閑話 1 アリアを授かった日 (メアリー・ニュートン視点)
時系列的には、第零話の決意3でアリアが異界行きの準備をしている頃のお話です。
今日も礼拝所にある精霊像の前に跪き、私は祈りを捧げている。
……精霊様、どうか私に子供を授けてくださいませ。
ジョンと結婚して四年、私達の間には子供が産まれなかった。いや、正確には二年前に妊娠したのだが流産してしまった。私はあの時ほど自分自身を責めた時はなかった。私は本気で自ら命を断とうと考えていたのだが、夫や義兄夫婦達の説得でどうにか自殺を踏みとどまった。今考えてみれば、愚かな事を考えていたと冷静に判断出来るのだが、当時は義父が健在で流産した事を散々詰られた。私自身も平民出身で、しかも孤児だったので貴族になる様な人間では無いと自覚していたが故に余計に思い詰めてしまっていた。そんな私をいつも慰めてくれた夫であるジョンや義兄であるウィリアム様、そして御自身も妊娠していたのにも関わらず私を励まし続けてくださった義姉で私と同じ名前を持つメアリー様には感謝の念しかない。けれど、義姉がお産みになられたアルウィン様を見ていると、どうしても心から祝福が出来ない事が悲しくて仕方がない……。
……精霊様、私に子供を授けてください。そうすれば夫の献身に報いる事が出来たと思う事ができるのです。浅ましい女だと思われるとは思いますでしょうが、どうか願いを聞き届けてくださいませ。
その夜、私は夢を見ました。
私が立っている場所に見覚えがなく、どこかの宮殿の様な建物の中にあるとても豪勢な大広間の中にいて、私の目の前には夫婦と思われる男女のカップルが立っていました。
男性はどことなくですがジャンの顔立ちに似ていて、女性も私と同じ様な目鼻立ちでした。もちろん、私達とは比べ物にならない程の美男美女で似ていると思っただけでも失礼に当たるのではないかと内心ヒヤヒヤしていました。
「ふむ、確かにこの娘は君に似ているな」
「そうでしょう!この方の夫も貴方に似た感じの方ですよ」
どうやらお二人はご自身に似た雰囲気な方をお探しになっていたらしく、私はそのお眼鏡にかなったみたいです。
「この方ならば、心根も穏やかであの子にはピッタリだと思うの」
「……其方がそう言うのであれば、我に依存はない」
男性の方は渋々と言った感じで女性の提案を了承していましたが、一体私に何をさせるおつもりなのでしょうか?
「メアリー・ニュートン、貴方は子供が欲しいとずっとお祈りしていましたね。その願いを聞き届け貴方に子を授けましょう」
「……本当でございましょうか!もしかして、貴方様方は精霊様でいらっしゃるのですか?」
「そうですね、当たらずとも遠からずといったところです。そして貴方に授けるこの子はとても特別な魂を持っています。おそらく、貴方に大変な苦労を背負わせてしまうでしょう。その事を先に謝らせてください」
「……何か良くない事が起こるのでしょうか?」
私がこの子を授かる事でジョンに迷惑がかかるのならばたとえ精霊様のお願いであろうが断らなくてはなりません。私との結婚で苦労をかけてしまった夫にこれ以上のご負担がかかることは私の精神的にも耐えられない事なのです。
「いえ、この子は悪いものではありません。むしろその逆でとても善良な存在です。ですが、強すぎる力はたとえ善良な存在であろうとも、多くの困難を呼び寄せる事になります。貴方には苦労をかけるとは思いますが、私達は貴方にしかこの子を託すしかありません」
「……どうして私なのでしょうか?他にも私よりも良い方がおられると思いますが」
私は確かに貴族の嫁だが、爵位は下級貴族である準男爵だし私自身も平民出身でしかも孤児だ。そんな特別な子供ならば私よりも相応しい女性がいるはずだ。
「貴方が真摯に子供を授かる事を望んでいたからです。人は時として望まぬ子を孕ってしまう時があります。そうなった時、その子供は十分な親の愛情を注いでもらえるのでしょうか。私が子供を託すのであれば、子供を望み愛情を持って育ててくれそうな親に託したいと思うのは同じ親として不思議な事でしょうか?」
「もちろん、其方達だけではなく周囲の人間の人柄なども考慮している。それにこの地は我達に縁があった故、我々の力も通しやすいのだ」
どうやら精霊様達は、世界中の中から私を選ばれたのではなく、オウルニィ周辺から子供を望んでいる夫婦を探していた事が分かった。それであればオウルニィの代官の親族である私達夫婦が選ばれるのにも納得ができた。
「……メアリー・ニュートン、この子は私達にとってかけがえのない宝物です。本来ならこの子を人間にする事はなかったのですが、やむを得ない事情がありこの子を人間にしなければいけなくなりました。どうかこの子を健やかに育ててください。この子が幸せに暮らす事だけが私達の望みなのです」
「其方もそれほど心配しなくとも良い。この子の護衛と生活を支える者も同時に派遣する。それにそちらの世界の精霊にもしっかりとサポートする様に命じておくので安心するがよかろう」
もしかして、この子を授かると護衛役の精霊様が我が家にやってくるのでしょうか?
確かオウルニィの近くにあるキボリウム山脈を守護しているダグザ様とおっしゃる精霊様は大きな鹿の様な姿をしているのではなかったかしら。もしそんな方が我が家にいらしたら大変な騒ぎになってしまうのではないでしょうか。
「大丈夫ですよ、きちんと人の姿で仕える様にしていますので安心してちょうだい。それと精霊達にもそれとなく見守る程度にしておきますから」
私はそのお言葉を聞いて安心いたしました。そして、そこまでやらせておきながら私は精霊様のお願いを断るという選択を持ち合わせてはいません。
「かしこまりました。私ことメアリーは精霊様のお言葉に従い、精霊様のお子様をお預かりいたします」
「ありがとう、メアリー。だけども誤解しないでください。確かに貴方達に託す子は私達にとってかけがえのない子ですが、生まれてくる赤ちゃんは正真正銘貴方達の子供で間違いありませんよ。だから預かるとか、そういった寂しい事を考えなくとも良いのですよ」
私は自然と涙が溢れました。
精霊様が仰った私達の赤ちゃんという言葉にとても安堵したのです。
「メアリー、貴方は目が覚めた時、ここでの出来事の大半はおそらく忘れてしまうでしょう」
「そんな、せっかく精霊様が私のお願いをお聴き下ったのに忘れてしまうのですか……」
「仕方ありません。本来、私達は物質界の事に手出しする事を禁じられているのですが、どうしてもこの子を託す前に貴方と会話がしたかったので、今回の貴方の記憶を消去するという形で私の我儘を叶えていただきました。ですが、あの人には内緒でこの子の名前だけは忘れない様にしておきました」
「お聞かせください、私達と精霊様達の子供の名前を……」
「この子の名はアリアです。アリアはいつか……」
私は精霊様の言葉を最後まで聞く事ができずに目覚めてしまいました。。
そして、完全に目を覚ました時には夢の内容をすっかり忘れていたのです。けれど、アリアという名前だけは忘れる事はなく、心に焼き付いていました。
そしてしばらく経ったある日、私の妊娠が判明したのです。
次回はトゥルー教の教皇のお話になります。




