表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
じー.えむ.  作者: 水持 剣真
7/12

護 参

第五章


「もしもし、アスカか?」

「どうしたのさっ? いつもより少し荒いよ」

「巫女兎が誘拐された。だから、協力してほしい」

「それは緊急事態だね。分かった、協力するよ。ウチの幻獣の中でも取って置きのやつを使ってあげる」

「ありがとう! 今度お礼はたっぷりさせてもらう」

俺は電話を切るとすぐに他のメンバーにメールを打つ。

《巫女兎が誘拐された。犯人は分からない。協力してほしいから俺の家に来てくれないか?》

メールを打ってすぐに、

ピンポーン。

アスカが来た。

「ナイト君、聞こえる? 今から、捜索を開始するよ?」

「分かった」

「質問を一つ。ここで召喚しても大丈夫?」

「大丈夫だ。何なら、派手にやってもいいんだぜ?」

「それは遠慮しておくよ」

彼女は俺の家の庭で呪文を唱え始める。

「『我、この世と幻界を繋ぐもの。今ここに《幻界門》を開き汝を呼び出す。契約の元、我が命ずる。ガルーダ!』」

彼女の目の前で閃光が起きたかと思うと、そこには鳥人が彼女に跪いている。当然、何が起きたのか俺にはわからない。

彼女は呼び出した幻獣――ガルーダ――に一言命令するとすぐに俺のところに来る。

「あれはどんなやつなんだよ?」

「幻獣だって生きてるんだから『あれ』呼ばわりはだめだよ、ナイト君」

注意をして俺が謝ってから、

「ガルーダは鳥人っていう種類の幻獣の中で一番の実力者なんだよ。彼はこの世界の鳥達を使役しているって言われていて、その鳥達に命令する事ができる唯一の存在。だから、人探しのときは一番役に立つのさっ!」

俺は相槌を打ちながら聞き、他のメンバーが来るのを待つ。

正直言えば待っていないで犯人を捜しに飛び出したいけど、手がかりも何も無い状態でそれをするのは、あまりにも愚か過ぎる気がしたからひたすら我慢する。

「…………」

「…………」

その間、彼女は俺に話しかけないでいてくれた。多分、俺の気持ちが痛いほど分かっているのだろう。

彼女は被害者の親友なのだから、今探しにいけないことが悔しいはず……。

お互いに黙ったまま待っている事十分くらい。

「走っていくなよ。荷物を持って行動している立場になってみるか? アスカ」

「巫女様が誘拐されたのは本当ですか? 武聖四神様」

「兎がいなくて清々しないの? ナイト様」

各々勝手なセリフを言いながら俺の家に上がっていく三人。

正直、創麗のセリフにはムカッときたけど、できるだけ平静を装って、巫女兎の部屋に案内する。今は苛つく事より、自分にできることを精一杯真剣に取り組むことのほうが大事だ。

「悪いな。この部屋で使われた魔法の種類が分からなかったから、お前たちを呼んだ。どうか、無力な俺に力を貸してほしい」

武聖四神、西のオーディンとしてのプライドや誇りなんて今は関係ない。どんなにかっこ悪くたって協力してもらう事のほうが大事だと判断したからこそ、必死に頭を下げる。

彼女――姫神 巫女兎は俺にとって大事な人で、傍にいてほしい人で、何より俺が命をかけてでも護り通したいくらいに惚れてしまった唯一の人。

ここで、彼女を失ってしまったら俺は自殺するに違いない。

だから、全てを捨ててでも、俺は――。

「顔を上げろ。騎士様。オレたちは協力しないなんていっていない。むしろ逆だ。彼女がいないと俺たちも寂しいからな」

「そうですよ。顔を上げてください」

「ナイト様のその態度が私達を動かしたという事実を忘れちゃったら許さないから」

「ありがとう。本当にありがとう!」

俺は感謝しきれないくらい彼らに感謝した。

ペコペコ頭を下げている途中で、

「そうだ、騎士様。今気付いたんだが、この部屋『スリープ』を使った後みたいだぜ」

「そういえば、明らかに錬成魔法で創った感じの人形兵があったわ」

おい……嘘だろ?

「スリープ」――冥界魔法と「人形兵」――錬成魔法だと?

じゃあ、まさかこれは蒸発したはずの親父の仕業だとでも言うのか?

俺は抜けない龍爪牙の柄を握りながら、震えていた。



ガルーダが帰ってこない限り巫女兎の居場所が分からない俺たちは、家でこれから起こるであろう戦闘と犯人について話していた。

「犯人は多分……俺の親父だ」

「どうしてそう思うんですか?」

まだ、親父だと決まったわけではない。しかし明らかに親父がやったと思わせる魔法の後が多すぎる。だから十中八九親父だろう。

「冥界と錬成を二つ同時に使える魔術師は親父以外知らないというのが一つ。明らかに巫女兎の部屋の窓だけが割られているというのが一つ。最後にこの家の土地勘があるということの計三つから、俺は親父がやったと考える」

「でも、兎の自作自演っていうことも考えられるわ」

「もし、そうなら姫様は『ライトニング』を使わないと思うぜ。あの魔法はかなりの攻撃力を誇る魔法だからな。自作自演なら『ブリザード』を使ったほうが安全だ」

最初は俺も彼女の自作自演という可能性を考えた。

だけど、それが本当なら人形兵を使う必要もないし「ライトニング」や「スリープ」などといった冥界魔法は使わないはずだ。

だって、彼女はこの家で一生を過ごしたいと言っていたのだから。

一生過ごしたい家なのに無意味に壊す必要はどこにも感じられない。むしろ逆だ。何か大変なことが起きたから、やむなく「ライトニング」を使ったとしか考えられない。その強さだって、この家を壊さないギリギリの威力だったに違いない。途中、錬成魔法で創ったと思われる壁が破壊された後もあったからな。

「主。件の娘の居場所が分かりました」

「本当に! 場所はどこなの」

ガルーダが帰ってきた。

だけど歯切れが悪いな。どうしたのだろう?

「しかしその場所には特別な結界が張られていまして……」

特別な結界。

その言葉だけで巫女兎の居場所がどこなのか特定できる。そんな場所はこの世界がいくら広くてもたった一箇所しか存在しない。

「頼むっ! 俺をそこに連れてってくれ!」

「それはできません。私が勝手に連れて行ってしまっては、貴方のご先祖に顔が立ちません。どうかお許しください」

「それがウチの頼みであってもだめなの?」

「はい。『幻界四家』と呼ばれる家の主なので」

俺はダッシュで巫女兎がいる場所――姫神神社に向かう。

お願いだから生きていてくれよ! 巫女兎!




ウチ――アスカ・I・ウィンディーはガルーダにお礼を言った後、彼を幻界に帰すためにナイト君の家の庭で呪文を紡いでいる。

「『我、この世と幻界を繋ぐもの。今ここに《幻界門》を開き汝を返さん。契約の元、我が命ずる、ガルーダ』」

言い終わった瞬間、彼の周りが光り輝く。

「しかし、どうしてあいつは走り出したんだろうな?」

そんなものは決まっている。巫女兎を助け出すためだ。ウチだってできることなら今すぐに彼女を助けに行きたい。

だけど、それはきっとウチではなくナイト君の役目。

ウチが行ったところで何もできないに決まっている。だって、ヒーローじゃないもの。

「今すぐにでも助けに行きたかったんじゃないの、兎を。私がさらわれたらジースだって駆けつけてくれるでしょ?」

「何、当たり前のことを言っているんだ? 僕は君が誘拐されたら例え何もできなくても助けに行くよ。それが惚れた弱みだからね」

「それと同じことよ。分かった、レイン?」

「ふ~ん、そういうものなのか?」

ウチは彼に呆れる。

まったく……どうしてあたしが君の事を好きだと言う事を分かってくれないのかしら?

早く察してほしいけど、それは今の状況で望むのは間違いなく不謹慎だと思う。付き合ってもいない幼馴染のために命を張る彼に対して失礼だと思うから。

それこそ、彼が彼女に惚れたからこそ得た弱みなのかもしれない。

そう思っていると急に、さっきまでガルーダがいた場所が光りだす。

「どうしてまたここが光りだすんだよ、アスカ!?」

「ウチだって分からないわよ! 勝手に《幻界門(ゲート)》が開くなんて聞いたことも見たこともないんだからっ!」

さっき、ガルーダが言っていた『幻界四家』と言うのがものすごく気になった。

そして、嫌な予感がした。

もしかしたら、幻獣がここに呼ばれて召喚されるのではなく、ウチの知っている人が幻界に召喚されるかもしれないという予感が……。

どうか、無事でいてほしい。

二人ともあたしの大事な友人で仲間だから。




「目覚めよ、我が子孫よ」

「…………」

俺はさっきまで姫神神社に向かって走っていたはず。

何が起きたのか分からなかった。旧に俺の周りが光だし、気がついたらここにいた。

だから、起きても黙る事しかできなかった。

「我が名はオーディン。西の守護者にして、戦神。そして、お主の先祖とでも言えばよいのかな? 我が子孫よ」

驚愕のあまり声が出なかった。一日に何回驚けば気が済むのだろう。

そう名乗った神様の格好は黒い甲冑に身を包んでいて、顔が見えない。腰には、柄も鞘も黒い刀(多分これが黒刃丸だな)が、背中にはかなり大きいこれがグングニルある。身を守る道具が一切無い。

俺はここにいる神(名ばかりだと思っていたぜ)に訊きたいことが山ほどある。

「どうして、俺が貴方様の子孫なんだ?」

「その疑問に答えるためには、歴史を遡らなければならない。あれは今から一千年も前の事だ」

そこまで遡る理由が分からなかった。だけど、聞かないといけない気がした。

もしかしたら、それは俺と巫女兎に関係があることかもしれなかったから。

「昔、お主が住んでいる世界は我ら神と人間が共存していた。だがあるとき、我が主が人間の子供を殺したという言い掛かりをつけられたことがあった。もちろん、我が主はそんな事をしない。なぜなら、我が主は一番平和を愛しているし、争いが嫌いだからだ」

「…………」

嘘だろ……。

なんで、貴方様の主と巫女兎の性格が一致しているんだよ……。

じゃあ、彼女が四つ全て使える理由もここにあるのか?

「いくら神だからといって憤怒という感情が無いわけではない。言い掛かりをつけられた我が主は当然怒り、その子供を殺した犯人を捜すために、怒りに我を忘れ人間を虐殺し始めた。人はそれに抵抗し、我が主を攻撃する。これが、戦争の始まりだ。我もその犯人を捜すために主に協力した」

始まりだけで、眠くなりそうだな……。

しかし、これだけで音をあげたら、最初の質問の答えにたどり着かない気がしたから、仕方なく我慢。

「その戦争の途中、我はある一人の女性に出逢った。その人の名前は『華』と言った。本当なら殺さなければならなかったが、我はそれも忘れてしまうほど彼女に惚れた。いわゆる一目惚れというやつだ。しかし、彼女には姓が無かった。姓がないということは人以下という意味を示している。だから我はこの戦争中だけでも、彼女を護ってやろうと心に誓った」

根っこのところは変らないんだな。神も人も。

俺だって命を掛けて護りたい女性がいる。その人のためなら俺はどんな危険が襲っても、立ち向かうし足掻くつもりだ。

それが惚れてしまったからこそ生まれる弱さだから……。

「『華』は我が怪我をすれば手当てしてくれたし、我と話してくれた。それが嬉しくてたまらなかった。だから、我は彼女に訊いた。もし、汝が世界の敵になってしまったとしても、曲げることのできない誓いはあるか、と。そしたらなんて答えたと思う?」

「俺は『華』さんじゃないから分からない」

「彼女は『もし、あたしの敵が世界でもあたしは自分が信じた道を行きます。だって、それしかできませんから』と答え、その後に『それがあたしの信条ですから!』と微笑んで見せた。我も訊かれてしまったよ、我の信条を」

ものすごく気になった。ここにいる神様の信条が。

さっき、ガルーダが言っていた『幻界四家』の事が分かるかもしれないと思ったからだ。

「我の信条は『華』と同じだ。だから我は主に対抗した。一ヶ月くらい寝ずに戦った。今考えると、どうしてそんな無謀な事をしたのだろうな。まぁ、歴史上は冥界禁呪で殺された事になっているが、正確には我が殺した。しかし、主もバカではない。主は自分の力を転々とさせる魔法を死ぬ前に使用した。おっとこれは関係ない話だった。どうして、お主が我が子孫なのかという質問だったな。それはお主がこの戦争が終わった後で我と『華』の間に生まれた子供から続いている血筋だからだ」

千年も続いている血筋――それが『信条』家だというのか?

そんなに長く続いた家は存在してないはずだけど……。

「我がお主をここに呼んだ理由はお主が持っている『龍爪牙』のことがあるからだ」

「『龍爪牙』……」

俺の母親が残した刀。

これを抜くためだけに費やした時間は今までの俺の人生と同じくらいだ。今までどうして抜けないのかとずっと疑問に思ってきた。

ここに答えがあるのか?

「この刀は我が『華』にあげたものだ。『信条』という姓と共に。彼女は律儀だ。この刀を自分の子供に託すということを伝統にしてくれた。本当に感謝している。その刀には我の魔法がかけてある。それを抜きたいか、我が子孫よ?」

「当たり前だ! 俺はそれを大切な人を護る為に抜きたいっ!」

「なら、答えよ。神の力を持つ少女と住んでいる我が子孫よ。お主の『信条』を」

それと『龍爪牙』に何の関係があるのか分からない。

だけど、俺は巫女兎を助けるために、彼女を護る為に、彼女と暮らすために、俺は誓う。

「なら、俺は今ここで! 二本の刀と! 貴方様に! 誓う!」

言ってやるんだ!

俺の先祖が『もし、世界が敵に回っても自分の信じた道を進む』ということを誓ったし、前当主の母親も誓ったはずだ。何を誓ったのかは知らないけど、自分の『信条』をこの神様の前で。だから、俺も

「俺は世界が敵に回っても、俺の信じた道を進み大事な女性――姫神 巫女兎を一生護る事を『信条』という姓と『護』という名前に! たとえ『龍爪牙』が抜けなくても、白銀翼が折れても護ってみせる! それが俺の誓い! そして惚れたからこそ生まれた弱さだからだ!」

「それでは、今から『龍爪牙』を抜くためにかけた魔法を一時的に解除する」

どうして、一時的なんだ?

そういえば、俺の母親はこの刀を抜く事が出来た。しかし俺がこの刀を受け継いだときには、抜けなくなっていた。当時の俺は(ついさっきまで)かなり疑問に思っていた。この刀が抜けないことに。

「この『龍爪牙』は当主が次期当主に受け継いだときは抜けないようになっている。本来なら信条家の庭にある小さい社の前で誓いの議をするのだが、当主がいないから仕方なく我がやる事になったしまった。だが、会えてよかった。お主は強いな」

「…………」

強くなんか無い。

俺は強いんじゃなくて、弱いんだ。

人として、当主としてまだまだなんだ。

「そういえば『幻界四家』と『主の力』って何ですか?」

「慌てるな。お主の質問に一つ一つ答えてやろう。まず、一時的に解除する理由についてだ。この刀は魔法を斬ることができる。だから、悪用されないように封印する必要がある。さらに、誓い以外では抜けないようにしている。悪用されたらたまったものではないからな。我の名に傷がつく。

 二つ目の質問――『幻界四家』について。簡単に言えば、北のセラフィス、東のドラグニス、南のメフィスト、そして我――西のオーディンの血筋がある家のことだ。その内の一つが『信条家』で我の許可なしに信条家の人間をどこかに連れて行くことができない。当主が幻界魔術師なら話は別だが。

最後に『主の力』というのは、四つ全ての魔法がつかえるだけの知恵、時間を止めたり、死者を生き返らせることができる呪文、世界を滅ぼせるだけの圧倒的な魔力の三つだ。だが、まだ覚醒はしていないみたいだな」

「覚醒?」

「そうだ。『主の力』を覚醒させるためには、『主の力』を持つ者の前でその者の好きな人を殺す事」

「…………」

それが本当なら俺は死ぬ事が出来ない。いや、死ねない。

俺は誓ったから。彼女と一生を過ごす事を。

「そろそろ帰るが良い、我が子孫よ。お主を待っている人がいるのだろう。そして、お主の助けを待っている人――『主の力』を持つ少女。すなわち、姫神 巫女兎という少女が。我はお主に出会えてよかった。また遭える事を我が主に祈ろう」

そういった瞬間、俺は真っ白い光に包まれた。

俺は表情が見えない彼の顔が寂しそうに見えたのは気のせいだったのだろうか。




俺が帰ってきた場所は見慣れたところで、俺の庭の小さな社の前だった。ここが『龍爪牙』を抜くために誓いを立てる場所。

「ナイト君! 大丈夫だった? とても、心配したんだから!」

「大丈夫だ。それより、巫女兎を助けに行こう!」

「場所分かるのかよ? ガルーダは帰っているし」

「武聖四神様が真っ先に走っていたのだから知っていると思うよ。アーク君」

「早く行きましょ? 私、早くジースとデートしに行きたいんだからっ!」

俺はオーディン様が言っていた真実を自分の胸の中だけにしまって、俺の助けを待っているであろう神様の下へと向かう。

十二年前から変らない特殊な結界が張られてある場所――姫神神社へ。

絶対に俺は死なないから、待ってろよ!

巫女兎! 親父!




「久しぶりだな、親父」

「久しぶり、護」

姫神神社で待っていたのは俺の親父――旧姓、六月(うり)一日(はり) 士。冥界と錬成の有名な二重魔術師にして、前当主――信条 未来の婿養子だ。

彼の後ろには気絶させられているに違いない俺の大事な女性――姫神 巫女兎の姿がある。

オーディン様がいっていたことは本当かどうかを確かめるために俺は、

「……一千年前」

ぼそっと呟く。

「!」

魔術師と呼ばれる人達は基本耳がいい。

なぜなら相手の呪文を聞き取り、そこからいったいどんな魔法が来るのかを予測し、それに対抗するために呪文を唱える必要があるからだ。

呪文は一文字も間違えてはならないし、途中で止める事もできない。だからこそ、相手の行動を読む必要がある。

彼は俺の言った言葉の意味が分かったようだ。結界に入れないアーク・ジース・アスカ・創麗の四人は絶対に知らない言葉だからな。後ろを振り返れば首をかしげているに違いない。

「どうして、それを知っているんだ?」

「ある親切な神様が教えてくれてね。親父の目的も大体予測がついているんだぜ。じゃあ逆に問うがどうして親父がそんなことを知っているんだ?」

「八年前、未来が死んだ日に信条家の書斎にこれについて書かれている書物を発見し、読んだ。これに興味を持った俺は八年間、これについて研究したからだ」

なぁ、親父。死んだ人間を求めるのは終わりにしないか? あんたは子供じゃないんだ。前を向いて生きろよ。

などというギザなセリフを俺には言う資格がない。

母さんが死んだ原因は俺にあるからだ。

それは今から八年前の巫女兎の誕生日前日。




彼女の父親が死んでから四年がたち、彼女も信条家の生活に慣れてきた頃。

母さんも親父も巫女兎を自分の娘であるかのように接している。その何気ない光景を見ることが、俺のささやかな幸せだった。

三ヶ月前――俺の誕生日プレゼントとして貰った、鍛錬用の木刀は今でも大事にしている。俺ははにかみながら笑う彼女の笑顔を見ることも幸せだと感じる。

明日はそんな彼女の誕生日だから俺は、

「なぁ、巫女兎。誕生日何がほしい?」

「あたし? あたしは護がいれば何にもいらない」

そのセリフは俺に対する告白と受け取っていいのだろうか? と疑問に思ったけど、スルーする。

母さんは朝ご飯を作っている。あの会話の後、巫女兎は庭で親父に魔法を教えてもらっている。「スクエア」を張っているということは今日の魔法は危険なものなのだろう。

俺はその外で母さんに教えてもらった剣の鍛練プログラムを実践している。その途中で朝ご飯が出来たのか、俺たちを呼びに来た母さんは、

「ちゃんとやってる?」

「当たり前だろ。この奥義はどうやるのか教えてくれよ?」

信条家に伝わる奥義が三つある。

一つ目は今俺が必死に覚えようとしている「剣舞龍焔」

この奥義は相手に近づき縦、横、その後は左斜め下から右斜め上、右斜め下から左斜め上という斬撃を繰り返すというもの。ちなみに相手が死ぬまで斬り続けるから体力が持つかどうか分からない。

二つ目は「総破龍刃」

読んで字の如く、総てを破壊する龍の刃のような攻撃力を誇る奥義。居合い抜きの要領で刀を抜き、相手を横に斬ってから身体を回転させ縦に斬撃を加える。この時、上半身のありとあらゆる関節を回転させる事で、ただの斬撃よりもはるかに攻撃力を上げることが可能になる。その一撃は肉を断ち、骨を斬る。

三つ目は「龍牙独爪」

刀の名前でもある「龍爪牙」という名前をもじった奥義でもある。一つ目が速さ、二つ目が破壊力なら三つ目は技だ。この奥義の特徴は相手の攻撃を受け流しながら近づいて、縦一文字に斬撃を与えること。今ここで「龍爪牙」の秘密を知ったから言えることだが、この奥義は強力すぎる。

話を奥義から戻すけど、俺の「剣舞龍焔」を見た母さんから、

「自分のリズムを刻む事ができないから上手くいかないのよ」

とアドバイスをもらったがいまいちピンと来ない。諦めて朝ご飯を食べるために鍛練を終えることにする。普通の日常だったんだ。あの事故が起こるまでは……。




俺は巫女兎が作ってくれたという特別製のご飯を食べながら、彼女の誕生日プレゼントをどうするか思案する。この後は出かけると母さんには言ってある。巫女兎もついて行くといっていたけど、正直ついてきてほしくはない。親父は何か調べ物があるらしいから書斎にいるといって留守番をしている。

これがデパートに着く一時間くらい前のこと。

母さんは、彼女に

「巫女兎ちゃんはどんなのがいいの?」

「あたしですか? あたしは護があたしの隣にいてくれれば何も望みません」

親にまで言うのかよっ!

誰もいない二人きりの状況でそれを言ってくれるなら嬉しい。しかし人が大勢集まる所でそれを言われてしまうと嬉しさよりも恥ずかしさが勝る。実際お客さんが「護って誰かしら?」「あの子じゃない」「なかなかかっこいいわね」「娘のお婿さんにほしいわ」など会話しながら俺を見ているじゃないか! 肝心の彼女は気にならない様子で無視している。

母さんは彼女に「巫女兎ちゃんの誕生日プレゼントを選ぶね」と告げてから、別行動をとることに。もちろん俺は母さんについていく。そうしないとプレゼントが買えないからな。

俺はそこからさらに母さんと分かれ、彼女のプレゼントを選び始める。

最近思うのは、あの長い髪は料理を作るときはものすごい邪魔になるということ。だから今回のプレゼントはヘアゴムにしよう!

思い立ったら即行動の俺はそのヘアゴムが目立たない色を選択。彼女の髪は黒だから、赤や黄色だとものすごく目立ってしまう。よって選択した色は黒だ。

三個セットのやつを手に取ると母さんと待ち合わせの場所に向かう。母さんはすでに選び終わっていたみたい。

「ヘアゴム……ね。まぁまぁの選択なんじゃない」

「そういう母さんは何にしたんだよ?」

「わたし? わたしはこれよ!」

息子と張り合ってどうすんだよ……。

そう思ってしまうくらい、勢いよく俺に突き出してきたのはQCDにつける兎のストラップ。普通のプレゼントを選んだことに俺は驚く。

「母さんにしてはまともじゃん」

「余計な事を言うな! 護と巫女兎ちゃんじゃあ全然違うわよ」

俺にはダンベルや腹筋マシーンなど筋トレグッズをプレゼントにする理由はそこにあるのかよっ!

そんな母さんの手にはいろいろな食材がある。待ち合わせ前にどれだけ買ってるんだ?

「早く買って巫女兎ちゃんと合流しないと。護、行くわよ」

「は~い」

俺はレジに行く途中で彼女にメールを書く。時刻は十一時半、そろそろお昼だな、ついでに何食べたいか聞いておこう。

《巫女兎、今どこにいる? こっちはもう終わったから今からお前を迎えにいく。そうだ! お昼何食べたい?》

送信、と。その間に会計が済んだみたいで、二つともラッピングしてある。

「はい、護。巫女兎ちゃんから返信は?」

「まだ、来てねぇよ」

せっかちな親だこと。気長に待つということを知らないのだろうか?

少しでも気長に待ってくれればと思ったところで、

《あたしは今屋上にいるわ。わざわざあたしのプレゼントなんて買う必要ないのにありがとうね、未来さんにもそう伝えといて! お昼はね、パスタが食べたいな!》

「パスタか。いいわね! 行くわよ!」

完全に暴走している母さんについていくことしかできないから無言でついて行く。できるだけ他人のふりをしながら。

屋上に着くと、巫女兎が何か思っているみたいで、邪魔したら悪いかなと思って、話しかけないでいると、

「待った? 巫女兎ちゃん」

「そんなに待ってませんよ、未来さん。早くお昼食べに行きましょ?」

「そうだよ、母さん。俺、腹減ってって仕方ねぇんだ」

「分かったわ。じゃあ、行きましょう」

そんな感じでトントン拍子でことが進み、お昼を食べに行くことに。




お昼を食べにイタリアンレストランに入った俺たちは禁煙席を取り、注文(俺はミートソースで巫女兎はカルボナーラ、母さんはぺペロンチーノ)してから会話を始める。

俺から話題を切り出そうとしたところで巫女兎が、

「どうしてそんなに荷物が多いんですか?」

「巫女兎ちゃんは気にしなくていいのよ。全部護に持たせるから。明日は巫女兎ちゃんの誕生日だからさ、豪華にしようとしたらこんなに多くなってしまっただけだからね」

「母さん。それ聞いてねぇよ」

「当たり前じゃない。今言ったんだから」

……鬼だ。彼女は苦笑いしながら俺たちとの会話を楽しんでいる。そんな彼女がふと思ったのか、

「ところで……あたしのプレゼントって何ですか?」

「プレゼント、少し待ってね。ほら、護~」

俺は母さん、急かすなよと言ってから、彼女のプレゼントをポケットから取り出すと、

「一日早いけどおめでとう、巫女兎。これ俺からのプレゼントな」

「アリガト、護」

彼女は嬉しかったのかヘアゴムを見てにやけている。母さんはそんな俺たちを夫婦であるかのような眼差しで見ている。

母さんは懐から彼女へのプレゼントを取り出して、

「はい、これ! わたしからのプレゼントね! 一日早いけどおめでとう」

「ありがとうございます。未来さん」

「いい加減、未来さんじゃなくてお義母さんって呼んでよ。巫女兎ちゃん」

何を言うんだ! 母さん!

俺たちはまだ結婚してないし、俺が巫女兎以外の女の子を好きになる可能性だってあるだろ! 例えば……アスカとか。でも、巫女兎以外の女の子を好きにはなれなさそうだ。

彼女はヘアゴムをあらかじめ持ってきた巾着の中に入れると、母さんからもらった兎のストラップを自分のQCDに付ける。

付け終わったのと同時に俺たちが注文した料理が届く。

そのとき食べたミートソースの味だけは絶対に忘れない。

これが母さんと食べた最期の食事だった。あのときのミートソースはトマトソースとひき肉が上手くコラボしていて、舌触りが最高だった。




帰り道。

俺は巫女兎の誕生日パーティーで使う食材を全て手に持っている。巫女兎が「持とうか?」と言ってくれるものの、

「巫女兎ちゃんは持っちゃだめよ。護! ほら、頑張れ!」

「母さんに応援されても嬉しくねぇよ」

「あら、そんな事いうなら重りを追加するわよ?」

「ごめんなさい!」

全力で頭を下げた。重りなんて追加されてしまっては、歩く事すらできなくなるに違いないからだ。

パーティーの主役は荷物のせいでゆっくり歩いている俺の隣を同じペースで歩いている。彼女の横顔はとても幸せそうな表情をしていて、見ているだけで笑顔になれるようなものだった。

母さんはそんな俺たちの後ろを歩いている。俺たちの保護者だから、当たり前か。

「未来さん。どうしてそんな楽しそうなんですか?」

「それは教えないわ。これ、教えちゃったら面白くないもの」

どうして母さんがニヤニヤ笑っているのかが気になったけど、スルーする。巫女兎が隣にいてくれればそれだけで俺は幸せだったからだ。

そんな幸せに浸っていると、

「護! 巫女兎ちゃん! 危ない!」

バンッ!

母さんが俺と巫女兎を突き飛ばす。それと同時に車に撥ねられ、母さんが俺たちを庇ったという事実が俺の思考を繋ぎとめる。

「母さん!」

俺はすぐに母さんの意識があるかどうかを確認する。わずかに頷いたから意識はあるみたいだ。何が起きたのか分からないという表情をさっきまでしていた彼女が、すぐにこの状況を把握する。

車の運転手が、何が起きたのかは分からないという表情をしていたが、状況は分かるみたいで、

「大丈夫ですか!?」

と声をかけてくれる。俺はすぐにその運転手に救急車を呼んでもらうよう指示を出す。どうしてここまで冷静でいられるのか俺にはわからない。だけど、母さんを助けるために全力を尽くす。

巫女兎はすぐに「ヒール」をかけ始めるけど、いっこうに回復する気配を見せない。致命傷でも負ったのだろうか? 心配をする俺に母さんが、

「護……、今度は……あなたが……自分の愛する人を……護る番よ。だから……ね?」

「そんな事言うなよ! まるでこれから死ぬよって言っているようなもんだろ! 諦めないで生きようとする意志をちゃんと持てよ!」

自分の腰に差してある刀を差し出す。この時俺はこの行為に何の意味があるのか、分からなかったが、母さんの葬式のときに親戚が「君が次の当主かい?」と聞かれたから、この刀は代々当主に受け継がれていくものだということが分かった。つまり、母さんは自分の遺志を俺に託してくれたんだ。

巫女兎は必死に「ヒール」をかけ続ける。まるで、もう二度と同じことは繰り返さないという決意がその行為にあるかのように。

「巫女兎ちゃん、護を……これからも……よろしくね。あと、私が教えた事を……ちゃんと生かしてね。わたし、右のほうを……強く打ったみたいだから……助かりそうに……ないわ。内出血もひどそうだし……、病院に搬送されても……助からないわね。だからさわたし……、逝くね。士君にも……よろしく……言っといて……」

「母さん!」「未来さん!」

俺は絶望した。なんだかんだ言っても優しくて厳しい母さんが死んでしまうという事に。だからつい、

「俺が気をつけなかったばっかりに……」

「そんな事言わないで! それはあたしだって同じなんだから! 嘆いてたって仕方ないでしょ!」

そんな事を言ってしまった。

気が付けば彼女は「スクエア」を張っていて「ヒール」から「ナース」へと回復呪文をシフトしていた。彼女の顔色が段々と疲労の色を濃くしていく。

必死で母さんを助けようとしている彼女になんてことを言ってしまったんだという罪悪感と、こんなときに限って何もできない自分の不甲斐なさを呪った。

救急車が到着したのは、俺が俺自身を呪ってから二十分後。よく周りを見ると彼女の体が悲鳴を上げているのが分かる。

「お嬢さんはこの人の身内かい?」

「はい! 後あたしの隣にいる男の子も!」

救急車に乗った後も彼女は「ナース」をかけ続ける。身体はもうとっくに限界を迎えているはずなのに……。

俺は母さんが助かる事を必死の思いで祈っていた。




病院についてすぐに母さんは手術室に搬送され、待つこと五時間。

「全力を尽くしたのですが…………助ける事ができませんでした」

いくら母さんが強いという事を知っていてもこの知らせにはショックを隠せなかった。俺はただ自分の無力さを呪いながら泣いていた。四年前も自分が親のように慕っていた人が死んでしまってから、泣くことしかできなかったのを当時も今も呪っている。

隣にいる彼女も自分の無力さを呪っているに違いない。俺たちは変なところで似ているから……。

彼女がかけてくれた回復魔法は万能じゃないことを親父から教わっていた。命に係わらない怪我なら治すことはできても、致命傷や病気といったものを直す事はできない。

俺が母さんを殺したのも同然だ。

俺はどう親父に顔向けしていいのか分からなかった。

俺たちの日常はたった一台の魔道車(魔力を燃料にして動く車)によって、奪われた。あの時渡っていた横断歩道の信号は青だったのにもかかわらず。



今振り返っても、とても許せるものじゃない。

だから今一度自分に問う。

母さんを殺したのは誰だ?

俺だ。

巫女兎が誘拐されたのは誰のせいだ?

俺と親父のせいだ。

彼が恨みを持っている理由は何だ?

俺が母さんを殺したからだ。

彼の目的は?

俺を殺して母さんを生き返らせることだ。

一番許す事のできない相手は?

俺と親父だ。

今助けたい相手は誰だ?

巫女兎、ただ一人だ。

最後に、全てを懸けてでも護りたい人は誰だ?

姫神 巫女兎。ただ一人!

「親父、あんたが俺に対して抱いている恨みや憎しみは半端ないものかもしれない。だけど、俺が今あんたに対して抱いている怒りも尋常じゃない。だから、俺は今ここであんたを殺す! 殺してでもあんたから巫女兎を奪い返す!」

「殺せるものなら殺してみろよ、護。お前が俺を殺す前に俺がお前を殺してやるから! 『水瓶座(アクエリアス)(バレット)』」

いきなり、親父の合体魔法が俺を襲いに来た。あたれば間違いなく死んでしまう凶悪な銃弾と一緒に。

だけど、こんな事でビビっていては『誓い』が護れない。俺は凶悪な銃弾が襲う前に、龍爪牙を抜き銃弾を斬る。

その刀身は、青くて龍が描かれている鞘と同じで、光に当てるととても澄んだ青色に輝いている。初めて抜いた刀なのに、手にピッタリとフィットしている事に驚きを隠せない。

「どうして……」

親父は俺がこれを抜いた事に驚愕していた。それもそのはず、俺は鍛練を始めた三歳の頃から、十五年間これを抜く事ができなかったのだから。

すぐに『水瓶座の銃』を構え直すと、俺に向かって撃つ。

一発目の銃弾を左にかわし、二発目の銃弾を斬り裂き、三発目を右にかわしながら彼に接近する。

彼は遠距離戦を諦めたのか、俺の斬撃をバックスッテプでかわして、

「『獅子座(レグルス)(ブレード)』」

合体魔法で作った剣を構え、俺との間合いを計る。

水属性の銃に、雷の剣。よくもこんなものを次から次へと作り出せるな。連発してたら魔力が持たないぞ。

俺は龍爪牙を中段に構え、相手の様子を見る。どこをどう攻めても絶対に受け止められてしまうくらい隙がない。

それは親父も同じみたいで、沈黙したまま隙が出るのを待っている。

「…………」

「…………」

黙ったままの観察。先に動いたのは、

「接近戦じゃあ、勝てる気がしない。いつものやり方で崩させてもらうか」

「…………」

人形兵を五体、魔法で創る。それに、それぞれの付加効果をつけて俺を攻略しようとしているのが分かった。

俺は無言のまま、向かってくる人形兵を斬る。

一体目は刃を右に向け左に切り裂く。一体目の後ろから来る二体目を右斜め上に斬り、俺の左脇腹を攻撃しようとする三体目は、素早く切先を右斜め下にしてから斬る。

正面ばかり向いていたから、気付く事のできなかった四体目は、俺の右脇腹を攻撃しようとするが、右を向いた俺に白銀翼で二つに切り裂かれる。その間に俺に接近してきた五体目は、俺を縦に二つにしようと攻撃してくるが、左手に持っている龍爪牙でその攻撃を受け止めて、右手に持っている白銀翼で左に斬り捨てる。

俺は左に持っていた龍爪牙を地面に突き刺し、右に持っている白銀翼を鞘に収めた。その瞬間に、白銀翼で切り裂いた二体の人形兵の死体から「ライトニング」が発動する。突き刺した龍爪牙を抜き、俺めがけて飛んでくる「ライトニング」を受け止める。

「くっ!」

その攻撃は俺が思ったよりも強く、後退させられてしまう。ところどころ「ライトニング」によって、腕にダメージを受けている。

「俺を殺すんだろ? そんなんじゃあ俺を殺せないぞ、護」

俺はすぐに体勢を立て直し、龍爪牙を構え直すと親父めがけて走り出す。

親父はそんな俺を見て、

「『射手座(ブラックライトニング)黒雷光(オブサジタリウス)』」

黒い雷でコーティングされた矢を俺に向ける。その矢はまるで今の親父の感情そのもの。

どうする……。

今ここであれをまともに受けたら、間違いなく俺は死ぬ。

弓を引き絞り狙いを俺定める親父。俺は今ここで死ぬわけにはいかない。ここで死んだら絶対に悲しむやつがいるし、巫女兎の力が覚醒してしまう。

だから俺は、走ることを止めない。

ヒュッ。

彼は矢を放し、俺に攻撃をしてくる。

負けない!

逃げない!

恐れない!

越える! 越えてみせる!

俺は今師匠を越えて、あんたの野望を打ち砕く!

俺めがけて飛んできた黒い矢を切り落とす。そのとき、腕が焦げるような痛みに襲われるがそんなの気にしない。必死の思いで親父の懐に飛び込む。龍爪牙を彼の頚動脈の位置にあて、

「親父、これで終わりだ」

「殺すなら早くしろ。俺を未来の所へ連れてってくれるんだろ?」

これでさよならだ、親父。

あんたが蒸発しなければ、きっと三人で明るい生活が送れたのにと考えてから止める。今そんな事を望んだって叶わない。それを叶えることができるのは巫女兎以外いない。

「だめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええ!」

龍爪牙で彼の首を斬ろうとした寸前で巫女兎の声が聞こえた。

そんなことをしたって意味がないのは分かっていた。しかし、母さんを生き返らせることを望んだ親父の選択肢は多分これ以外存在しないに違いない。せめてもの親孝行として、俺は親父の選んだ道に逝くことを手助けすることしかできない。だから、

「ゴメンな、巫女兎ちゃん。これは俺が望んだ事だ。護、俺は早く未来に逢いたい」

心の中で最愛の人に謝る。

すまない、巫女兎。俺は――、

龍爪牙で親父の頚動脈を斬る一歩手前で確認を取る。これが親父の最期の言葉になるから。

「本当にいいんだな、親父?」

「当たり前だ。巫女兎ちゃんと仲良く暮らせよ、護」

その返事を受け取り、親父の頚動脈を斬る。

正直自分の手で親を殺すのは心が痛くならないはずがない。さっきまでは巫女兎をさらった俺たちの敵。今ここにいたのは、俺の幸せを祈ってくれた親だ。

俺は龍爪牙に付着した血を振り落とすと、柄に収め巫女兎に手を差し出す。顔や服には返り血がついていたのも気にならない。

俺は親父を――彼女に魔法を教えた一人の先生をこの手で殺した。

彼女は俺を恨んでいるのだろうか?

俺はそう思わざるを得なかった。彼女にとって親父はただの先生ではなかったから。

彼女は何かを呟いていたが、俺には聞こえなかった。

今はただ親父が母さんに会えることを祈るばかりだ。

ありがとう、そしてさよなら。好きだったぜ、親父。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ