第15話:バッドエンドなんて嫌です
その日の藤吉家は、珍しく静けさに包まれていた。
桜道組の護衛の仕事もなく、アキラは自室でゴロゴロしていた。ベッドに寝転びながら、手にしているのは分厚いBL漫画の単行本。
「………グッジョ…!」
目の前に広がる夢の世界にひとりで感動していると、唐突にドアがガラリと開いた。
「アキラァ! 出かけるぞ!」
「ぎゃあああああああッ!? ちょおっと待って父さぁぁーん!!」
アキラは慌てて漫画をベッドの下に突っ込むと、デリカシーの無い父親に全力で怒鳴りつけた。
「ノックしてから入れっていつも言ってんだろッ!!」
だがタイガは、まるで気にしていない様子で満面の笑みを浮かべていた。
「久々に親子で出かけよう! 今日休みだしな!」
「……は? 親子で? 出かける?」
「そうだ! 遊園地だ!」
「……はぁぁ!?」
アキラは頭を抱えた。高校生にもなって、父と二人きりで遊園地……。そんなのやだ。家に引きこもっていたい。
だが、タイガの瞳は妙にキラキラしていて、あまりに純粋な期待に満ちている。
(…うげ、断りにくぅ……)
「……わかったよ。でも絶対知り合いに会いたくねぇな……」
ーーーーー
到着したテーマパークは、休日らしく人であふれ返っていた。アキラは腕を組み、あからさまにぶすっとした顔をしている。
「15才になって父親と遊園地って……。なんてロマンの無い外出なんだよぉ…」
しかし次の瞬間、タイガが買ってきたチュロスを手渡されると、思わず目が輝いた。
「アキラ、これでも食え! 今日は遊ぶぞ!」
「うわ、懐かしい……! チュロス、子どもの頃よく食べたな!」
齧った瞬間、口の中に広がる甘さとシナモンの香り。アキラは無意識に笑みを浮かべていた。
さらにジェットコースターに乗れば「キャー!」と叫びながらも楽しんでおり、射的やお化け屋敷でもすっかり童心に返っている。
「なんだかんだ言って楽しんでんじゃねーか!」
タイガは満足そうに笑う。久々に娘とこうして過ごせる時間が、彼にとっては何よりの宝物だった。
ーーーーー
昼過ぎ。二人がアイスを食べながら歩いていると、不意に背後から声が掛かった。
「……コウジ?」
タイガの表情が一瞬で引き締まる。振り返った先に立っていたのは、鋭い目をした男だった。
「……久しいな! コウジとまさかこんな所で会えるとは!」
アキラはきょとんと目を瞬かせる。
「ちょ、ちょっと待ってください。父さん、今コウジって呼ばれなかった?」
「……あー……」
タイガは頭を掻き、気まずそうに笑った。
「父ちゃん、椿影組でスパイしてるときはコウジでやってたんだ」
冷ややかな笑みを浮かべるその男の名は、椿影組若頭・“終幕のツバサ”。
「はぁぁぁ!? そんな大事なこと今さら!? しかも敵幹部に呼ばれてんじゃん!!」
アキラの叫びをよそに、ツバサの瞳には陰が宿っていた。
「……俺は、初めて友達ができたと思ってたんだ。けど、お前はずっとスパイだったってこと、前に組長から聞いた。」
その声には、寂しさと怒りが入り混じっていた。
「ツバサ……」
「なあ、コウジ。お前、本当に桜道組なんかに仕えてていいのか? 椿影組に来いよ。俺と一緒にやろう」
その誘いは真剣だった。だが、タイガは首を横に振る。
「悪いが、俺は裏切れねえ。若い頃から世話になってきた桜道組を捨てるわけにはいかねぇんだ」
その返答に、ツバサの表情はさらに曇る。
そんな重苦しい空気を切ったのは、唐突に様子が変わったツバサの声だった。
「ああ! 君! めっちゃ仕事早い子! 思わず俺が名前つけた“刹那の眠らせ屋”ちゃんだ!」
「……え?」
狐につままれたような顔をするアキラ。次の瞬間、ぱぁっと顔が輝いた。
「えっ!? あなたが付けてくれたんですか!? ありがとうございます、この二つ名めっちゃ好きなんですよ!」
「お、おい……」
タイガが呆れるのも構わず、アキラとツバサは名前トークに花を咲かせる。
「いやぁ、あの時の護衛任務での動き、速かったからさ。気付いたら勝手に口から出てたんだよ」
「やっぱセンスありますね! というかその時見てたんですか?」
「うん、敵組織の観察は大事って教わったから!」
「いつの間に見られてたのが判明して怖い! でも名付け親に会えて嬉しい! 複雑ぅ!」
父娘の緊張をよそに、なぜか盛り上がるアキラとツバサ。だがその後、タイガが静かに説明を加えた。
「……ツバサの二つ名、“終幕のツバサ”の由来、知ってるか?」
「え?」
「こいつと敵対して、生きて帰った者はいない。つまり、“彼に出会ったら全てが終わる”って意味だ」
アキラはごくりと唾を飲み込んだ。先ほどまで気さくに笑っていた男が、実は恐るべき死神であることを思い知らされる。
ツバサはそんな二人を見つめ、ふっと口元を歪めた。
「君たちを僕の家に招待するよ! いや、というか……来ることになるんだ」
「……どういう意味だ?」
タイガが警戒を強める。ツバサは楽しげに片目を細めた。
「だって、“なくしもの”は僕たちが持ってるんだもん」
意味深な言葉を残し、ツバサは背を向けて去っていく。残されたアキラとタイガは、その言葉の真意を測りかねていた。
次の瞬間、タイガの携帯が震えた。ウメムラから連絡がきたようだ。
「……なんだ?」
通話ボタンを押した瞬間、タイガの顔色が変わる。
『……リツ様が……誘拐されました』
「……なに……?」
背筋に冷たいものが走る。アキラも息を呑み、父の顔を見上げた。
さっきまでの遊園地の明るい喧噪は、一瞬にして遠い世界のものになっていた。




