第10話:幹部2人目とかやめてくれません?
すいーつ道の控え室。
アキラは一人ソファに寝転がり、スマホを手にバトルアニメを流していた。主人公を庇って怪我を負った戦友と、そんな友の姿を見て自分を責める主人公。
「なんかイイなぁ…。」
何が? 今結構シリアスなシーンだよ?
「……よーし。同志たちが手がけている、二次創作のBL漫画を調べていこうじゃないか!」
彼女は頬をゆるめ、指先でキャラ同士を並べてスクショを保存する。
「もう付き合っている世界線で、戦友くんには受けでいて欲しいなぁ……。主人公がめっちゃ好き好き言ってくる感じの…作品は……。」
すぐさま検索アプリを開き、「○○×△△」と打ち込み始める。
「おっ、あるある! うわ、表紙だけで既に尊い〜っ…」
そんな夢見心地の妄想をしながら、画面に顔を近付けていると――。
ふいに、背筋を撫でる冷たい感覚が走った。
空気の温度が一段下がったような、張り詰めた圧。
「……っ」
アキラは咄嗟に顔を上げる。
同じ頃、厨房でケーキを仕上げていたウメムラも、ぴたりと動きを止めた。
「……この気配は…!」
アキラはそっとスマホを伏せ、控え室を抜けて厨房へ入る。
他の仲間たち――リツやユウ、そしてのんびりケーキを食べている客たちは何も気づいていない。
「敵の視線、ですね。」
「はい。……でもぉ、せっかく良い漫画見つけたとこだったのに〜。」
小声でぼやくアキラに、ウメムラは小さく苦笑する。
「……アキラ殿、お客様方を護らねばなりませんから、どちらかはここに残るべきです。あなたはどう致しますか?」
アキラは肩を竦め、だが目だけは鋭く細める。
「ウメムラさんは残って、万が一の時にここの人達を護ってあげてください。私が行って来るんで!」
ーーーーー
夜の街。
アキラは店を出て数分、人気のない路地へと足を進めた。
ひんやりと湿った空気。誰もいないはずなのに、確かに視線が絡みつく。
「……出てきてくださいよ。どうせ隠れる気なんてないんでしょ?」
その言葉に応えるように、電灯の下へ二つの影が歩み出た。
一人は鋭い笑みを浮かべた男――“真打ちのカゲロウ”。
そしてもう一人、長い外套を翻しながら、無表情のまま立つ男――“無明のカゲツ”。
「また会ったな、小娘」
カゲロウが口端を吊り上げる。
「ふ〜ん、今回はお友達も連れて来られたんですか………ッ!」
アキラは一瞬も隙を作らず、指先に忍ばせた麻酔針をすばやく投げた。
しかしカゲロウは伸ばした指先で針を摘み、カランと地面に落とす。
「フン、芸が細かいじゃねえか。」
「……お友達…。俺達、お友達なのか?」
「……お前がそう思うんならそれで良いと思うぞ。」
「わかった。」
カゲツは無言のまま、一歩前に出る。
「さあ眠らせ屋、今日はお前を」
「御二人の関係、詳しくお聞かせください!」
(ただ煽るつもりで『お友達』とか言っただけなのに、直後の会話が思った以上に私好みだったぁー!)
アキラはカゲツの話に割って入り、……………
敵の情報を聞き出した。そうだ。これは情報を聞き出しているだけで、脳内でBLに変換された2人の会話に興味を持った訳では無いのだ。……多分。
「……俺らは2人とも幹部。椿影組の若頭補佐みたいなもんだ。」
「げっ、幹部レベルが2人来たんですか? あなた達のペアじゃなかったら、面倒くさ過ぎてやる気出なくなる所でしたよ〜!」
「……さっきから何なんだ? こいつは。」
「? 知らん。」
「さあ! あなた達の力、存分に見せてみなさい!」
アキラはナイフを抜き、前に構えた。
…なんだかアキラの方が、悪役みたいなセリフを吐いているんだが…………。
刹那、カゲロウが踏み込む。鋭い拳が風を裂き、アキラは身をひねってかわす。
「お、速っ!」
続いてカゲツの撃った銃弾が地面を叩き砕き、アスファルトが割れた。
「うわあ、火力エグいですね!」
アキラは柱のように立つ電灯を蹴り、反動で高く跳躍。空中からナイフを振り下ろす。
しかしカゲロウが片腕で受け、火花が散る。
「悪くねえな。」
「うーん、やっぱり体力オバケですね…。」
次々と繰り出される攻撃。アキラは小柄な身体を最大限に活かし、スレスレで避け続ける。
だが一発掠っただけで、傷口から血が噴き出した。
(やべぇってこの威力、まともに食らったら終わる。………2人の連携、仲の良さが感じられて素晴らしいですなぁ〜!)
戦闘中になに考えてんだ。
「考え事してんじゃねえよ!」
ほら言われちゃった。
カゲロウは素早く飛びかかり、倒れ込んだアキラ馬乗りになり首を押さえつける。
「ぐぁッ………」
「すまない、“刹那の眠らせ屋”。あまり女を、しかも子供にこんなことをするのは気が引けるが……。殺さない程度にやるんで、意識飛ばしてくれ。」
「無茶言ってやるなよ。見た感じだと、死んでもおかしくない強さで押さえてんじゃねえか。」
「ハハッ……。床ドンですか…っ……。ガハッ…。…あんまり…萌えないシチュ…ですね……っ。」
こんな状態でも彼女は冷静だった。
――近距離で仕掛けてくるのはカゲロウ。
――そして後方から牽制を入れるのは、カゲツの遠距離攻撃。
「分かりましたよ……!」
アキラはカゲロウの腹部を蹴って吹き飛ばした。
「なっ、! お前!」
「そっちから落とす!」
アキラは足場を自在に使い、壁を蹴って回し蹴りを放つ。
カゲツは腕で受けるが、重い音を響かせ後退した。
「……ッ!」
初めてカゲツの無表情が揺らぐ。
「へぇ〜、硬いわりには反応は鈍いですね!」
アキラは畳み掛けるように、肘打ち・膝蹴りを連打。
カゲツは防御に徹するしかなく、後退を強いられる。
「チッ……おいカゲツ、下がれ!」
苛立ったカゲロウが援護に入ろうとした、その時――。
「そこまでだ」
低い声が、夜の路地を震わせた。
現れたのは、桜道組の若頭であるタイガ。
その姿を見た瞬間、カゲロウもカゲツもわずかに表情を硬直させる。
「……タイガ、だと……?」
カゲロウが舌打ちをし、カゲツへ目配せする。
「チッ……ほら、行くぞ」
カゲロウはアキラを睨みつけ、吐き捨てる。
「お前ら、これで終わると思うなよ」
二人の影は夜の闇へと溶け、やがて完全に姿を消した。
「……ふぅ」
アキラは大きく息を吐き、ナイフを納めた。
「助かったよ、父さん」
「あいつら相手に2対1で、よくここまでやれたなぁ。」
タイガは眉をひそめながらも、娘の肩に手を置く。
その後すぐ、2人は店へ戻った。
ーーーーー
控え室。
リュウジがソファに腰掛け、真剣な表情で彼らを待っていた。
アキラとウメムラ、そしてタイガが順に報告を始める。
「敵幹部二人、真打ちのカゲロウと……無明のカゲツ。確かに確認しました。」
リュウジは黙って聞き終えると、深く息をついた。
「……いよいよ、本格的に動いてきやがったな。」
その声は、いつもの軽さを完全に失っていた。
「椿影組の連中、俺たちを潰す気だ。……いいか、ここから先は覚悟しとけ。」
その場に重苦しい沈黙が落ちた。
だがアキラの瞳は、静かに燃えていた。
「…上等ですよ。」
少女はそう呟き、再び戦いに挑む決意を固めたのだった。
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