」
ダグザの住処に行くと言って出掛けたまま無断外泊したのだ。ご両親の心配は如何程だろうか?私は子を成した事はないので想像がつかない。
「……クリスは一緒に来てくれないの?」
うん、目をウルウルとさせた顔もキュートです。
「私の教育に付き合ってもらっても構いませんが、その時は姫様も一緒に教育しますよ」
姫様は素直に私を闘技場まで転移してくれて、その後オウルニィに戻っていった。……素直な所もまた可愛らしい。
原初の眷属の神霊術で多くの死者が出たが、姫様は悲しんでいる様子は見られなかった。おそらく、死生観について達観しているのだろう。
姫様の前世は常に死と隣り合わせの人生だった。何度も体調が悪化し、死の淵に追い込まれた事は何度も経験しているはずだ。それに前世の姫様が十代になってからはほぼ病院で入院生活をしていたと聞いている。その時に何度も突然な別れや、理不尽な思いもされて来ただろう。そのせいで死に対する感情が、人よりも不感症気味なのだと感じる。
神という立場ではその方が望ましいが、私個人の感情ではその様な思考になってしまった経緯を思うとやるせなさを感じるのだった。
「あら、まだボロボロにはなっていませんね。姫様もまだまだ甘いですね……。まあそんな所も可愛らしいですが」
私は目の前で荒い息を吐いている黄色の外套を羽織った眷属の男に声をかけた。
「姫様は黄色眷属とか言っていたけれど、名前は持っているのかしら?それとも付けられなかった?」
「……イタカだ」
「そうイタカ。貴方、ハスターの眷属でしょう?その神霊力には見覚えがあります。本当に原初を名乗るには余りにも貧弱な神霊力なのでよく覚えていますよ」
イタカは驚愕の目で私を睨み、その後憤怒した形相で文句を言ってきた。
「我が主人を知っている様だが、主人への暴言は見過ごせん!」
「暴言ではなく真実だけど、貴方はハスターとは違って好戦的な様ですね。けれど、実力が伴ってはいませんね」
「……くっ、あの破壊神の娘の関係者なのだろうが、ただの精霊風情が原初たる我が主人に向かって暴言を吐くとは万死に値する!」
「ただの精霊……ですか。ハスター、本当に貴方はどうしようもない。いいでしょう、ハスターに変わって、原初の精霊の次席である私が教育してあげましょう!」
タカアマハラでほぼ一緒に暮らしていたクリスさえもアリアの神霊力に驚愕してしまいました。
この後、闘技場でイタカはクリスによってボコボコのボロボロにされてしまいます。




