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じー.えむ.  作者: 水持 剣真
9/12

護 肆 

第七章


「で、相手は誰だったんだ?」

「親父だ、親父」

開口一番に相手を訊くなんてアークらしいな。

生きていればアークや創麗にも紹介したが、その彼は本殿の柱に寄りかかっている。親父を殺したんだな、俺は…………。

暗い表情をしているに違いない。周りから見ればそんな顔をしているだろう。

巫女兎は本殿付近でアスカと会話をしている。俺がアークと会話をしている階段からは遠すぎて、何を話しているのか分からない。

昔ならかなり有名人だった親父は冥界も錬成もトップクラスの魔術師で、二つとも敵なしと謳われるくらい強い人だった。そんな親父が俺の剣で殺せるなんて思ってもいなかった。

「そういえば、お前の親父って錬成と冥界の二重魔術師なんだよな? 名前、何ていうんだよ?」

答えていいのか、これ。教えたら絶対に恨まれるだろうな。愛する人を追いかけて死んだなんてとても言えたもんじゃないし……。それに旧姓で教えるべきか、信条の姓で教えるべきか、というのも悩みどころだ。

俺がどう答えようか悩んでいるところに、

「ウチもそれ気になる~。教えて、教えてっ!」

「アスカ! いつの間に」

巫女兎がアスカの隣であはは~と苦笑い。俺もどうしようかと苦笑い。こいつらがここにいると、親父を火葬する事ができないじゃないか!

逃げ道は無いかと周りを見てみる。あれ、誰かいないぞ?

「アーク、ジースはどうしたんだよ?」

「あいつなら、お前たちが結界から出てきたところで創麗とデートに行った」

「美生ちゃんの強引なアプローチだったけどね」

見事な連係で俺の疑問に答えてくれる。俺と巫女兎じゃ絶対に出来ない。あんな連係プレー。どうしたらあんな連係が組めるようになるんだろう?

よし! 話題がそれた!

この調子で親父から関心がそれればそれで問題ない。

俺は内心そう思うと巫女兎と何事もなかったのように、

「夕ご飯どうするよ、巫女兎?」

「久しぶりにお刺身でも食べる?」

「それいいな。お前たちも家に来るか?」

「行く、行く~! ウチも巫女ちゃんが作ったご飯が食べたい!」

「俺も行くぜ。だけど、話題をそらそうなんてそうはいかねぇ。この疑問はジースと創麗も気になっているんだからな、お前の親父」

チッ!

流石、魔術師といったところか。

俺の親父はそんなに気になる存在か? 二重魔術師なんて、周りに腐るほどいるだろ? こう思っているのは俺だけか?

巫女兎は俺に、

「教えてあげれば、護。別に減るものじゃないでしょ?」

「そうじゃない。絶対に恨まれるだろうな、目の前の人物に」

俺は彼らに絶対に恨んだり、殴りかかったりするなよと前置きしてから、

「俺の親父の名前は信条 士。旧姓、六月一日 士だ」



「はぁぁぁぁぁぁぁああ――――――――――――――――――――」

「嘘でしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉおお!」



何だよ、教えてから驚くまでの間は何なんだよ?

さっき驚くなよって言っておけばよかったな。

俺はアークに胸倉を掴まれ、引き寄せられると、

「何でそんなすごい人がお前の親父なんだよ!?」

「六月一日 士って言ったら魔術師で知らない人はいないくらいの有名人だよね? 巫女兎」

アークは俺を激しく揺すり、アスカはQCDで創麗にメールを送る。こうなるのが分かっていたから教えたくなかったのに……。

親父は昔、周りにバレないようにこっそりと母さんと結婚したらしい。そのときの結婚式は身内だけで行われ、結婚指輪はお互いに付けなかったみたいだ。母さんが指輪をしているところなんて一回も見たことないからな。

二人とも重要な事に気付いたらしい。俺が激しく揺すられているうちに。

「じゃあ、姫様を誘拐したのは……」「巫女ちゃんを誘拐したのって……」

「親父だよ。理由は言えないけどな」

俺は呆れつつ、そっけなく答える。

兎のストラップが特徴的な巫女兎のQCDが着信音を鳴らす。

「もしもし、姫が――」

「ちょっと、どういうこと!? ナイト様のお父さんが六月一日 士って! 結婚していたなんて聞いてないわよっ!」

「落ち着きなさい! 次々に訊いてくるな! あたしと護は言うつもりなんてなかったわよ!」

「るっさい! そんな事どうでもいいわよ! あんたは私の質問に答えてればいいの!」

「なんだって! この早口美生!」

「それ悪口でもなんでもないわよ。バカ兎!」

QCD越しに喧嘩するなよ。

スピーカーモードになっていたらしく巫女兎と創麗の会話がダダ漏れになってしまう。心の中でつっこみを入れるがそんな余裕もない。

なぜなら、俺はアスカとアークの質問に答えるので手一杯なんだから。

「六月一日様はどうなったんだよ?」

様つきで呼ぶかアークのやつ。正直驚きだった。俺の親父ってここまで有名だったんだな。逆に俺の母さんはどこまで有名なのか気になってしまう。

俺の母さんは死ぬ前、武聖四神、東のドラグニスの称号を持っていた人だ。しかも女性で始めての称号取得者だからな。俺よりも有名な人物であるはず。

そう思いながらも彼の質問にどう答えていいのか分からない。俺はどうすればいいのかを暗中模索する。

彼の隣で眼を輝かせ、自分は興味津々であります! と訴えているアスカもどうしたものか……。

巫女兎を頼ろうとしたが今も喧嘩している。まさしく、犬猿の仲だ。他に例えるなら水と油。仕方なく自分のQCDでジースに連絡を取ろうとするが、コールした所でアークに阻止されてしまう。どうやら答えるしかなさそうだ。

「親父は殺したよ、俺の手で。笑って天界に逝きやがった」

「そうか……、残念だ」

分かってくれたか! 我が親友よ! アスカも喧嘩をしていた巫女兎と創麗も静まってしまった。巫女兎は事の詳細が分かっているから余計に哀しいに違いない。母さんを追って死ぬなんてもったいない選択をしたものだ。

しかし俺はそんな親父を尊敬している。だから彼を殺した。それが俺にできる最初で最後の親孝行だったから。

あれ? 同じことを二回言ったような……。ま、いっか!

俺が巫女兎の手を握って夕ご飯の買い物に行こうとしたときに、

「なんてこと言うと思ったか騎士様。六月一日様の弟子を紹介しろ!」

拒否権なさそうだな……。仕方ないか、教えないとここで殺されそうだ。この年で親父の後を追いかけたくないし。

「ここにいる。巫女服を着た親父の弟子が」

「…………え?」

俺は真実をいったからな、修行したければ巫女兎に弟子入りすんだな。

「兎! どういうこと? あんたが六月一日様の弟子だなんて聞いてないわよ!」

「当たり前じゃない! 護しか知らないことなんだから!」

また始まったよ。創麗の隣にいるジースも呆れてるんだろうな、この喧嘩。俺は巫女兎からQCDを取って、通話を終了させる。

そして階段を下りて彼女を連れ出す。

「一日早いけど、誕生日おめでとう! 返り血を浴びてしまったが、これ誕生日プレゼントな」

顔が真っ赤になっているに違いない。今回のプレゼントは、

「アリガト、護。開けて見ていい?」

「もちろんだ」

俺が護衛の仕事で貯めた金で買った、

「ネックレスじゃない。あれ、二つあるけど……。あ、そっか! はい、護。後ろ向いて? あたしが付けてあげるわ」

ペアルックのネックレスだからな。




二日連続でデートになるとは思わなかったな。

アークとアスカを姫神神社に置いていき、巫女兎の首には俺が買って、俺がつけたネックレスがある。もちろん、俺の首にも彼女と同じネックレスがある。

「それにしても、このネックレス可愛いね。いくらしたの?」

「十万」

ネックレスは銀で作られたもので、ハートマークの飾りがある。これを買ったとき店員さんは「イニシャル入れますか?」と丁寧に聞いてくれた。

俺は即座に返事をし、入れてもらった。着けてもらった後すぐ、ネックレスに彫られてあるイニシャルが「M.H.」になっていることを確認し安心した。

だから彼女が着けているネックレスには「M.S.」と彫られているはず。

二つセットでイニシャルまで彫ってくれて十万は破格の値段だ。閉店セールで五十から九十パーセントオフになっていたけど。

「護は怖くなかったの?」

「怖かった。だけど俺はお前を助けたかった。だから、恐怖はあまり感じなかった」

デートの話題はさっきのことが中心で、お互いに親父のことには触れないようにしている。俺にとっても彼女にとっても尊敬する人物だったから、失ったときの心の穴が大きすぎた。だから話そうとしない。

昨日のデートと違って、アークたちが神社を離れたら戻らないといけない。親父の死体を火葬しないといけないから。

「どこで龍爪牙の抜き方を教わったの?」

「ある人物が教えてくれたんだ。それと、巫女兎が持っている力のことも」

オーディン様のことは伏せといたほうがいいだろう。これを話すということは『信条』家のことも話さないといけなくなりそうだからな。

二人でゆっくり手を繋ぎながら歩いている。俺はこんなのどかな幸せを噛み締めながら、空の変わりようを楽しむ。

そろそろかな? と思いQCDでアークにメールを入れる。

《今どこにいるんだ?》

返信が来るまでに俺たちは姫神神社を目指し歩く。

俺は彼女との繋がりが切れないように努力しなければならない。だって、神様の前で誓ったのだから、今手を繋いでいる人物を一生護るって。

巫女兎の守護者になるということを。

そんな事を胸に秘めているとは知らずにQCDが鳴り始める。

《お前の家に向かってるよ。早く夕飯の材料でも買ってきて、俺たちにもてなしてくれよ。姫様に料理楽しみにしてるって伝えてくれ》

《分かった。俺たちは用事があって遅くなるから。二人でデートでもしといてくれよ。後もしよかったらジースと創麗でも呼んどいてくれ、明日は巫女兎の誕生日だからさ、皆で祝いたいんだ》

自分で呼んでも良いんだけど、これから二人だけの葬式が始まるから呼ぶ気にはなれない。

俺たちは途中でスーパーに寄って、お酒と今夜の料理で使う材料を買うと、黙って目的地に向かう。

この間だけは、何も言わなくても繋がっているこの手の温もりで、お互いの気持ちが伝わる気がしたんだ。




姫神神社――そこは俺と巫女兎が生まれた場所でもあり、巫女兎の母親、父親、俺の母さんの葬式が行われた場所でもある。

ここには俺のつらい想い出も楽しい想い出もたくさん詰まった場所。言うなればタイムカプセルだ。

巫女兎が神社を修復している間、俺は親父に酒をかけてあげる。

「美味いか親父。三時間ぐらい放って置いてしまってすまないな」

「…………」

返事がないただの屍のようだ――なんていう冗談を言う気にはなれない。ついさっきまで、大事な人を賭けて戦っていたという現実が嘘みたいだ。

親父は失ってしまった大事な人を巫女兎の力で生き返らせようと。

俺は今、生きている大事な人を取り返そうと。

大事なものを護るためならいくらでも人は強くなれる。それは神だって同じ。オーディン様は戦争中に逢い、一目惚れした『華』さんのために絶対神ゼウスと戦い勝利した。

俺はそんな彼のようになれるのだろうか?

「護、修復終わったよ。最期の別れは済んだ?」

「ああ。始めよう」

その一言が合図となり、彼女は錬成魔法で簡易的な葬式会場を創る。俺の親父は二人きりで母さんと一緒に笑いながら写っている遺影がとても印象的だ。

「士さん、あたしに魔法を教えてくれてありがとうございます。あなたには伝える事なんて、絶対にできないくらいの感謝の気持ちでいっぱいです。今のあたしがあるのも、あなたのおかげです。だから……絶対に……天界で……未来さんと……幸せに……過ごして……ほしいです。」

彼女は途中まで一生懸命に涙をこらえていたが、耐えられなくなってしまったのか、最後の方は涙を流しながら言っている。俺はそんな彼女を慰める事なんて出来ない。それは俺にとっての優しさじゃないからだ。

「あたしは……さよならなんて……絶対に言いません! また……どこかで……会える事を……信じています。今まで……本当に……ありがとうございました!」

次は俺の番だけど、何にもいえない。

頭に浮かばかなかったのではなく、言いたい事がありすぎて、どこから話せばいいのか分からないから何もいえない。

それでいいのかもしれない。今俺が親父に対して言いたい事は、

「今までありがとう、親父。どうか達者で」

しばらく、二人で黙祷を奉げ親父の冥福を祈る。

会場を出て、彼女は「フレイア」を唱える。俺たちを護るための「スクエア」も忘れない。彼女は唱えた「フレイア」を会場にぶつける。轟音と共に燃えるそれは、今この場にふさわしくないくらいの赤色に燃えている。

一時間位して会場全てが燃え散ると、親父の骨格が現れる。それ以外は全て白い灰になってしまった。

魔法で骨を入れるための桐壺を造ると彼女は一つずつそれに骨を容れていく。俺もそれに習って骨を容れる。

「巫女兎」

「なに、護?」

「人はどうして弱いんだろうな?」

「知らないわよ、そんな事。でも、一つだけはっきりしている事があるわ」

親父の骨を容れながら、彼女は俺の方を向いてにっこりと笑って、

「繋がりがないと生きていけないからよ。あたしだって、護という繋がりが、レイン君という繋がりも、アスカっていう繋がりも大事なものだよ。だけどね、その中でもあたしは護との繋がりが一番大事なの。あたしのたくさんある繋がりの中で一番」

「ありがとう、巫女兎」

親父がどうして母さんを求めたのかが今やっと分かった気がする。

彼は母さんとの繋がりを消したくなかった。だから非人道的なやり方をしてでも、それを求めたんだ。俺が巫女兎との繋がりを失いたくないのと結局は同じだったんだ。

骨を容れ終わると俺たちは食材と一緒に墓地へ行く。




歩く事、約三十分。

俺は自分の家の墓の前で親父の遺骨を収めようとしている。

「ほら、護。笑って送りましょ? その方が士さんも幸せだからね」

遺骨を巫女兎に預け、収められている場所のふた(?)を開ける。お爺ちゃんやお婆ちゃんなどの遺骨があるのに少しだけ驚いてしまう。

あの中に信条家の始まりである『華』さんの骨はあるのだろうか?

「はい、これ」

遺骨を受け取り墓に収めた後ふたを元の場所に戻す。墓石に水をかけ、線香をお供えし、お酒もお供えする。

その後に二人で合掌する。俺は親父と母さんに久しぶりに飲む酒を楽しんでほしいと、告げてからこの場を後にしようとするが、巫女兎に伝えていない事を思い出す。

「巫女兎」

「なに、護」

切り出し方がさっきと同じだ。違うのは場所だけ。

すごく言い出したくなかったが、言わなければ誓いを護ることができない気がしたから、なけなしの勇気を振り絞って、



「好きだぜ、愛してる」



たった一言、これを言うためだけにものすごく緊張するとは思わなかった。だけど、今伝えないといけなかった。その理由は、

「俺は世界が敵に回っても、俺の信じた道を進み大事な女性――姫神 巫女兎を一生護る事を『信条』という姓と『護』という名前に!」

一つはオーディン様の前で誓った俺の信条を通すため。

「巫女兎ちゃんと仲良く暮らせよ、護」

それに親父が残した短い言葉を実践するため。

この二つが俺の背中を後押ししてくれた。だから踏み切れたんだ、告白という行為に。

巫女兎はキョトンとしてから、周りを見ている。時間的にもう遅く、ここにいるのは彼女と俺だけだ。だから、

「そんなにあたふたするなよ。お前以外誰もいねぇよ」

「返事! あとでもいい?」

「もちろん」

俺は彼女の手を握って家に帰る事にした。アークたちが待ちわびているからな、巫女兎が作る夕ご飯を。




家に帰ったことをアークにメールで知らせる事十分後。俺の家には、

「兎が誕生日だから仕方なく来てやったわよ」

「巫女様が作るご飯が食べたかったので、来てしまいました」

特別ゲストが四人いる。巫女兎はアスカとキッチンで仲良く調理している。俺はその間に返り血を浴びてしまった服を洗濯機に入れ、風呂を洗う。

洗濯機のボタンを押そうとした所で巫女兎が気付いたのか、俺のシャツを洗濯機から取り出し、叱られる。

なんて理不尽なと思ってしまったが、

「この血は士さんが唯一遺してくれたものだからダメに決まってるじゃない!」

この一言で全てを理解する。確かに親父はこのシャツに付着した血以外のものを遺してはいない。親父はものを遺す事を極端に嫌っていたから。

叱った後巫女兎はキッチンに戻り、スーパーで買った、鮪、鮭、鯛、鰤を包丁で薄く切っている。俺は風呂を洗い終わったから沸かし始める。お客様に汗を流してもらおうかな。

彼女の様子を見たあと、自分の部屋で抜けるようになった龍爪牙を改めてじっくり見る。刀身は薄い青に輝き、鞘も青く、龍が描かれている。これが信条家に代々伝わる刀の全貌。

俺はこれを使ってこれからも巫女兎を守り抜くんだな。

そう思って自分の部屋を出た。




「夕食ができたさ~~~~」

その掛け声一つで俺たち男組は食器を並べ始める。この家は今二人しか住んでいない関係で、どうしても巫女兎の手伝いをしなければならない。普通の一軒家なら何とかなるのかもしれないが、この家はとても広い。だから、巫女兎一人に家事を全て押し付けてしまうのだけは、止めている。それでも彼女は一人でやるといってなかなか取り繕ってくれないが。

ジースが皿をテーブルに並べ、俺が全員分の箸を出す。その間アークはなにもしない。少しくらい手伝ってくれてもいいじゃないか!

「俺はお客として来てるんだ。お前の家のルールに縛られる必要なんてどこにもない」

「っ!」

痛いとこを突かれた。

確かにお客としてきている四人は何もしないでいいのかもしれないが、それでも手伝ってくれているジースやアスカを見習ってほしい。

周りを見てみるとアーク以外にも手伝っていない人が一人。自分の彼氏が協力しているのだから彼女として、行動を起こすべきだろ。

「テレビを見てないで少しは手伝え! 彼氏に協力するのも彼女としての役割じゃないのか?」

「その通りなのは分かってはいるのよ。だけどね、ナイト様。私は今悩んでいるの、兎の弟子になるか、ならないかを」

だったらテレビを見るなよ!

嫌いなやつの弟子になりたくない気持ちは分かるけど……。それを今考えるべきじゃない。お客としてここにいるからには、もうちょっと堂々としてほしいものがある。

俺は半ば彼女に呆れつつも巫女兎を手伝う。彼女がさばいてくれた魚は美味しそうだ。汁物のお吸い物はアスカが作ったのか?

「並べ終わりましたから、いただきましょうか?」

「そうだな、ジース。早く食べるか!」

全員で口をそろえ、

『いただきます』

楽しい夕食の時間が始まる。

のはいいのだが、言った瞬間にアークが刺身をご飯の上に乗せ、醤油をかけて食べている。それじゃあ、刺身じゃなくて海鮮丼だろうが!

「美味いな、姫様が作った料理は。どの魚も新鮮だ」

「てめぇ! 巫女兎が作った料理に何しやがる!」

俺だけが怒っているので、少し変な気分になる。巫女兎に関しては苦笑いだし……。でも、自分が作った料理を美味しいと言われるのは嬉しいみたいだ。顔の筋肉が所々緩んでいる。

「ウチが作ったお吸い物はどうなの? アーク」

やっぱりお前が作ったのか。巫女兎が作ったものにしてはおかずがやけに少ないと思ってたからな。

「もう少し、塩があってもいいんじゃないのか、これ? でも、美味いから許す」

ガッツポーズをしてから、巫女兎とハイタッチをする彼女。その顔はどこか嬉しそうで、幸せそうだ。

そんな彼女の表情が笑顔から何か改まったものになり、

「巫女兎師匠! どうか、この惨めなウチに料理を教えてください!」

全力で土下座している。彼女らしいと言えばそうなのだけど、何もそこまでしなくてもいいような気が……。

師匠といえば、創麗のほうは結論がついたのだろうか?

「なぁ、結局お前はどうするんだよ?」

「今も悩んでいるわ。でも、長く悩むつもりはないから、明日か明後日くらいに決着をつける。私がここに来たときは兎の弟子になるっていう方向でよろしく」

「そうかい。なら、そん時はよろしくな」

「言っとくの忘れてたけど、兎の部屋の壊れた窓、修復しておいたわ」

「あんたにお礼を言うのは嫌だけど、一応ありがとう」

前の一言は心に封じ込めておくものだろ。

俺は彼女のその一言が「一応」ではないことを知っている。彼女の「一応」はただの照れ隠しだからな。伊達に十二年間一緒に過ごしてきたわけじゃない。

八年間二人きりの食事だったから、ちょっとだけ寂しく感じてた。しかし、ここにいる全員が俺の仲間だ。だから食事に誘えば来てくれるし、俺が助けを求めたときには手を伸ばしてくれる。

そういう風に感じているのは俺だけかもしれないが、それでもいい気がしたんだ。目の前にいる俺の女神が笑ってくれれば。


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