1−7 朱色熊の襲撃
この鐘の音は何なのでしょうか?(タイトルで丸わかりですが)
カンカンカンカンカンカンカンカン……
鐘が連続で鳴り響き、そして止まらない。
これは、オウルニィの町における最大級の警戒の合図だ。
周りを見渡すと、市場はちょっとしたパニックになっている。
「皆さん、落ち着いてください!慌てず、騒がず、まずは深呼吸をして状況を確認してください!」
私は神霊術で少しだけ声のボリュームを上げて市場にいる町民達に冷静になるように呼び掛けた。
「皆さん。落ち着いたら、まずは身の回りの物を確認して貴重品以外はこの場に置いていってください。この騒ぎの中で盗みを働く輩は、ニュートン準男爵の名の下に厳罰に処します!」
私が準男爵の名で呼び掛けたおかげで町民達は少し冷静さを取り戻した。
「皆さん、落ち着いて礼拝所に避難してください。祭司様とは話がついております。冷静に行動してください。押さない・駆けない・喋らない・戻らない・近づかない、『おかしもち』を守って礼拝所に向かってください!」
私は町民の避難を見守りながら、念話術でダグザと連絡を取った。
『ダグザ。予定よりちょっと早いけど、何かあったの?』
『姫様、申し訳ありません。何せ相手が愚かな魔物ですから、こちらの言う事を素直に聞いてくれません。クリス様も苦労しているみたいです』
『わかった。私は礼拝所に避難しているからよろしくね』
『……礼拝所ですか、了解しました』
私はダグザとの念話を切り、すぐに行動に移った。
「お嬢様。私達も礼拝所に避難しましょう!」
「そうね。急ぎましょう……」
礼拝所の中は多くの町民達が避難していた。みんな緊張した面持ちで、精霊像の前で輪になって座っていた。
「……町は大丈夫かな?」
「大丈夫だって!ここには『オウルニィの戦鬼』がいるんだぞ!」
「そうだ、そうだっ!今回だって、すぐに警報は解除されるさ」
……伯父さんの信頼度ってすごいんだね。
私が礼拝所の椅子に腰掛けていると、祭司様がお茶を持って渡してくれた。
「ありがとうございます、祭司様」
「まさか、こんなに早くここが避難所になるなんて思ってもいませんでしたね」
「そうですね。早く平穏に戻れるよう祈るばかりです」
私はアンに、祭司様の手伝いをするように頼んだ。本当は私も手伝いたかったが、貴族の娘である私が働くと周りが緊張するのでやめろとアンに言われたので大人しくしている。
アンは、私にここから動かないようにと言って祭司様と一緒に避難してきた町民にお茶や軽食を配り始めた。
『姫様。まもなく南東の朱色熊が外壁を壊します、お急ぎくだされ』
『わかった。私もそっちに向かうね』
「祭司様、少し外に出て逃げ遅れた人がいないか見て参りますね」
「……外は危険です。礼拝所の中で魔物が去るのを待った方がよろしいのではないでしょうか」
「伯父であるクーパー男爵が外壁の外側で戦っています。伯父に任せておけば町の中は安全です。それに私も男爵家の血を引く者です。皆が戦う中、私一人が安全な所で引き篭もる訳には参りません」
「……わかりました。くれぐれも無茶はせず戻ってきてください」
「承知しております……」
私は礼拝所から出て、市場に近い広場に差し掛かって作戦内容を思い返してみた。
……確か、町の中央広場が作戦予定地だったよね。
ゴンガラガッシャーーーン!!!
轟音と共に市場近くの外壁が崩れ、瓦礫の中から巨大な獣の姿が立ち上がるのが見えた。
……ちょっと!予定より朱色熊の登場が早いんですけど!
瓦礫から出てきた朱色熊を睨みつけ、私は心の中で悪態をついていた。
朱色熊は立ち上がると、市場近くの商店の屋根よりも高く。まるで一軒家に手足が生えたような感じに見えた。
そんな朱色熊が巨体を揺らしながら、のっそのっそとこちらに向かい歩き出してくる。いや、歩き出したのは最初だけだ。途中から四足体勢になりこちらに向かって突進してきた。
私は主に脚力を強化して、ステップを踏むように朱色熊を避け、くるりと回りながら朱色熊の方に振り向いた。
バキバキバキバキ……
私の背後に生えていた木が、嫌な音を立てて倒れていった。朱色熊の口の中にはたった今倒した木の樹皮や木片が残っていて、再び私をロックオンしてきた。
……あの木、突進で倒れたんじゃなくて噛み砕いたの!
なんて顎の力なのよ!と感心している場合ではなかった。
騒ぎを聞きつけ、町の外で戦っていた騎士達がこちらに向かって来た。各々が槍を構え朱色熊に向かって突きを入れていたが、分厚い皮下脂肪に阻まれ余り朱色熊にダメージが入った様子は見られなかった。
……人が集まって来ちゃった。ちょっとまずいんですけど!
「アリアお嬢様をお守りせよ!」
騎士達は私の周りを取り囲み、盾を構えて朱色熊の前に立ち塞がった。
今いる騎士達はどうやら伯父さんが率いる討伐部隊の騎士では無く、南門の警備を任されていた騎士みたいだ。
五人の騎士の内三人が私を守り、残りの二人が朱色熊に槍を突き立てていた。
……どうしよう。今、神霊術を使うとみんな巻き込んじゃうんだけど。
異界に来てから碌に神霊術の練習が出来なかったため、今の私はお姉様に教わった強力な攻撃しかできないのだ。
威力を抑えた、マイルドな術を練習したかったのだが町の外に出るのを禁止されていたので、今の私が神霊術をぶっ放すと甚大な被害が発生してしまう。なので、人が来ないうちに片付けようと思っていたが私の予想よりも早く騎士達が駆けつけてしまった。
私がちょこっと焦っていると、朱色熊が右腕を振りかぶって強烈な右フックを打ってきた。
私は身体を強化していたのでスイッっとジャンプして回避したが、私を取り囲んでいた騎士達は盾もろとも吹き飛ばされてしまった。
よく見てみると、攻撃役の二人も倒されているのが確認できた。けど全員フラフラとしているが、命に別状はないみたいだ。
……よかったー。みんな生きてるよ。
けど、事態が好転したわけではなく、逆に私がここで神霊術を使ったら逆に騎士達にトドメを刺しかねない。
……ここは回復?いや、あえて攻撃?それとも逃げの一手?
少々頭がパニックになりながら考えていると、クリスから念話が入った。
『応援を差し向けました。それでこの場を凌いでください、姫様』
……やっぱり頼りになるね。クリスえもんは!
私がクリスを賞賛している間に、どうやら応援が到着したみたいだ。
遥か上空からダグザが私の前に降りてきて、立派な角をビカビカに光らせて朱色熊に向かって稲妻を落とした。
朱色熊は、初めは何事もなかったように直立していたが、やがてブスブスと身体から煙が立ち始めて口から炎を吐き出し、やがて全身に火が付きやがて燃え尽きて灰になってしまった。
そして、外で戦っていた叔父さんも町に戻って来て市場の広場に集まってきた。だが叔父さんは、私とダグザが見つめ合っていた為か私に近付くことはせず、黙って状況を見守っている。
「其方か……。我輩にずっと呼び掛けていたのは……」
ここから、私とダグザとの一世一代の三文芝居の開幕となった。
ここでダグザが初登場!
次回、アリアとダグザのアドリブ劇場の開幕です。




