護 零
序章
禍はいつだって前触れなくやってくる。
そのことはこの世の中共通で、誰も逃れることができない。
俺だって、八年前に母親を亡くしている。その原因は、彼女が俺の目の前で事故に遭ってしまったから……。
父親は彼女が亡くなってすぐにいなくなってしまった。いわゆる、蒸発というやつだ。
今この家に住んでいるのは、俺ともう一人。
挨拶が遅れてしまったな。俺の名前は信条 護。
剣の鍛練が好きで毎日やっている。
これをやらないと一日が始まらないし、気合が入らない。
「なぜ、そこまでやるのか」と疑問に思っている人のために説明しておくと、俺の家では代々一本の刀が受け継がれる。母親が持っていたその刀は俺が持っているが、未だにぬくことができない。まぁ、小さい頃からやっている鍛練は俺としては習慣なんだけど……。
端的に言えば、この刀を抜いて扱えるようになるためにやっている。
そんな俺には好きな人がいる。しかし、何かと俺に絡んでくるから、少し困る。
「はっ!」
練習用の木刀をしっかり構え、まっすぐ突く。
これを千回繰り返すと抜刀術の練習に入る。
木刀を左腰の位置に鞘にしまう感じで構え、素早くそれを抜く。
当たり前のようにこれも千回ほどやり、慣れてきたらダッシュしながら同じ動作を繰り返す。
斬と突。
この二つの動作を毎朝厭きるまでやる。
朝の六時くらいからやり始め、二時間くらいたってから木刀をしまいに行く。
それが俺の日常。
八年前から変わらない唯一のものだ。
木刀をしまいに行こうとすると、俺の同居人が出迎えてくれる。
「お帰り、護。毎朝やってて厭きない?」
「厭きねぇよ。それこそ、巫女兎が毎日巫女服を着るのと同じだ」
巫女兎と呼んだ少女のフルネームは姫神 巫女兎。
服装は巫女服か小袖の二択しかない女の子で長身。艶のある長い黒髪に、吸い込まれてしまいそうな黒い瞳をしていて、出るところは出ていて締まるところは締まっている。性格は……争い嫌いの優しい奴かな?
彼女も俺と同じで親がいない。
彼女の母親は出産と同時に他界。父親は彼女が六歳の頃に事故に遭い他界してしまった。
だから、俺の両親がいなくなるまでは一人の家族として暮らしていた。
いなくなってからは完全に二人きりになってしまったけれど。
それでも俺は幸せだ。
「朝ご飯できてるから早く食べましょ?」
「先に風呂に入ってきていいか? 汗たくさんかいたから、入りたくて仕方ないんだよ」
「なら、二十分だけよ。それ以降は待たないからね!」
「分かった。できるだけ早く済ませてくる」
お腹が空いていたから朝ご飯が先でも良かったんだけど、汗を何とかしたかったから巫女兎には悪いけど先に入浴させてもらう。早く上がってゆっくり朝ご飯が食べたい。
風呂から上がるとちょうど、巫女兎に出くわした。
そのまま一緒にリビングに行っている途中で、
「護はあたしの事どう思っているの?」
いきなり直球質問が飛んできた。俺を見つめている彼女はいつもより可愛く見える。その質問にはどう答えればいいのか分からない俺は、
「ただの幼馴染だ。それ以外のなんでもないだろ?」
彼女は「そうだったのね。護にとってあたしはただの幼馴染か……」と当たり前の事を言っていた。
正直、俺の頭の中はお腹が空いていたから、朝ご飯の事でいっぱいだった。だから、気にしている余裕もない。
なんでもないこの日常がとても愛しく、護りたいと思う。
俺は目の前にいる女神を守れる強さを手に入れたいと改めて思った。