護 弐
第三章
俺は目覚めて、いつもの鍛練を開始すべく行動を開始しようとするが、隣にいる巫女服を着たままの巫女兎が俺の右腕を掴んで放さないから何もできない。
寝顔の彼女を見るのは十年ぶりで昔と変らず、とても可愛い。
しかし、俺はどうして彼女の隣で寝ていたのだろう……。
昨日の夜のことを思い出し、考えてはいるけど答えが浮かび上がってこない。
「護。どこにも行かないで……」
寝ながら泣いている彼女の涙を拭ってやってから、頭を撫でる。
そうすると彼女の表情が少し柔らかくなっていった気がした。
そんな彼女の寝顔を見ること三十分くらいたって、ようやく、
「……おはよう、護。よく眠れた?」
「おかげさまで」
ところで、早くどいてほしいんだけど……。
と言おうとしたけど、まだ寝起きの彼女の眼は少しトロ~ンとしていて、まだ少し眠そうにしていたから、言わないほうがいい感じがしたので止めた。
俺も彼女も何かにとりつかれたかのように動こうとしないから、ただ、黙っているだけ。
そんな沈黙がとても心地良かったしもうちょっと浸ってもいいかな?
「護、鍛練はしなくていいの?」
「巫女兎が離れてくれないとできないだろ?」
「じゃあ、今日はおやすみ?」
「そうだな。まぁ、お前の態度しだいではやるかもしれないけど」
心地いい沈黙が続いた時間はかなり短かったが、俺自身さっきの会話が楽しかったし久々に朝から彼女と話した気がする。
時間はまだある。今日も彼女とデートしてもいいかなと思ってから日付を確認すると、
おいおい、明日は巫女兎の誕生日かよ……。
なら、内緒で何か贈り物をしたほうがいいな。
くもの巣のように考えを張り巡らせ彼女に気付かれないように注意しながら模索する。
彼女は俺の右腕を掴みながら上目遣いで俺を見ている。
いつもなら絶対に見れない光景だな。
そう、思わないか? 俺は彼女より背が低いから上目で見るのはいつも俺のほうだ。
しかし、まだ眼を開けてベットで横になったままの彼女と上半身だけを起こしている俺だと上目で見るのは彼女のほう。
だから、いつもより可愛く見えてしまって仕方ない。
心臓がバクバク鳴っているし、呼吸も少し荒くなっているのを感じる。
普段見れない状態でいる好きな人を前にこの状態にならないのは少しおかしいと思うのは俺だけだろうか?
巫女兎は満足したのか俺の右腕を放してから、そっと俺の頬に――
チュッ
「お、おい! 巫女兎?」
「昨日の続きよ、これでおしまいだから」
そんな哀しい事を言わせないために、俺がもっと彼女と過ごしていくために、努力をしようと思った。
今日の鍛練は冗談のつもりで言った「おやすみ」が巫女兎の手により、本当にそうなってしまった。
俺がベランダに行こうとすると彼女は「サーチ」(天界魔法の一つ)をかけていたのか、一歩外に出ただけで家の中に強制連行された。
女は怖い。
「護~! ちゃんとそこにいる?」
「いるよ。逃げないから早く食べようぜ」
彼女は錬成魔法で鎖を創ると俺にそれをすばやく巻きつけ拘束した。
だから、今の俺は身動き一つ出来ない。
彼女が朝食を作り終えるまで開放してくれない。なんて理不尽なっ!
キッチンにいる彼女は今、俺たちの朝ご飯――白米とほうれん草のおひたしに味噌汁、ホッケの開き――を作っている最中でもうすぐ作り終えそうな雰囲気。
拘束されつつも俺は彼女へのプレゼントをどうしようかと思考を巡らせる。
「ま・も・る~! できたわよ。今外すからちょっと待ってね」
俺を拘束している鎖を外す。
拘束している鎖はただの鎖じゃなくて、「ライトニング」(冥界魔法の一つ)で俺が動くと電流が流れる仕組みになっている。
厄介な代物を創ったな、巫女兎のやつ。
南京錠を外した彼女はそっと自分の手を差し出す。
頭の中に(?)がたくさん支配する。でも、昨日の延長だと考えれば納得がいく。
一言いってくれればそうしてやるのに……。
彼女の手を握ってリビングに向かう。
テーブルに並んであるのは、当然朝ご飯であって、それ以外は箸と水が注がれたコップが置いてあるくらいだ。
食べようと言い出したのは、俺なのに自分から食べる気にならない。
いただきますと言い出した瞬間に、巫女兎が自分のおかずを俺に食べさせようと、しているのが眼に見えているからだ。
目の前の彼女はうずうずしている。そんなに楽しみなのか?
俺はそこに何か不吉なものを感じたが、それに負けていてはアークにも勝てない。
だから、俺は、
「食べる前に一つだけ、お願い」
お願いというより命令だけど……。
彼女が身に纏っているオーラがいつものとは違って、完全に期待しているものだけど、昨日は昨日、今日は今日だから、きちんと釘を刺しておかないといけない。
「今日は食べさせ合いなんてしないからな」
「分かったわ……」
あれ? 簡単に引いたな、こいつ。
俺は少し以外に驚いてしまった。
いや、驚くなんてものじゃない。驚愕だ、驚愕。
あえて、四字熟語で言うなら驚天動地。
いつもなら自分の意見や主張を押し通そうとするのに、あっさり引いてしまった事に。
彼女の身にいったい何があったのだろうか?
そう考えざるを得なかった。しかし、彼女は「いただきます」というと早速自分の皿の上にあるおかず――ホッケの開きとほうれん草のおひたし――に箸をつけ、食べ始める。
彼女はそういえばと言ってから、
「護は明日、あたしの事どうしてくれるのかな~?」
捉えようによっては卑猥な方向に聞こえるのだけどな~。
そのツッコミが喉にでかかったところで必死に堪える。
言った瞬間に「フレイア」で灰にされる可能性が高いから。
頭の中で必死にいいセリフを考えるけど、生憎俺の辞書の語彙は少ないみたいで、そんなもの一個も思いつかない。
「楽しみにしてくれ。巫女兎」
これが限界。
どんなに背伸びをしても届かないものは届かない。だから、人は努力をするって俺は思っている。
俺にとってのそれは彼女であり、努力をする理由も彼女だ。それくらい俺の心を独り占めしているんだ。
望めば何でもやってやるよ。
それこそ、俺がそうしたいのだから。手を繋ぐ事も、キスをする事も。
いくらなんでもそれは自惚れ過ぎだろと思ってしまうが、そうしていないと自分自身のガラスが砕けてしまいそうだった。
だから、俺は内心呟く。絶対に声に出さないし彼女に伝えようともしない。俺が俺に誇りを持てるようになるまでは。
俺はお前の事が大好きだ。だから――俺と将来を誓ってほしい。
そして、彼女を一生護れるようになるまでは、永遠に。
青い宝石が空という名のキャンパスに描かれていて、赤い宝石が大地を照らしている。その周りには白い毛も黒い毛も見当たらない、すがすがしい天気の昼前。俺は腰に二刀(龍爪牙と白銀翼)を下げ、巫女兎へのプレゼントを選びに町に来ている。
最初は服――チュニックやワンピース――を考えていたけど、小袖と巫女服しか着ないということを考慮してそれは止めておこうと判断した。
彼女が喜びそうなものは何か?
この問いに答えられそうなやつが一人だけいる。しかしそいつに答えを聞くのは反則だと思うし、自分で選んだものを彼女にあげたいからそれをしようとしない。
贈り物を贈る相手は今、家で留守番をしている。彼女は「つれていきなさい!」と俺に命令したけど、それを断固拒否した。
好きな人に贈るものなのに彼女が来てしまってはもともこうも無いからな。
そう思った矢先、
「ナイト君じゃん! どうしたのさっ?」
今、とても会いたくない人に会ってしまった。
俺に声をかけてきたアスカは隣にアークを従えさせている。
彼は俺に何も声をかけてはくれなかった。絶対に来なかった事を怒っている。
俺は少し考えてから、
「別に。散歩だよ、散歩。そういうお前は何やってるんだ? アークなんか従えて」
「ウチ? ウチはね、ショッピングしてるんだ。こいつはただの荷物もち」
無理矢理つれてきたくせにと彼は呟いていたが、聞こえないふりをする。
ショッピング? 彼女がわざわざアークをつれてまでする買い物って何なんだろう?
「分からない? ヒントは明日だよ、ナイト君」
そんな、ワ○○ン君みたいなノリで言われても……。
まぁ、でも、彼女が言おうとしていたことが分かった。彼女も巫女兎へのプレゼントを買いに来たんだ。
しかし、何を買ったのかは気になるな。かぶっても仕方ないし……。
「気になるのかな? 巫女ちゃんなら、ナイト君がくれたものなら何でも大切にすると思うけど、指輪とかにしちゃえば~☆」
軽いノリで言うなよ!
だが、指輪というアイディアはありだ。それは盲点だったな。
形のあるものしようと朝から考えていたが、なかなか思いつかないでいた。だから、彼女のアドバイスはとてもありがたい。
「サンキューな、アスカ」
「you are welcome ナイト君」
それにしても……アークのやつ少しでもいいから会話に入って来いよ……。
「う~ん」
指輪……か。その他にあげるなら、ネックレスかブレスレットといったところか。
町のデパートにある貴金属店で悩んでいる俺は周りから見たら、どんな風に見えているのだろう?
指輪にするなら巫女兎のサイズを知っていないといけないんだけど、聞いてないし……。
アスカにアドバイス(そういえるのか微妙だけど)を貰っても、悩むものは悩むんだな。
そういえば昔に巫女兎が絶対に忘れちゃだめよと言って、俺に教えたある一つの数字があったっけ。
その数字は――八。
今まで何の意味がこの数字に込められているのか知らなかったけれど、今考えてみると……なるほど……指輪のサイズだったのか。
勝手に自己完結。
俺はどんなのにしようか悩みながら、どうせならペアのほうがいいよなと思う。
俺はジーンズのポケットから財布を取り出すといくら入っているのかを確認する。
護衛の仕事を良く受け持つからお金はかなりの額を持ってはいるのだが、今財布の中に入っているのは五千。
ちなみに、その後には万や億はつかない。
目の前の「これなら……」と思ったペアのネックレスの値段が十万。
「すいません。これを買いたいんですけど、お金が無いからおろしてくるので、キープしてくれませんか?」
「はい。わかりました」
おいっ、いいのかよっ!
そんなツッコミをする暇があったら、さっさと金をおろしたほうが利口だから早く行くことにする。
十分後。
無事お金をおろし、ネックレスを買うことに成功した俺はアスカに御礼の電話をすることにする。
QCDを取り出し、彼女の番号をコールする。
PLLLL。
「もしも~し。アスカで~す。キラッ☆ どうしたの、ナイト君?」
「お前、いつもそんなテンションで対応しているのか? まぁ、そんなことより、お前のアドバイスのおかげでいいものが買えたから、お礼を言いたくて電話したんだけど、迷惑だったか?」
「いやいや、滅相も無い。それ、明日あげるんでしょ? 君の想い人にさっ!」
「その通りだけど……お前も何かあげるのか?」
「ウチ? ウチはあげるけど、別の日にするよ。巫女ちゃんはきっと、大事な人と過ごしたいと思っているだろうし」
大事な人。巫女兎にとってそれは誰なんだろう?
家に帰りながら考えている。その問いには一生答えられないかもな……。
「もしも~し。今完全にウチの事を放置してたよね?」
「悪い! そろそろ、家に着くから切るな。マジでありがとう」
「you are welcome ナイト君。今度何か奢ってね」
「分かった。それじゃあ」
プツッ。
俺はQCDをポケットにしまうと家の扉に手をかける。
巫女兎が留守番をしていたから開いていて当然なんだけど、妙に静か過ぎる。
彼女は俺が帰ってきたらいつもダッシュで俺のところに駆けつけてくるはずなのに、その彼女が来ないということは何かあったのかもしれない。
すぐに彼女の部屋に向かう。
バンッ!
「巫女兎!」
ドアを蹴り開け、彼女の名前を叫ぶ。部屋は窓ガラスが割れていて、机の上に彼女のQCDがあり、趣味で集めているぬいぐるみの何体かが裂けて綿が出ているし、「ライトニング」を使った痕がある。
クソッ! こんな事になるんだったら彼女も連れて行くんだった。
後悔しても仕方ないから、すぐに連絡をする。その相手は――。
後悔先に立たずとはよく言ったものだな! 本当に……。