第5話:若様は秘密主義でした
リツは子供の頃、困っていることがあった。
――父であるリュウジが心配症すぎることである。
「なあ、やっぱり危ないんじゃないか?ちょっとくらい護衛を付けて歩いても良いだろう。お前は桜道組の若なんだし……」
外に遊びに行くときでも、買い物に出かけるときも、学校へ向かうときでさえリュウジはボディガードを付けたがる。
「だから言ってるだろ!周りの人たちにバレたくないんだよ、ヤクザの息子だってこと!護衛なんて近くにいたら、なんて思われるかわからない!」
「そんなぁ〜…」
小学1年生であったリツは、自分が他の子供とは違うことを少しずつ理解するようになっていた。
(幼馴染のユウくんの親も、学校のお友達のお父さんだって、普通の会社員なのに……)
父の側にはいつも舎弟たちがいるし、その大男たちを従えている。そして、リュウジが少し怖い仕事をしているのだということも子供ながらに感じていた。そのため、周りの人々に知られたくないという思いが強かったのである。
しかし、まさか父がリツと同い年の少女をボディガードとして連れて来るとは、夢にも思っていなかった。
「今日からこの子がお前のボディガードだ。どうだリツ!これで学校に付いていってもバレないぞ!」
「ちょっと待ってよ父さん、もうなにがなんだか……」
「それじゃアキラ、よろしくな!」
「かしこまりました組長!!」
「だめだしっかり教育されてるわ」
それからアキラはリツの学校に転校して来て、本当にリツにずっと付いてくるようになった。外に出かけるときも学校内でも、いつもリツの後ろから付いてきた。
(……俺より背が小さいこんな女の子に、何ができるってんだ。)
出会ったばかりの頃はそう思っていたリツだが、その考え方はすぐに掻き消されることになった。
突然襲いかかって来た敵を片手で放り投げ、後を付けてきた刺客に素早く気付いて戦闘不能にさせるような異次元の強さを持つアキラを、リツは少しずつ信頼するようになっていた。
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そして今に至る。
「リッく〜ん、アキちゃ〜ん!おはよー!!」
「リツさ………リツくん、ユウくんが手を!君に向かって手を振りながら天使の笑顔で駆け寄って来ているよ!!」
「天…なんだって?」
朝の登校時間。ユウとリツ、そしてアキラの3人で並んで歩くのが、ここ数年の習慣になっていた。
「でさ、昨日の試合見たか?」
「見たよぉ!あれは判定甘すぎるよね〜。」
「いやぁ朝から仲が良くてイイねぇあははは」
アキラは相変わらず2人の会話を聞きながらニヤニヤしている。だがリツが怪しまれないよう外ではタメ口で話せと頼まれてから、3人で言葉をかわす機会が確実に増えていた。
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教室に入ると、彼らはそれぞれの席に着いた。
授業が始まってしばらく。先生の声が単調に響く中、リツがふと隣のユウに目をやると……寝ている。
(……おい。真面目に授業受けろよ)
さらに前の席に座るアキラを見ると、ノートに鉛筆を走らせていた。
一瞬だけ「真面目に板書してるのか」と思ったが……。視線を凝らすと、そこには先生でも黒板でもなく、机を並べる二人の男子の絵が描かれていた。しかもやたらと距離が近く、セリフ付きである。
(……やっぱり変だ、この人)
リツは気にするのをやめた。
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昼休み。
校舎裏のベンチに腰掛け、ユウたち2人は弁当を広げる。
「お、卵焼きうまそうだな」
「うんあげないよ?」
そんな軽口を交わしていると、ふと気配を感じて振り向いた。
そこには、校庭の向こうからこっちを見つめるアキラの姿。
何やら両手を組み合わせてぶつぶつ呟いている。
「……あれは、何をしてるんだ?」
「う〜ん……。怖いから放っとこう!」
だが、その時。
アキラの表情が一瞬にして変わった。
にやけた顔から、氷のような鋭さへ。
気づかぬリツとユウをよそに彼女は立ち上がり、木陰にスッと身を隠した。
人目につかない死角――そこに、不自然なスーツ姿の男が潜んでいた。
アキラは袖口に指を滑らせ、そこから細い筒を取り出す。
次の瞬間――「フッ」と小さな音が響いた。
吹き矢。
矢は正確に男の首筋を捉え、数秒後には男はその場に崩れ落ちた。
眠り薬だろう。周囲の誰も異変に気づかない。
アキラは制服のスカートを翻し、何事もなかったように席へ戻る。
遠くから見れば、ただ花びらを拾って戻った少女にしか見えなかった。
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放課後。
リツとユウは笑いながら、コンビニで買ったメロンパンを分け合っていた。
その数歩後ろで歩くアキラは、無表情に携帯を耳へ当てている。
「組長。学校に、椿影組の潜入がありました。」
声を潜めて告げる。
「一人は排除済みです。リツ様とユウくんには気づかれていません。」
『……そうか。さすがだな。』
受話器越しの低い声に、アキラは口元を引き締める。
「敵はすでに学内まで入り込んでます。次はもっと厳しくなるかも。」
そう告げた後、彼女は携帯をしまい、笑顔を作って二人に追いついた。
「ねーねー、何の話してんの?」
「ん、くだらない話だ。」
「リッくんに卵焼き盗まれそうになったんだよ〜!」
「あらまあそれは美味しい状況ねぇ」
「何が?」
「アキちゃんも卵焼き食べたの?」
今は普通(?)の女子高生だが、彼女の背後に漂う気配が本物だということだけは、リツも確信していた。
読んでくださりありがとうございました!