第3話:組長はお茶目でした
最強腐女子が活躍する「日常×裏社会コメディ」!
ウメムラが果物を切っていると、カウンター席にリュウジとアキラが座って来た。『すいーつ道』には家族連れや友達同士で来る客が多いので、もはやカウンター席は桜道組の特等席なのである。
そして最近は、組員達が表に出せない話をする場にもなりつつあった。
「……組長。ずっとお聞きしたいことがあったのですが。」
「奇遇ですね。私もあるんすけど。」
「ん?なんだ?」
2人は、組員達が長年疑問に思っていたその問いを、ついにリュウジにぶつけた。
「……なんで事務所をスイーツ店にしたんですか?」
そう。ヤクザ事務所の表の顔として、スイーツ店を営むんでいることについてだ。居酒屋とか不動産業とか、もう少しヤクザらしい表仕事もあったのではないか。なんでこうなったのか、ウメムラもアキラもそれはそれは気になっていたのである。
だがリュウジの返答は、とても組長らしからぬ内容であった。
「甘い物が好きだからだ…!」
「……へぁ?」
「俺が食べたくなったときに、甘くて美味しい物を食べたいからだ!」
「あたかも真面目そうな顔でおっしゃいましたね。」
「じゃっ、じゃあ!なんで駅前に建てたんですか?人の目に付きやすいし、他の場所より警察にもバレやすいと思うんですけど……」
リュウジは「ギクッ」とでも言うかのように固まった。しかしその後 開き直ったようで、堂々と言い放った。
「駅前の方が…、人気が出ると思ったから!」
「なんですとォ゙!」
「いやぁ、やっぱり駅前じゃないとさ!お客さん来てくれないじゃん?人気のお店にしたかったんだよ、すいーつ道を!」
リュウジは黒スーツに眼光とかいう“いかにも”な風貌をしている。だが仕事関係の真面目な話でないときに口を開けば、まるで近所のおじさんのような軽さである。
「いや、組長……」
――組長が甘党だから。
それが、この異色すぎる立地のすべての理由だった。
ーーーーー
桜道組は、裏社会でも独特のスタイルを持つ組織だ。
主な仕事は武器の流通。だが借金取りや恐喝といった典型的なヤクザの稼業は一切しない。
「借金取り? 怖いじゃん、あんなの!」
組長本人がそう言って笑い飛ばすくらいである。
さらに序列もまた特殊だった。
「実力のある奴を昇格させた方が良くない?普通にさ。」
その一言で、桜道組は“年功序列”ではなく“完全実力主義”となった。
裏社会の常識から見れば異端だが、だからこそ桜道組は短期間で勢力を拡大できたのだ。
「組長がリュウジさんじゃなかったら、この年齢で若頭補佐になることは決してできなかったんでしょうねぇ。ありがとうございます、リュウジさん!」
「アキラの働き次第では、君の親父さんを追い越して若頭に昇格することもできるよ!頑張ってくれ!」
「父さん越えるのはキツいですって!」
---
そんなリュウジには、もうひとつの顔がある。子供にとにかく優しいのだ。
「おーい、アキ!リツ!ユウくん!新作のチョコムース食べるか?」
事務所に顔を出した三人を見つけると、組長は嬉々として声をかける。
高校生の息子リツは「今は勉強中だって」と渋い顔をするが、ユウは遠慮なく「食べます!」と手を挙げる。
アキラも「私も良いんですか?ぜひ頂きたい!」とノリノリで加わった。
「組長、優しいっすねぇ……!いやぁ、推せる!子供にスイーツ振る舞うヤクザ、ギャップ萌えですわ!」
「アキラ、お前は何を言っているんだ。」
リツが呆れた声を漏らす。
とはいえ、リュウジが本気で子供を大事にしていることは誰の目にも明らかだった。
---
やがて夕方になり、すいーつ道は閉店を迎えた。
ユウは「今日はごちそうさまでした!」と元気に帰っていく。
リツも「宿題終わったし、もう帰る」と言って席を立った。
「ところで、少し試したいレシピがあるのですが……」
ウメムラが意味ありげに冷蔵庫をのぞき込む。
「あらぁ、材料が足りませんねぇ?」
そう言ってから、ちらりとアキラに視線を送った。
「……私ですか。」
アキラは苦笑しつつも立ち上がる。
「はい。あなた、夜でも素早く動けるでしょう?」
「そうだよ!俺もウメムラの新作が食べたい!」
「これって部下いじめに入らないんですか?」
「あーあ、腰が痛いなぁ!!」
「わかりましたよもう!行けばいいんでしょ!」
こうしてアキラは、追加の材料を買いに外へ出ることになった。
---
駅前の街は、夜でも人通りが多い。アキラは軽快に歩きながら、心の中で呟いていた。
(よーし、材料ゲットしたし帰ったら……組長のスイーツ談義と、新刊のBL漫画『家庭教師愛♡』を堪能できる! 私のBL供給タイムも確保だ!完璧!!)
しかし、その期待は唐突に崩される。
路地裏に差しかかった瞬間、複数の視線が彼女を射抜いた。
「……あ?」
アキラの足が止まる。
暗がりから現れたのは、見慣れない男たちだった。黒いシャツに無骨な体格。桜道組の者ではない。
「……へぇ。こんなとこで会えるとはな。」
「噂の“刹那の眠らせ屋”、か。」
敵対組――。
アキラは即座に察した。
(マジかよ……!材料の買い出しでスパイに遭遇とか、私の供給タイムどころじゃないじゃん!)
アキラは一刻も早く帰りたくなった。帰って癒やしタイムを楽しみたい。帰りたい。
だが男たちは武器を抜かず、ただ薄笑いを浮かべている。
挑発するように、わざとアキラの行く手をふさぐ。
「……」
アキラは息を整え、冷たい視線を返した。
次の瞬間、街の喧騒が遠のいたように感じた。
敵対組との衝突――それは、すぐそこに迫っていた。
ep.4を明日投稿するので、そちらも読んで頂けると嬉しいです!