第12話:ウメムラの思い出語りでした
なるべく毎日21:00〜22:00に投稿しようと思っていたのですが、遅れてしまいました…(ᗒᗩᗕ)
自分の目標を達成できないことが確定しましたが、よろしければ読んでいってくださると作者が喜びます……!
カウンター越しに、甘いクリームの匂いが漂っていた。
夕方の「すいーつ道」には珍しく客がなく、厨房の前にウメムラ、アキラ、そしてリツの三人だけが残っていた。
だが、空気は重かった。
先日の狙撃事件――ユウまで標的になったという事実が、二人の心を曇らせていた。
リツは椅子に腰掛け、視線を落としたままテーブルに指先で小さな円を描いている。普段は凛としている彼の表情から覇気は失われ、どこか弱々しい。
アキラも腕を組み、壁にもたれかかって唸るように息を吐いた。
(……私だって見てて辛いよ。リツ様がこんな顔してるの、久々だ)
「……結局、オレのせいでユウまで巻き込んじまったんだ………。」
リツの呟きは重く沈む。
アキラは一瞬口を開きかけて、言葉を飲み込んだ。軽い慰めでは届かない気がしたからだ。
そのとき、黙ってコーヒーを淹れていたウメムラが口を開いた。
「悩んでいるだけでは、何も解決しませんよ」
低く落ち着いた声。カップを二人の前に置き、ウメムラは椅子を引いて腰掛けた。
「整理しましょうか。今までにわかっている敵の情報を」
ーーーーー
テーブルに三人が向かい合い、状況を一つひとつ確認していく。
アキラが両手を組んで語り始める。
「まず、椿影組。あそこは桜道組の古くからの敵対勢力で、裏でなにやら人員を回してる。ここ最近、急に動きが活発になったのは確かです」
リツが頷きながら続けた。
「幹部が動いているのも分かってきたな。“真打ちのカゲロウ”……それと“無明のカゲツ”。二人も現れたらしいじゃないか。」
その名が出た瞬間、ウメムラの表情がわずかに変わった。
瞳の奥が鋭く光り、頬に刻まれた皺がぐっと深くなる。
リツはそれに気づき、思わず身を引いた。
「……ウ、ウメムラ?なんか怖いぞ……? どうしたんだ?」
アキラも珍しそうに目を細める。
「今までのウメムラさんと雰囲気ちがいますね……」
ウメムラは静かに視線を落とし、やがて苦く笑った。
「……ああ、申し訳ございません。少し、昔を思い出してしまいまして。」
「昔?」
リツが問い返すと、ウメムラはカップを指先で軽く回しながら語り出した。
ーーーーー
「今でこそ桜道組にお世話になってますがね。私、若い頃は裏社会でフリーの“仕事人”をしておりまして」
「えっ!? ウメムラさんが? あのほんわかパティシエが!?」
「依頼を受ければ、護衛も暗殺もやった。危ない橋を渡って稼ぐ、まぁそういう稼業です。……そして、そのときに顔を合わせたのが“カゲロウ”でした」
リツが息を呑む。
「……敵だったのか」
「というかウメムラさん、以前は結構暴れてたんですね。」
「あの男もまだ若かったが、群を抜いて腕が立った。倉庫街で依頼人を守っていたとき、奴が斬り込んできたのです。」
ウメムラの眼差しが鋭くなる。
「刃を交えたが……決着はつかなかった。私の戦法も通じず、互いに傷を負って引き分け。正直に言えば、私が唯一勝てなかった相手です」
その告白に、リツもアキラも言葉を失った。
いつも冗談を飛ばし、のんびりと菓子を焼いているこの男がそんな過去を背負っていたとは。
「……じゃあ、今もその因縁が残ってるってこと?」
アキラが問うと、ウメムラは眉を下げた。
「因縁というより、負けたまま放り出した“勝負”ですな。あの目だけは、今も忘れられません」
アキラは腕を組み直して、口を尖らせた。
「これって……ウメムラさんが負けず嫌いで悔しい思いをしたから、カゲロウを勝手に敵対視してるだけ?」
「アキラ殿、歯を食いしばっていてくださいね?」
「図星でしたか本当すいませんでした血の気抑えてください振りかざした拳を下げてくださいお願いします」
リツが慌てて二人を見比べた。
「やめろよ……!でも、ウメムラがそんなに強い人だったなんて……ちょっと安心したかも」
ウメムラは苦笑しつつ、黙ってコーヒーを啜った。
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重く沈んだ空気を切り替えるように、彼は突然、リツへと向き直った。
「……リツ様」
「ん?」
「毎年、ユウくんと夏祭りに行ってましたね。今年も誘って行くといい。」
思いがけない提案に、リツは目を瞬かせた。
「……こんな状況で?」
「だからこそです。」
ウメムラの声は柔らかく、しかし力強かった。
「不安を隠してばかりではユウくんも気づきます。むしろ、いつも通りを見せてやることが大事でしょう。もちろん我々は護衛につきます。アキラ殿は近くで警備役。他の組員も、ユウくんに悟られぬ程度に距離を取りながら周囲を固めましょう」
リツはしばらく黙っていた。だがその顔に少しずつ明るさが戻り、やがて静かに笑った。
「……そうだな。オレが暗い顔してたら、ユウはきっと余計に心配する。ありがとう、ウメムラ」
アキラも大きく頷いた。
「いいですね、それ! 若様とユウくんと一緒にお祭り行けるなんて最高じゃないですか! …ああぁ、やっぱり恐れ多いかも………。」
「最後の言葉、なんなんだよー?」
ウメムラはふっと笑った。
「……やれやれ。これで少しは気が晴れましたかね。」
カウンターに残った三人の笑い声が、夜の店に静かに響いた。
だがウメムラの胸の奥には、まだ拭えぬ影が残っていた。
(……カゲロウ。次に会うときが来れば、今度こそ決着をつけねばならんだろう)
夏祭りの賑わいを前にして、裏社会の因縁が再び動き出そうとしていた。
読んでくださりありがとうございました!




