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第19話:ファミリーへの憧れでした

 まだ「影纏う絶刀」と呼ばれる前――幼いヤトウには、温かい家があった。

 父は椿影組の組長として厳しくも誇り高く、母はそれを支える穏やかな女性だった。


 父はよくヤトウを膝に乗せ、将棋を指した。

 母はヤトウの小さな手を取り、笹の葉で舟を編み、水辺に流して遊んだ。


「ヤトウ、強くなれ」

「ヤトウ、優しくあれ」


 二人の言葉は相反するようでいて、子供の心に温かな灯火を残していた。

 ヤトウにとってその日々は、何よりも大切な宝物だった。



 だが、幸福は長くは続かなかった。

 椿影組を敵視する組の襲撃。父も母も、ヤトウの目の前で無惨に殺された。


 血に染まる畳。

 伸ばした小さな手に、もう二人は応えてくれなかった。


「どうして……どうしてなんだ……!」


 絶望に打ちひしがれる中、少年の中に燃えるものがあった。

 復讐。

 父の教えた刀の技と、母の残した優しさを歪んだ形で重ね、ヤトウは刺客を探し出し、斬り伏せた。


 復讐を果たした後も、虚しさは消えなかった。

 残ったのは、深い孤独だけだった。



 年月が経ち、青年となったヤトウは裏社会で頭角を現した。

 だが孤独は変わらない。

 彼を恐れて従う者はいても、心から笑い合える仲間はいなかった。


 そんな時――桜道組の噂を耳にした。


 ただの任侠団体ではない。

 家族のように寄り添い、仲間同士が冗談を飛ばし合い、時に本物の親子のように支え合っている組。


「家族同然……か」


 胸がざわめいた。

 幼い頃に失った日々を思い出す。

 無意識に、強く惹かれていた。


「ならば……桜道組を俺のものにすればいい」


 歪んだ結論。

 奪うことでしか、ヤトウには近づき方が分からなかった。

 その時から彼の野望は形を取り始めたのだった。



 そして今――。

 桜道組組長・リュウジに敗れ、床に仰向けに倒れる夜刀。


 だが、リュウジは手を差し伸べるように告げた。


「これからはビジネスフレンドだ!」


 思わず、夜刀は笑ってしまった。

 力でねじ伏せられることは慣れていた。だが、敵にそう言われたのは初めてだった。


「……友達、か」


 口に出してみると、胸の奥が温かくなる。

 思い返す。

 カゲロウやツバサはずっと傍にいて、自分を慕ってくれていた。

 カゲツも、頼られることで安堵した顔を見せていた。

 彼らは血のつながりこそなくとも、自分を「居場所」として受け入れてくれていたのだ。


「俺はずっと独りだと思っていたが……」


 視線を天井に向け、ヤトウは苦笑する。

 記憶の底に沈めていた両親の笑顔が、ふと浮かんだ。


「ハハ……それは勘違いだったみたいだな」


 仲間がいた。

 慕ってくれる者がいた。

 そして、今は敵だったはずの桜道組までもが、手を差し伸べようとしている。


 孤独に縛られていた心に、初めて光が差すのを感じた。



 戦いは終わった。

 桜道組と椿影組の関係がどう変わるのかは、まだ誰にも分からない。

 だがヤトウの中で確かに変化が芽生えていた。


「ファミリー……俺も、そう呼べる日が来るのだろうか」


 呟きは夜の静けさに溶けた。

 だがその響きは、もう孤独の叫びではなかった。

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