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じー.えむ.  作者: 水持 剣真
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巫女兎 肆

第八章


「大丈夫? 巫女ちゃん!」

言いながらあたしに抱きついてくるアスカは、どこまであたしのことを心配してくれていたのかしら?

生きていれば彼女にも士さんを紹介してあげたいけど、彼はついさっきこの世界から旅立った。だから彼女に紹介するのは、彼がお墓に入ってから。護たちには内緒で。

あたしは今どんな表情で彼女と話しているのだろうか? 暗い顔? 悲しい顔? それともつらい顔をしているの?

護は階段付近でレイン君と話している。ここからじゃあ遠すぎて聞こえないけど、顔を見る限り楽しい会話をしているに違いない。

「そろそろあっちに行ってみない?」

「いいわよ、何を話しているのか気になるしね」

あたしと彼女は気付かれないようにそ~と彼らに近づく。途中、音を立ててしまったけど気にしていないみたいだし、気付いてもいないわね。

「そういえば、お前の親父って錬成と冥界の二重魔術師なんだよな? 名前、何ていうんだよ?」

当たり前といえば当たり前。当然といえば当然。何が言いたいのかといえば、ここにいるということはあたしを誘拐した犯人の見当がついていることを示している。つまり、レイン君もアスカも誘拐犯が気になるわけで……、

「ウチもそれ気になる~。教えて、教えてっ!」

「アスカ! いつの間に」

もうあたしは笑うしかない。笑うといっても苦笑いだけど。護もどうしようかと苦笑いしている。早めに帰ると思っていたあたしからすればかなりの予想外。

この状況からの逃げ道がほしいのか、彼は周りをきょろきょろと見渡す。そして、何かに気付いて、

「アーク、ジースはどうしたんだよ?」

「あいつなら、お前たちが結界から出てきたところで創麗とデートに行った」

「美生ちゃんの強引なアプローチだったけどね」

驚くような連係で彼の疑問に答える。美生がいないのはラッキー☆ 彼女といれば間違いなく喧嘩が始まるからね。

彼は眼をキラキラさせている。話題がそれたから、かなり嬉しく思っていると思う。

「夕ご飯どうするよ、巫女兎?」

「久しぶりにお刺身でも食べる?」

「それいいな。お前たちも家に来るか?」

「行く、行く~! ウチも巫女ちゃんが作ったご飯が食べたい!」

「俺も行くぜ。だけど、話題をそらそうなんてそうはいかねぇ。この疑問はジースと創麗も気になっているんだからな、お前の親父」

その下は多分さっさと教えろと続くはずだ。

魔術師は一度聞いたことはなかなか忘れない。その中にオリジナルの魔法を作るヒントがあるかもしれないからだ。あたし自身、何個かオリジナルの魔法を持っている。使う場面がなかなかないけどね。

これは諦めて教えるしかなさそうだと判断したあたしは助けを求めた彼に、

「教えてあげれば、護。別に減るものじゃないでしょ?」

「そうじゃない。絶対に恨まれるだろうな、目の前の人物に」

確かに……。

その可能性を考えていなかったわ。背中から流れるはずのない冷や汗がドッと溢れだす。

彼は目の前の親友達に絶対に恨んだり、殴りかかったりするなよと前置きしてから、

「俺の親父の名前は信条 士。旧姓、六月一日 士だ」



「はぁぁぁぁぁぁぁああ――――――――――――――――――――」

「嘘でしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉおお!」



分かるような気がする。あたしだって身近な人が有名人の子供だったら、驚きを隠せないもの。

レイン君は護の胸倉を掴んで、一気に手繰り寄せると、

「何でそんなすごい人がお前の親父なんだよ!?」

「六月一日 士って言ったら魔術師で知らない人はいないくらいの有名人だよね? 巫女ちゃん」

レイン君は護を激しく揺すり始め、アスカはQCDで誰かにメールを送っている。こんなことになるのなら、教えなければよかったわ。

これは士さん本人から魔法の授業中に聞いたことなんだけど、彼は昔、未来さんと結婚するために身内以外の人を騙したらしいわ。有名だからバレるわけにはいかないもの、未来さんとの交際。結婚式も身内以外の人を呼ばず、こっそりと開いた。結婚指輪を付けると結婚してる事がバレてしまうから着けていなかったわ。家の中でいるときくらい着ければいいのに。

激しく揺られていて気持ち悪そうな顔をしている護を前に大事な事に気付いたみたいね。レイン君とアスカは声をそろえて、

「じゃあ、姫様を誘拐したのは……」「巫女ちゃんを誘拐したのって……」

「親父だよ。理由は言えないけどな」

護は今頃気づいたのかよという顔をしながら呆れている。

あたしも会話に混ざろうとしたときに、兎のストラップが着いているのが特徴のQCDが鳴り始める。

誰だろうと思い電話に出てみる。

「もしもし、姫が――」

「ちょっと、どういうこと!? ナイト様のお父さんが六月一日 士って! 結婚していたなんて聞いてないわよっ!」

「落ち着きなさい! 次々に訊いてくるな! あたしと護は言うつもりなんてなかったわよ!」

「るっさい! そんな事どうでもいいわよ! あんたは私の質問に答えてればいいの!」

「なんだって! この早口美生!」

「それ悪口でもなんでもないわよ。バカ兎!」

くっ…………言い返せない。

全てにおいて彼女にだけは負けたくない。あたしはどうにかして言い返すことができないか思案する。

周りを見てみると、あれ……なんか引いているような……。

え? ちょっ、なんで?

「今会話できるのあんたしかいないから、あんたに質問する事にするわ。私は遠回しな表現とか言い回しは嫌いだから、単刀直入に聞くわね。六月一日さんの弟子って誰なの? 噂によると一人だけ弟子がいるらしいのだけど……」

「…………」

どこまで有名なの? 士さんは。

あたしは彼女の情報収集能力の高さに驚きを隠せない。だって、そうでしょ! 弟子がいるって知っているのは、護しかいないはずなのに。

答えていいのだろうか?

あたしは護に助けを求めようとするけど、彼も同じ状況みたいで、お互いに助けたくても助けられない。

「答える気がないのならそれでもいいわ。私からすればどうでもいいしね。六月一日さんはどうなったの?」

あたしは戸惑った。この状況どう打破すればいいのだろう?

そしたらタイミングよく護が、

「親父は殺したよ、俺の手で。笑って天界に逝きやがった」

「「…………」」

あたしはしゃべる事ができなかった。これは伝えてはいけない気がしたから、考えようとしたのに。

でも、いつかはちゃんと言わなければいけないことだったのかもしれないわ。少なくともあたしはそう感じる。

センチメンタルな気持ちになっていると、護があたしの手を握ろうとして接近してくる。

え? なに? あたし連れ出されちゃうの? 護に?

そんなご都合主義ないわよね? あたしが望んでいる事がそのまま形になるなんてことはありえないわよね?

あたしが戸惑っていると、

「なんてこと言うと思ったか騎士様。六月一日様の弟子を紹介しろ!」

「そうよ! 六月一日さんには、一人だけ弟子がいたって言う噂だもの!」

美生が息を吹き返した。このまま黙っていればいいものを!

あたしも彼も拒否権がなさそうね。我慢比べになりそうだわ。あたしと美生、護とレイン君の。

あたしが必死に教えまいと黙り込むことを決めたときに、

「ここにいる。巫女服を着た親父の弟子が」

「…………え?」

教えないでよ! あたしが必死に隠したい事の一つなんだから! そんな事ここで言ったら美生が、

「兎! どういうこと? あんたが六月一日様の弟子だなんて聞いてないわよ!」

「当たり前じゃない! 護しか知らないことなんだから!」

「なら、私に六月一日さんの技術を教えなさい!」

「教えてあげないわ! あんたに教えるくらいなら、他の人に教えたほうがましよ!」

どういう条件で教えてあげようかしら?

その事だけがあたしの頭をぐるぐると巡る。彼女の惨めな姿を想像するたびにゾクゾクするわ。

「るっさいわね!  だまってうさ――」

喧嘩している途中で護があたしのQCDを取って、通話を強制終了させる。そして、あたしの手を取り強引にあたしを連れ出す。

「一日早いけど、誕生日おめでとう! 返り血を浴びてしまったが、これ誕生日プレゼントな」

顔が真っ赤になっている彼の顔を見ながら、

「アリガト、護。開けて見ていい?」

「もちろんだ」

開けてみるそれは、

「ネックレスじゃない。あれ、二つあるけど……。あ、そっか! はい、護。後ろ向いて? あたしが付けてあげるわ」

約十八年間生きてきて嬉しいプレゼントだったわ。




二日連続のデートは、あたしには嬉しいサプライズだ。

アスカとレイン君はあのまま姫神神社に置いてきてしまった。あたしの首には護が付けてくれたネックレスが、彼の首にはあたしが付けてあげたネックレスが煌めいている。

あたしは彼とおそろいのものがあるということが嬉しくてたまらない。だからこそ、このネックレスの値段が気になる。

「それにしても、このネックレス可愛いね。いくらしたの?」

「十万」

少し高くない、それ? と言おうとしたけど、彼の腰に存在する白銀翼のほうが高いということに気付いて、あたしは黙る。

俯いているあたしの眼の中にハートの形をしたネックレスが写る。よく見ていると、「M.S.」と彫られている。

じゃあ、彼がつけているネックレスにはなんて彫られているのかが気になった。それにしてもこのネックレスの値段は破格だと思うわ。

そっちも大事なんだけど、あたしにはもっと大事な事がある。

それは、

「護は怖くなかったの?」

「怖かった。だけど俺はお前を助けたかった。だから、恐怖はあまり感じなかった」

そのセリフほど嬉しいものはなかった。あたしの霧で覆われていた空が、一気に晴れていくような気がした。

涙が出そうになるのを必死になってこらえる。ここで泣いたら神社に戻ったときの涙がなくなってしまう。

あたしと彼が神社に戻る理由は士さんの葬式を開くため。そのためにはレイン君とアスカが神社から離れてくれないといけない。あたしの友達には知られたくないもの、士さんの葬式が開かれる事なんて。

それにしても、彼はどこで龍爪牙を抜けるようになったのだろう? 気になって、仕方ない。

「どこで龍爪牙の抜き方を教わったの?」

「ある人物が教えてくれたんだ。それと、巫女兎が持っている力のことも」

これを聞いたあたしはどんな顔をしていたのだろう? 少なくともあたしが見たら絶対に人には見せられない顔をしていると思う。

それくらいあたしは驚いてしまった。もう、あたししか知らないと思っていたことを、彼が知っていたという事実に。

彼もどこかバツの悪そうな顔をしている。「イクス」でも踏んでしまったのだろうか? そこまで気にしている事じゃないから話したくなければ、話さなくてもいいのに。

あたしは彼と手を繋ぎながら歩いている。あたしはこんなに小さい幸せを味わいながら、空を見上げる。その空はサファイアをキャンパスいっぱいにぶちまけた感じの青空と、羊の毛のようにふわふわした白い雲、それから緋色の布地が混ざっている三色一体の美しさを誇る。

彼はあたしの隣でレイン君にメールを打っている。内容は多分、レイン君がどこにいるのかだと思うわ。

そろそろ行こうかと彼の背中が語っていたのと、彼が踵を返し始めたから、あたしは自然と姫神神社へと向かい歩いていく。

あたしは自分の中に宿る力を使って皆に幸せを分けることができるのではと考える。もし、あたしの力が「護の死」以外で覚醒する事があるなら、時間を止めたりとか、人を生き帰したりなどという非常識な方向に力を使わないでおきたいからね。

彼は姫神神社に向かっている途中で、QCDの画面を見ている。多分、レイン君からの返信が来たのかもしれないわね。

あたし達は途中にあるスーパーに寄って、食材とお酒、線香を買って目的地に向かう。

この間はあたしの気持ちが彼に伝わっている気がした。あたしの「大好き」という気持ちが。




姫神神社――あたしが当主を勤めているここはあたしと護が生まれた場所でもあり、あたしの両親と未来さんの葬式が行われた場所でもある。

あたしの思い出がたくさん詰まっている本殿を修復している。これであたしが使える錬成魔法の回数はあと三回。錬成魔法は一日にたくさん使えるわけじゃない。一日五回、これが使える限度だ。

本殿を修復している途中で、彼が士さんに話しかけているところを見かけた。

「美味いか親父。三時間ぐらい放って置いてしまってすまないな」

「…………」

返事をしてほしい。それが例え叶わないと知っていても……。彼もそう願っているに違いない。だって、たった四年間しか一緒に過ごしていないあたしがそう感じるのだから、十年間一緒に過ごしてきた彼がそう感じないとおかしいから。

彼は失ったもの、大事なものを必死に取り戻そうと足掻いた。例えそれが許される行為ではなくても……。

そういう意味では護も士さんも同じだったのかもしれないわね。

だからあたしは自分の力を誰かのために使おうとしているのかもしれない。世の理を壊さない程度に。

あたしはそんな風に自分の力を使いたい!

そこまで思って、今あたしがここにいる理由を思い出し、

「護、修復終わったよ。最期の別れは済んだ?」

「ああ。始めよう」

その一言が合図となって、あたしは魔法で簡単な葬式の会場を創り出す。士さんはもう棺におさめた状態で会場と一緒に出てくる。彼の遺影が未来さんと二人きりで写っている写真で、それがとても印象的だった。

あたしは彼に最期の言葉を語り始める。

「士さん、あたしに魔法を教えてくれてありがとうございます。あなたには伝える事なんて、絶対にできないくらいの感謝の気持ちでいっぱいです。今のあたしがあるのも、あなたのおかげです。だから……絶対に……天界で……未来さんと……幸せに……過ごして……ほしいです。」

雨が止まなかった。必死で何とかしようとしているのに、そう思えば思うほどあふれ出してくる。護はあたしの気持ちを理解しているのか「泣くなよ」と声をかけてはくれない。それは慰めでしかなく、決して優しさなんかにならないのを彼は知っているから。

それでもかまわずあたしは、

「あたしは……さよならなんて……絶対に言いません! また……どこかで……会える事を……信じています。今まで……本当に……ありがとうございました!」

死んだんだという実感がわかない。起きてまたどこかにいくんじゃないの? と思うけれど、見る限りそれが起きたら奇跡としかいえない。

護はあたしの隣で何を考えているのかが気になる。彼は少し考えてから、

「今までありがとう、親父。どうか達者で」

あたし達は士さんの冥福を祈る。

黙祷を捧げること一分。あたし達は会場を出てから「スクエア」を張ってから、「フレイア」で会場ごと燃やす。遺影、とって置けばよかったわ。轟音と共に燃え上がるそれを見てから少し後悔する。

一時間くらいしてから、全焼した会場の址に士さんの骨だけが遺っている。あたしは魔法で彼の骨を容れるための壺を創る。あたしはそれに遺骨を容れていく。後から護も容れていく。あたしの頬にはまだ、雨が振っていた跡が残っていて、それを拭う気が起きない。骨を容れている途中で、

「巫女兎」

「なに、護?」

「人はどうして弱いんだろうな?」

「知らないわよ、そんな事。でも、一つだけはっきりしている事があるわ」

そんな事分からない。だけど、ちっぽけなあたしが知っている事が一つ。

あたしは遺骨を容れる作業を中断せずに彼のほうを向き、純度二百パーセントスマイルで彼の問いに答えてあげる。

「繋がりがないと生きていけないからよ。あたしだって、護という繋がりが、レイン君という繋がりも、アスカっていう繋がりも大事なものだよ。だけどね、その中でもあたしは護との繋がりが一番大事なの。あたしのたくさんある繋がりの中で一番」

「ありがとう、巫女兎」

あたしは士さんが未来さんとの繋がりを消したくないから、非人道的なやり方をしてでもあたしの力を覚醒させようとしているのを本人の口から聞いている。

あたしは気付いてほしかった、繋がりは絶対に消せないということに。それを断ち切るということは、一緒に過ごした想い出も抱えた思いを消去するのと同じことだから。

あたしと彼は遺骨を壺に納め終わると、食材と共に次の目的地に向かって歩き出した。




歩く事三十分。

あたし達は「信条家之墓」の前にいる。その間会話は一回もしていない。彼は遺骨をお墓の中に入れようとするけど、その表情が暗い。だからあたしは、

「ほら、護。笑って送りましょ? その方が士さんも幸せだからね」

彼はあたしに遺骨を預けるとそれを入れるために作業を開始する。あたしにはやる事が無いから、隣の「姫神家之墓」で両親に士さんが死んでしまったことを報告する。

報告してから隣を見てみると作業が終わったみたいだから、

「はい、これ」

彼は遺骨を収めるとふた(?)を閉める。彼が墓石に水をかけ、あたしが線香に火をつけお供えし、彼がお酒を二缶お供えする。

その後二人で合掌する。あたしは未来さんとの生活を天界で楽しんできてほしいと願いながら・

あたしは用件が終わったから踵を返そうとして、

「巫女兎」

呼び止められる。「早く帰ろう」と言おうとしたけど、とてもそれが言える雰囲気ではなかったから、

「なに、護?」

会話の流れがさっきと同じ。違うのは場所と時間だけ。

彼はすごく言いにくそうな顔をしている。なんかものすごく葛藤してるみたいだわ。十分くらい経ち、ようやく意を決したのか、



「好きだぜ、愛してる」



あたしの世界がフリーズした。さっきまで見えていた世界が全て霞んで見え、聞こえていた音が全部聞こえない。さっきまで動いていた身体が言う事を聞かない。動かしたくても今まで自分がどういう風に身体を動かしていたのかが思い出せない。

じゃあ、ネックレスに彫ってあった「M.S.」というイニシャルは「護、信条」の事だったの!

頭の中はさっき彼が言ったセリフがリフレインするだけ。

両思いという現実がどんなプレゼントよりも嬉しいプレゼント。

だけど、不安に思った。もしかしたら、あたしの後ろにいる人に言ったのかもしれないわ。

だからあたしは周りを見渡す。時間的にもう夕焼けが闇に包まれる頃、そんな時間にここにいるのはあたしと護だけ。だから彼はあたしに、

「そんなにあたふたするなよ。お前以外誰もいねぇよ」

「返事! あとでもいい?」

「もちろん」

あたしは情けない。それ以上なんていえばいいの?

彼はあたしの手を取り、そっと歩き出した。




あたし達が家に帰ってきてから十分後、家の中には、

「兎が誕生日だから仕方なく来てやったわよ」

「巫女様が作るご飯が食べたかったので、来てしまいました」

今一番会いたくない人物がいた。

その他には、レイン君、アスカ、スカイ君といつものメンバーがそろっている。あたしは食材をキッチンに運んで、

「アスカ、一緒に作らない?」

「作る! 教えて、巫女ちゃん」

親友と一緒に調理を開始する。でもその前に気になることが一つだけある。

護は帰ってきてすぐお風呂場に向かったから、多分お風呂を洗ってくれているわ。問題はそこにあるわけじゃない。ここからが問題。彼がお風呂を洗うということは、汚れたシャツを脱いで、洗濯機の中に入れるということ。

あたしが言いたいのは、彼が士さんの血がついたシャツを洗ってしまう可能性がある。そうなる前にシャツを回収しなければいけない。

だから、心配してお風呂場に行ってみると彼が洗濯機のスイッチを押そうとしていた。あたしは慌てて、それを阻止する。そのあと彼を叱かる。

「この血は士さんが唯一遺してくれたものだからダメに決まってるじゃない!」

何考えているのよ! 士さんは物を遺さない人だから写真だってろくに残っていないし、遺品も何もないのに!

すぐに、あたしはキッチンに戻り魚を捌き始める。捌く魚は鮪、鮭、鯛、鰤の四匹。この四匹を丸々買ってきたわけじゃないからね! そんなことしたら処理に困るじゃない!

あたしはアスカにお吸い物の作り方を教える。沸騰したお湯に麩などの具材をいれ、塩や醤油などの調味料をいれる。

あたしは告白した相手をこうして支えていくんだなって改めて思い直す。

あたしは彼の笑顔を思い浮かべながら、ひたすら料理を作っていく。




「夕食ができたさ~~~~」

親友の元気な一言で護とスカイ君が食事を取りに来る。ここはあたしと護しか住んでいないから、何事も二人で協力してやっている。たった二人でこの広い家を支えているのだから、分担しないと成り立たない。だけど、あたしはできるだけ家事を一人でやっている。あたしが好きでやっている事だから、できるだけ彼にやらせたくないというのが本音。

スカイ君がお皿を並べて、護が箸を出す。あたしはその間、ご飯を茶碗によそっている。アスカはアスカで自分が作ったお吸い物を取り分けている。

スカイ君と護が運んでくれる中、レイン君は席についているだけだし、美生はテレビを見たままじっとしている。はっきり言って迷惑。ここにいるいじょう、家のルールに従ってほしい。郷に入るもの業に従えって言うからね。

あたしが全員分のお茶を準備しているときに、

「俺はお客として来てるんだ。お前の家のルールに縛られる必要なんてどこにもない」

「っ!」

いくらなんでもそれはないわ。確かにレイン君の言うことも一理あるのかもしれないけど、それを言われた立場になってほしい。かなりムカついてくると思うから!

美生は護と何か話している。内容までは聞こえないけど、楽しい話ではなさそうね。

あたしはアスカと協力してお茶をテーブルに並べる。そしたらスカイ君が、

「並べ終わりましたから、いただきましょうか?」

「そうだな、ジース。早く食べるか!」

護の意見は皆も同じだったみたい。だから、

『いただきます』

と口をそろえて、食事を開始する。

あたしは驚いた。何に驚いたかというと、レイン君が捌いた刺身を茶碗の上に乗せて、醤油をかけて食べている。これじゃあ、刺身じゃなくて海鮮丼。

「美味いな、姫様が作った料理は。どの魚も新鮮だ」

「てめぇ! 巫女兎が作った料理に何しやがる!」

彼が激怒してくれたのはありがたいけど、あたしはただ苦笑いを浮かべるしかなかった。食べ方は人それぞれだから……。でも、素直にあたしが作った料理を美味しいと言ってくれたのは素直に嬉しい。

あたしが作った料理の味をほめてくれた。それはまだ第一関門に過ぎない。あたしが作った料理よりも、

「ウチが作ったお吸い物はどうなの? アーク」

彼女が作ったお吸い物の味が気になる。あたしが味見したときはとても美味しかった。だから意見が聞きたいけど、護やスカイ君だとほめる事しかしないし、美生に聞けば絶対に喧嘩になる。だから消去法で彼しかいない。

「もう少し、塩があってもいいんじゃないのか、これ? でも、美味いから許す」

大声で「やったぁぁ!」といい、あたしとハイタッチ。好きな人にほめてもらったのだから喜び二倍、幸せ二倍のはず。

嬉しさを分かち合ったあと、彼女が改まった表情をして正座をし、

「巫女兎師匠! どうか、この惨めなウチに料理を教えてください!」

全力で土下座。

ちょっと、これどうすればいいの!?

何もそこまでしなくてもいいけど、どうすればいいのか分からない。だから、周りに助けを求めるけど、反応なし。

やっと口が開いたと思えば、

「なぁ、結局お前はどうするんだよ?」

「今も悩んでいるわ。でも、長く悩むつもりはないから、明日か明後日くらいに決着をつける。私がここに来たときは兎の弟子になるっていう方向でよろしく」

「そうかい。なら、そん時はよろしくな」

何の話をしているのか分からない。この、困った親友をどうにかしてほしい。そこまで思ったところで美生が何かを思い出したという顔をして、

「言っとくの忘れてたけど、兎の部屋の壊れた窓、修復しておいたわ」

「あんたにお礼を言うのは嫌だけど、一応ありがとう」

仕方なくアスカはスルー。美生にありがとうというのは尺だった。しかし言わないと納得がいかないから、「一応」をつける。この言葉がついたときは照れ隠し。恥ずかしいけど、何も言わないよりかはまし。

あたしは護と二人きりの食事もいいけれど、こうして皆で食べる食事もありだと思う。その事がたまらなく嬉しかった。

あたしは普段なら絶対に言わない相手からのジョークが面白くて笑ってしまう。

あたしの正面にいる人が幸せだと感じてくれるなら、それでいい。だってそれがあたしの幸せだから。


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