第8話:桜道組は良い奴の集まりでした
放課後の「すいーつ道」は、いつもどおり甘い匂いに包まれていた。
リツとユウがカウンター席で教材を広げ、アキラは厨房を出たり入ったりしながら落ち着きなく様子を窺っている。
「……なんか今日、やけにザワザワしてねぇ?」
「そりゃそうだよぉ。あそこ見てごらん?」
ユウが示した先には、たくさんの子猫や犬がいる。
理由は簡単。舎弟たちが捨て猫や迷い犬を拾って来たので、元の飼い主や里親を探すため一時的に保護して来たのだ。
数時間前――
「すみません、リュウジさん! 飲食店に動物を連れて来るのは良くねえって わかってるんすけど…」
「どうしても…この可愛くて可哀想な顔を見ていたら放っておけなくって!」
「俺ら、こいつらの居場所をすぐに見つけるんで、お願いします! 少しの間だけここに置いてやってください!」
舎弟たちは可愛いものに弱かった。
「ああ! 許可しよう!」
「ありがとうございます!!」
そしてまた、組長も可愛いものに目がなかった。
こうして、すいーつ道は一日にして猫カフェ状態になったのだった。
ーーーーー
そんな折、客が慌てて入ってきた。
スーツ姿の中年男性で、何やら大慌てで店を出ていく。
その直後。
「……財布を忘れておられますよ」
ウメムラがスッと拾い上げた。中身は札束がぎっしり。
「これは……かなり大金ですね。すぐに追いかけて…」
言い終わる前に、彼は人影のように走り去っていた。普段はのらりくらりしたウメムラだが、いざというときの機動力は凄まじい。
数秒後、店の前に戻ってきた彼は、息一つ乱さず報告する。
「無事にお渡ししました。たいそう驚かれましたが、持ち主の元へお届けできて良かったです。」
「そりゃ驚くだろ。どうしたらそんな速く用済ませてくるんだよ……。」
リツが苦笑すると、アキラが真顔で答える。
「いやいや、ウメムラさんがその気になったらこの地域を一瞬で消え去ることだってできますよ?」
「……冗談だよな?」
アキラはただ、何かを想像しながら静かに震えている。
「リツ様、ユウ様、アキラ殿。ブラウニーが焼けましたが、いかがですか?」
「はーい! 僕食べたいです!」
「……あの人、本当に何でもできるよな。」
「はい……。まあ一旦忘れましょ。ウメムラさぁーん! 私も頂きたいでーす!」
ーーーーー
さらにその日の夕方。
商店街の通りで、リュウジが泣きじゃくる幼い子供に声をかけていた。
「……どうしたんだ?」
屈んで目線を合わせると、子供は「まま……いないの……」としゃくりあげる。
どうやら母親とはぐれてしまったらしい。
「わかった。おじさんと一緒に交番へ行こう!」
リュウジは大きな手でそっと子供の頭を撫で、抱き上げるようにして歩き出す。
しかしその様子を遠目に見た通行人たちは、何か勘違いをしているようだ。
「悪人面の人が……子供さらってる?」
「通報した方が良いのかな…?」
ざわざわと誤解の声が広がる。
「おい待て、これは誘拐じゃない!」
必死に弁解するリュウジだったが、低い声と迫力ある顔つきが裏目に出て、余計に怪しまれる。
結局、交番に着くまでずっと疑いの目を向けられてしまい、リュウジはぐったりと肩を落とした。
「どうして俺が悪人扱いされるんだ…?」
しかし、子供は無事に母親と再会し、涙ながらに感謝されて事なきを得た。
「おじさん、ありがとう!」
「娘がお世話になりました! ありがとうございました!」
「おう。 気を付けてな!」
(……まあ、良いか!)
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一方その頃。アキラの耳に鋭い悲鳴が届いた。
「キャー! ひったくり!」
走り去る影を見つけると、体が勝手に動いていた。
一瞬で逃走犯の前に回り込む。反射的に男の腕をねじり上げ、地面に叩きつける。
「財布も返してくださいね。」
地に伏した男は青ざめて財布を差し出す。荷物を持ち主に返したアキラは、その場を離れた。
突然、彼女の胸にざわめきが起こった。
(……父さんなら、こういう時どうしただろうか)
強く、冷たく、何より厳格だった父。アキラの武術の原点でもある存在。今は何の任務で出張しているんだっけ。思考の隙間にその影が差し込んだ瞬間――
「久しぶりだな、アキラ。さっきの見たぞ。腕は鈍って無いみたいじゃねぇか。」
背筋に電流が走った。低い声が、路地の奥から響いた。
振り返れば、まだ陽炎のように輪郭の定まらない人物が立っていた。逆光で顔は見えない。けれどその声音を、アキラは決して忘れていない。
「父さん……?」
再会は予想よりも早く果たせたようだ。
読んでくださってありがとうございました!
明日の21:00に9話を投稿するので、そちらも読んで頂けると嬉しいです!