2−12 焦り (トッド視点)
今日もアリアは授業を抜け出し魔術師団の訓練を受けに行ってしまった。
状況だけ見れば当初の計画通りに彼女は孤立している。
しかし、その孤立の理由が彼女に向けられた嫉妬や妬みといった負の感情からではなく、憧れや羨望といった肯定的な感情による物だった。
しかし、その理由は理解できる。
彼女は貴族特有の偉ぶった態度が殆ど感じられず、かといって下手に出る事もなかった。良い意味でフラットで誰に対してもフレンドリーに接している。
勉強も頼まれれば誰隔てなく教えてくれるし、きちんと丁寧に分かるまで指導してくれるらしい。
教え方も教師顔負けで、時には教科書に書かれていないやり方でアドバイスをしてくれたりするそうだ。
勉強に関しては俺はアリアから教わった事はなかったが、みんながそう言うのだからその通りなのだろう。
俺はこれまで自分が特別な存在だという事を疑ったことなどなかったが、ここに来てその自信が揺らぎ始めている。
……全部、アリアのせいだ。そう思い込む事で自分の中にあったプライドを崩さない様にしていた。
「ショット先生、アリアさんの授業の免除をやめさせる方法はありませんか?」
「……そんな事を聞いてどうするつもりだ?アリアの授業の免除は魔術師団からの指示だ。その下部組織である魔術師学校は魔術師団からの命令に従う義務がある」
「……ですが、新入生全員が魔術を使えるようになろうと必死になっている中、一人だけが授業に出ないのはおかしいと思います」
「それは新入生全員の総意なのか?だとしたら、その考えを正さなければならない」
「……どこが間違っているのでしょうか?」
「貴族学校や私立の学校ならいざ知らず、魔術師学校は団結力や集団生活を学ぶ場ではない。ここは学校という名が付いてはいるが、その実態は予備の魔術師を製造する工場の様なものだ。もし、ケルト王国が戦時中だったら、君達は戦場に連れて行かれ擦り切れるまで使い回されていたかもしれない」
「……そうなのですか?」
それは初耳だ。平民にとって魔術師になる事は、貴族になる事とほぼ同じ意味を持っている。その意味の根底には大して働かずに楽する事が出来るといった下衆な考えがあるのだ。今、ショット先生が言った事はその考えを真っ向から否定するような発言だった。
「まあ、貴族だろうと平民だろうと魔術師だろうと意味は変わらない。国民は国の為に働く駒の一つに過ぎない。駒になる事を拒みたかったら、全てを捨てるか、全てに負けない力を手に入れるしか無いな」
「そんな事……出来るのですか?」
「……出来ないのなら君には関係のない話だ」
ショット先生は一方的に話を打ち切ってしまった。
ショット先生はドニゴール侯爵の手下で、俺の為に便宜を図ってくれるんじゃなかったのか?
俺は苛立つ気持ちを抑えながら、職員室から出ていった。
ショット先生がダメなら、アリアに直接クレームをつけるしかない。
「アリアさん、偶には魔術師団の訓練をせずに授業に出てみてはいかがですか?アリアさん一人だけが授業を免除されているので、教室の和が乱れると言っている生徒もいるのですよ」
そんな事を言っている生徒など存在しないが、俺の心の中で言っている内容とそう変わらないので、嘘とは言い切れないはずだ。
「そうなのですか?それは困りましたね」
「魔術師団との訓練も大事でしょうが、ここは学校です。協調性や団結力を育むのも大事なのではないでしょうか」
「なるほど……、流石はトッド君。きちんと皆さんの事を見ていらっしゃるのですね!」
やっぱり只の八歳のガキに過ぎないな。ちょっと親切な感じで言いくるめれば、簡単に騙せてしまえそうだ。
ショット先生の話では魔術師団の要請を学生ごときが拒否するなんて出来ない。アリアが拒む姿勢を見せるだけでも魔術師団は不信感を持つに違いない。
「そうですね、最近は団員達も怖がって私の訓練に付き合ってくれませんし、ジャスパーさんからも偶には訓練を休めって勧められていましたからね、丁度良い機会です」
「……あの、アリアさんの訓練を怖がると言うのは、アリアさんに怪我をさせてしまいそうで怖いという意味でしょうか?」
「……いえ、お恥ずかしい話ですが、私がここ最近やっていた訓練というのは、団員達と試合をする事でして……、私がちょっと、ほんのちょっとだけやり過ぎてしまってみんな怖がってしまっているのです」
アリアは顔を赤らめて恥ずかしがっていたが、恥じらうポイントがズレている様な気がしてならない。
「ジャスパーとは確か魔術師団の副団長の事ですよね。彼が何故訓練を休む様に言っているのですか?」
「……私との試合で団員の皆さんの怪我の頻度が高まりまして、治療術を使える魔術師が過労気味なんだそうです」
「………………なるほど」
……なるほどじゃねーよ!
アリアが言っている事は本当の事なのか?だって、魔術師団の団員に試合とはいえ怪我させているんだぞ!俺がドニゴール領で教えてもらった老魔術師ですら武器も魔術も使える化け物みたいな爺さんだったのに……。
現役の魔術師と試合が成立するだけでも凄い事なのに、魔術の基礎を習いたての俺とはレベルが違いすぎる!
「では、急に予定を変更する事は出来ませんので今日の所は訓練に出掛けますが、明日からは授業に復帰する様に手配いたしますね」
「……あっ、ああ、そうだね。そうすれば、みんなの不満も解消するだろうし……」
「はい、トッド君、色々とお気遣いしてくれてありがとうございます。また、何かあったら教えてくださると助かります!」
陥れるはずが、逆に感謝をされてしまった。
俺は自分の思惑通りに事が進んだというのに、なんだか負けた様な気分になった。
その日の夜、俺はドニゴール侯爵に手紙を書いた。
現状、俺がアリアに勝てる要素なんて何もありはしない。
ならば、学校の内側だけではなく、外側からもアリアに対して干渉をしてもらってアリアを退学させるしか方法は無い。
アリアが如何に優秀だろうとも、アリアは男爵の令嬢でしかないのだ。ドニゴール侯爵の権力はこの国の中でもトップクラスだ。その力を使ってアリアを排除するしかもう道は残されてはいなかった。
次回は、アリアの従兄弟であるアルウィンの視点で貴族学校の日常風景を描いた番外編的なお話となります。




