1−4 ユピテルを後にして (ロムルス視点)
ロムルスはユピテル帝国の公爵の息子で、現皇帝のかなり歳の離れた弟の子供……つまり皇帝の甥となります。
目の前にある大きな船に乗って、私はこれからケルト王国に留学する事になる。
留学の理由は政治や派閥など色々な理由があるが、その中でも最大の理由は私の命が狙われている為だった。
これまでにも、何度か毒を盛られたり、乗馬中に馬に矢を射られ落馬させられそうになったり、中には直接刺客を送り込まれたりと枚挙にいとまがない。
私が命を狙われる度に父上や母上が悲しげな表情で私に謝罪してくる。
確かに、私がこれ程まで命を習われる理由は父上の立場と、この国……ユピテル帝国の事情によるものなのだが、その事を私は恨んだ事はない。悪いのは私の暗殺を企てた者達と、私が苦しむことになった制度を作り維持してきた歴代のユピテル皇帝達だ。
だが、今更そんなどうにもならない事を悔やんでも仕方がない。
私は常日頃から命を狙われる日々を過ごしてきたユピテル帝国を去り、ケルト王国の留学生として暫く暮らす事になる。ケルト王国での暮らしが今よりも穏やかなものになるかはわからないが、このまま何もしないまま手をこまねいているよりもマシだろう。
希望に満ち溢れたとは言い難いが、今よりも良くなる事を信じて私は船に乗り込んだ。
リフィ河の緩やかな流れに揺られてはや三日、ようやくケルト王国の王都であるティル・ナ・ノーグまであと数時間という所まで船は進んだ。
「殿下、まもなくティル・ナ・ノーグに到着いたしますが、ここまで何事も無く何よりですな」
「マルコス、まだティル・ナ・ノーグに到着したわけではないよ。まだ何があるかわからない、安全な所に到着するまでは気を引き締めて行こう」
「そうですね。流石にケルト王国の貴族学校までは襲ってきたりはしないでしょうが、逆に言うとそこに辿り着くまでは危険ですからな」
マルコスは私が幼い頃から護衛をしてくれている護衛騎士だ。
私が両親の次に信頼している人で、ケルト王国に留学する事になった時に真っ先に私の付き人として立候補してくれて、貴族学校には騎士の身分では敷地に入る事は許されなかったのだが、「それなら従者として同行する」と言ってついてきてくれた。彼には本当に感謝している。
そんな事を話していると、船上に突然、見た事もない魔物が次々と飛び出してきた。
「か……河蜥蜴だー!」
その叫び声通り、見た目は何処となくトカゲに似ているが、二足歩行で歩いていて手には不恰好ながら槍を携えている。大きさはマルコスよりも大きく、私の二倍、いや三倍はあるかもしれない。
「殿下、お下がりを!皆は武器を取れ、ロムルス様をお守りするのだ!」
マルコスは私を船室の方に押しながら腰あった剣を抜いた。
すると、船底の方からドンドンと振動が響いてくる。
「くっ、船底にも魔物が取り憑いたか!」
船底から伝わる振動は段々と大きくなり、やがて私は立つことすら困難になってきた。このままでは船が沈んでし舞うかもと考え始めた頃、視界の端に何やら矢のような物が映ったが、その矢はすぐに川面の中に沈んでしまった。しかし、どう言う訳かその直後、船底からの振動は収まり、その代わりに次々と新たな河蜥蜴達が船上に上がってきたのだった。
マルコスや船員達が応戦したものの多勢に無勢、もはやここまでかと思った矢先、突如、空の上から何者かが現れた。
メイドの様な服装を着ていて、顔には大きな仮面で顔を隠した大人の女性が私の前に立ち名乗りを上げた。
「遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ!我こそは謎の仮面の使者、エトワール・ド・ラ・リフィ!冥土の土産に覚えておけ!」
エトワール・ド・ラ・リフィ?このメイドの様な格好をした者の名前なのか?
エトワール嬢は目の前にいた河蜥蜴をバッタバッタと薙ぎ倒し、いくつかの河蜥蜴は魔術と思われる方法で倒していった。
なんて強いんだ。このお方はケルト王国の魔術師なのだろうか?
「何処のどなたか存じませんが、おかげで助かりました。申し訳ありませんが、少々お待ちくださいませんか。我らの主を呼んで参りますので」
「礼など不要です。全ては正義の為に行った事ですから。それではごきげんよう!」
マルコスがエトワール嬢を引き留めたのだが、エトワール嬢は何の見返りも求めずに何処かに飛び去ってしまった。
「……殿下、ご無事でしたか!」
「ああ、互いに怪我がなくて何よりだ。それよりも、あのエトワールという女性はケルト王国の魔術師なのだろうか?」
「わかりません、ですが魔術を使っていたのは間違いありません。我がユピテルの魔術師団の中にもあれ程の手練れがいるとは聞いていません。もし、ケルトの魔術師団の一員であればケルト魔術師団は相当手強い相手ですな」
「そうだね、魔術師の強さは国の強さと言っても過言ではない。エトワール嬢のような強い魔術師がユピテルの敵にならないと良いのだけど」
そして、私が船の周りを見渡すと、船の周囲の河の水が真っ赤に染まっていてその中に無数の河蜥蜴の死体がプカプカと浮かんでいるのが確認できた。
これは、船底を攻撃していた河蜥蜴ではないだろうか。
そういえば、先ほどの矢が川面に消えた途端に船底からの攻撃が止んだのだったな。もしや、あの矢がこの河蜥蜴達を倒したのだろうか?
その事をマルコスに言うと、マルコスは何かを考えるような素振りをしながらこう答えた。
「これは、あのエトワール嬢がやったと考えるのが妥当なのでしょうな。でも、何の目的があってこれ程までの魔術を披露したのでしょうか」
「マルコスはエトワール嬢の事を疑っているのかい」
「そうとは申しませんが、ケルト王国では魔術師は傭兵や用心棒とは違い国の所有物になります。つまり、野良の魔術師などは法制上存在しないという事です。一番考えられるのはユピテルの暗部に所属している魔術師が今回の件に関与していたと考えるのが一番スッキリします」
「だが、エトワール嬢は私を助けてくれた。その事でエトワール嬢が暗殺者では無い事は一目瞭然だ。それに、今更ユピテルの貴族連中が私を助ける事などありはしない!」
「確かに皇宮にいる多くの貴族はロムルス様を亡き者にしようと企んでおりますが、殿下はユピテルにとって、なくてはならぬ方である事には違いありません」
「そんな事を考えているのは皇宮でもほんの一部に過ぎないよ。でなければ、私がケルト王国に留学する事なんてなかったはずだからね」
「確かにその通りなのですが、もしエトワール嬢がそう言った者達が派遣してくれた魔術師だとするならば、心強い味方を得られた事になります」
「本当にそうなら良いのだけれど、真相はエトワール嬢に聞いてみないとわからないままだね」
「また会えるといいですね」
「……いやだよ、次会う時はまた私がピンチになった時だからね」
河蜥蜴の襲撃にあった時に真っ先に逃げた船員の懐の中に、魔物呼びと言われる魔術具があったのだが、その魔術具はその船員と共に川底に沈み河蜥蜴をはじめとする河の魔物達に食べられてしまった。
真相は闇の中ならぬ、魔物の腹の中となったのであった。
ロムルスがケルト王国に留学した理由は暗殺者から逃れるためでした。
今回の魔物呼びの魔術具の一件も、ロムルスの暗殺を企てた貴族の仕業です。何故、ここまでロムルスの命が狙われるのか……、その理由はいずれ判明することになるでしょう。




