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アメイジング・グレイス 〜幼き女神は斯く語りき〜  作者: タカトウ ヒデヨシ
第一章 閑話

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閑話 5 貰い事故の顛末 (ウィリアム視点)

時系列的には第六話の「伯父さんの貰い事故」と同じ時間、アリアの伯父さんであるウィリアム視点から見たお話となります。

 妻であるメアリーが領都に赴き、アリアが魔術師学校で着用する衣服を引き取りに行った日、俺は朝からただひたすらに書類にサインをするという嫌な仕事をこなしていた。

 本来、書類仕事はジョンの役割りなのだが、承認のサインだけは頑なに俺にやらせている。

 俺は体を動かす事は得意なのだが、机に齧り付いて黙々と書き物をするのだけは大の苦手なのだ。……ずっと椅子に座り続けると、何だか尻のあたりがやたらとムズムズとしてくる気がするんだよな。

 だが、これもオウルニィの代官になってしまったのだからしょうがないと思い、渋々ながらもサインを書き続けていた。

 昼食を挟み、再び書類にサインを書き続けていると、突然執務室の扉が開き、そこから領都に行っていたはずの妻のメアリーと義妹で同じ名のメアリーが使用人達を引き連れて入って来た。


「……どうしたんだメアリー?ノックもせずに入ってくるなんて、いつもマナーにうるさい君らしくないぞ?」

「マナー違反は重々承知しておりますが、私達は緊急に家探しをしなければなりません。家主であるウィリアム様に了承をいただきたくて、急ぎやってまいりました」

「何を探すのかは後で聞くとして、とりあえず心を鎮める為にお茶でも飲みながら話を聞こうじゃないか。それに、メアリーの帰宅は遅くなると聞いていたが、出先で何かあったのか?」


 すると、メアリーが俺に近づいてきて耳元で囁いた。


「……アリアが子供の作り方を知っていると言ったのです。何でも書物で内容を知ったのだとかで」

「はぁ!アリアはまだ七歳だぞっ!アルウィンにもまだ早いと思って教えてないのに、君達はもうそんな教育をしているのか?」

「私も義妹のメアリーもアリアにはまだ早いと思って教えていません。閨事の関する教育はアリアが貴族学校に入学する時に教えるつもりだったのです。ですがアリアは文字を覚えるのも早く、三歳の頃には家にある本を片っ端から読みあさっていましたから、その中にそういった内容の本が混ざっていたのではないかと思い家探しをさせているのです。間違った内容を鵜呑みにしてしまったら、目も当てられませんので」

「……確かにそんな内容の本が子供の目の届く場所にある事は避けたいな。その本の捜索は許可するが、具体的にはどこを探すつもりだ?」

「とりあえずは共有スペースである本邸を中心に、一部使用人達の区画も視野に入れています」

「本邸はともかく、使用人達の居住スペースにアリアが立ち寄ると思えないのだが」

「もしかしたら、使用人が娯楽として本邸から持ち帰っている可能性も否定できませんから。殿方はそういった本がお好き見たいですし……」


 確かに、俺にも身に覚えがあるから強く否定もできない。


「ですから、貴方の書斎の鍵を渡してくださいませ。ジョンの書斎の鍵はもう既にジョンから預かっていますから」

「はぁ!俺の書斎も探すのか?俺の書斎の本は、殆ど父上から譲り受けた本ばかりだぞ?」

「貴方は書斎の中の本のタイトルを全て記憶していますか?どうせウィリアム様の事ですから、碌に書斎にある本を読んだことも無いのでしょう?」

「……それはそうなのだが、あの堅物だった父上がそんな本を持っていると思うか?」

「私もお父上の性格からはとても想像はできませんが、殿方の下半身は別物だとお母様から習いましたし」

「……それはそうかもしれんが、まあ良い。ほら、書斎の鍵だ。好きなだけ探すがよかろう」


 この時は、後であんな事になるとは想像もしていなかった。




 家探しは晩餐の直前まで行われていたらしい。らしいとしか言えないのは、俺は家探しに参加していなかったからだ。

 晩餐はあまり会話が弾まず、二人のメアリーは黙々と食事をしていたし、ジョンは我関せずといった様子で飄々としていた。アルウィンは晩餐のメニューが大好物だったので終始ご機嫌だったし、アリアは何処か恐縮しながら黙って食事をして、食べ終わったらそそくさと自室に戻っていった。ジョンはそんなアリアを見て声を上げて笑っていたが、俺にしてみればこんなにも気を使う晩餐はもう懲り懲りだ。

 晩餐を終え、今日は家族で居間で過ごすこともなく早々に自室に戻ってみると、自室のテーブルの上に数冊の本と裸婦画が置かれていた。


「……この本が例の本なのか?どこにあったんだ?」

「……貴方の書斎です。アリアに確認していませんから、この本なのかはわかりませんが内容はそういった事が書かれてありました」

「読んだのか?」

「確認するには仕方がなかったですから、義妹にも読んでもらいましたが顔が真っ赤になっていましたよ」

「義妹も子供を産んだというのに、随分とウブな反応をするんだな。まあ、ジョンが好みそうな反応だが」

「……貴方もそういった可愛い反応をする女の方が好みなのかしら?」

「さて、どうだろうな?今度、試してみるか?」

「……貴方が忘れた頃にね。私も一通り走り読みをしましたが、内容が綺麗すぎますね。体裁は官能小説でしたが、これでは閨事の教育としては使えません」

「女性の閨事の教育は知らないが、そんなに過激なのか?」

「過激というよりも事実を淡々と教えられるのです。貴族女性にとって閨事とは世継ぎの問題に直結しますから」

「なるほど、その点は男性よりもシビアなんだな」

「それはそうですよ、ケルト王国では一夫一妻制ですが他国だと一夫多妻制の所も多いですからね。貴族女性は国際結婚も盛んに行われていますから」

「女性を政治の道具に利用するというやつか、気に食わないがそれもまた事実なんだろうな」

「それはケルト王国もさして変わりませんよ。貴族女性とはそういうものだと思っていた方が気が楽ですよ」

「……夢のない話だな」

「我が家では私もメアリーも恋愛結婚でしたが、実際は貴方も貴族の女性しかダメだとお父上に言われていたでしょう。おそらく、貴族学校時代に相手が見つけられなかった時は親に勧められた女性と結婚していたと思いますよ」

「多分そうだろうな。学生の時に君に出会って俺はラッキーだったという訳だな」


 俺は妻の肩を抱きしめ、自分の幸運を噛み締めていた。


「それにしても、お父上もやはり殿方なのですね。まさかこのような本や絵画をお持ちだったとは」

「どれどれ、父上の好みとはどんな感じの女性だったのかな?」


 俺は本を手に取って中身を確認してみた。


 ……うん?この書き出し、覚えがあるな?


 ページを進め、所謂クライマックスシーンを確認してみると、更に記憶にある内容だった。そして、別の本の内容も確認してみるとこの本の内容も記憶があった。

 よく見てみれば、この裸婦画も見覚えがあるではないか。

 そんな俺の様子を見ていたメアリーは、何か不審に思ったのか俺に尋ねてきた。


「どうしたのですか?何やらソワソワとしているみたいですが」

「……うん、……なんだ、……その」

「???」

「……すまないメアリー、この本は俺の持っていた本だ」

「はぁ!?官能小説とはいえ、貴方が本を買うなんて信じられないのですけど!」

「……誤解しないでくれ!これは貴族学校時代に先輩であった伯爵令息に押し付けられたものだ!決して俺が買ったわけではない!」

「でも、内容をご存知なのですよね!本嫌いな貴方が官能小説だったら読むだなんて、見損ないました!」

「それは誤解だ!俺だって本くらいは読む時もある!この本の内容を知っていたのだって、この本を押し付けてきた先輩がやたらと感想を聞きたがったせいなんだ。俺も好き好んでこんな本を読んだ事はない!」

「だったらお断りなさればよかったではないですか!」

「相手は伯爵令息で先輩だぞ!しかも、王国騎士団に入れるくらいの強面な先輩だったんだ、断れるわけがないだろう!」

「貴方だって、王国騎士団に何度も勧誘されるほどの腕前だったじゃありませんか!」

「剣の腕前と、男の上下関係は関係ない。これも面倒な男の社交の一つなんだ」

「……では、なぜこんな本を今まで隠し持っていたのですか?」

「この本は学生時代に父上に没収されたんだ。だから俺も父上が残していたなんて思わなかったんだ。信じてくれ!」


 俺は必死になってメアリーを説得した。

 俺がこんな破廉恥な男だとメアリーには誤解されたくはない。


「ウィリアムはこの本を全部読んだのよね?」

「……まあ、その通りだ」

「では、この本の中で一番好きな本はどれだったのですか?」

「……いや、別に好きな訳では……」

「いいから選んでくださいませ!」


 俺は一冊ずつ本を取り、内容を確認してメアリーに一冊の本を渡した。

 メアリーはその本をパラパラとめくり、内容を確認し始めると途端に顔を真っ赤にして怒り始めた。


「この本の女性は私とは全く違った容姿と性格ではないですか!」

「いや、どの本も君と似ているような女性はいないから……」


 俺がそう言うと、メアリーは怒って寝室の扉に鍵をかけ立て籠ってしまった。


「メアリー、君がこの本の中から選べって言ったんじゃないか!それに、本当に愛している女性は君一人だけだから!」

「もう、信じられません!今日は別のベッドで寝てくださいませ!」

「メアリー……」


 俺はそれから何度も扉の前に立ってメアリーに許しを請うたが、全く返事を返してくれなかった。

 俺は仕方なく酒をチビチビと飲みながら、徹夜でシクシクと泣きながら過ごすハメになった。

 ああ、愛した妻に誤解されたまま嫌われたくはないと思いながら、必死に妻に対して謝罪と反省の内容の手紙を認めた。

 そして翌朝、妻に手紙を差し出して必死になって土下座した結果、なんとか許してもらえることになった。

 そしてあの本と裸婦画は居間の暖炉で燃やされる事に決定した。

 これでいい、これでいいんだと呟きながら俺は灰になっていく本を見つめていた。俺の隣にいたジョンは大声で笑いながら肩を叩いてきた。


 ……ジョンよ、お前の娘の一言で俺の心は大ダメージを被ったんだぞ!ちょっとくらいは慰めてくれても良いだろう!!

次回はアリアのお姉様であるフリンのお話となります。

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