6 ゴブリンの群れと戦闘狂なキング
☆
魔力で足を強化して爆速で走り。
時々、立ち止まっては水分補給と魔力の回復のための休憩を繰り返すこと数時間。
体感的には午後の三時くらい。
暑さがピークになる時間帯。
「結構移動したなぁ……なんだ、あれ?」
俺は森の中で謎の白い何かを見つけた。
速度を落として近づいてみる。
至近距離で確認すると、大量の白い何かが辺り一帯に山のように転がっていた。
しゃがみ込んで手で触れてバックに入れてみる。
それからアイコンをタッチして名前を確認した俺は、驚愕した。
「骨? つまり、これ全部が骨……だと」
表示されたものの名称は〈ホーンラビットの骨〉だった。
拾ったものがたまたまウサギだっただけで、明らかにそうじゃないものの骨も存在している。
少し遠くには俺が昼頃に倒したイノシシに似た亡骸も存在していた。
「ここに留まるのはなんかマズイ気がする……早く移動しなきゃ」
その場から立ち去るために俺は振り返り。
目が合う。
目線の先には全身が緑色の小人。
昨日、目覚めた直後に戦ったゴブリンの同種が、少し離れた木の陰に居た。
そいつは俺の存在を視認すると、手に持つ笛のようなものを口に近づけ吹いた。
瞬間、笛から重く低い音が辺りに響き渡る。
「うっ……」
俺は反射的に両手で耳を塞いだ。
少しして音が止む。
耳から手を離して様子を見ること数秒、周囲からわらわらとゴブリンの大群が現れた。
「ッ……⁉ なんて数だ……」
棍棒を持った奴から杖を持った奴まで、その数は優に百を超えている。
その中に一体、王冠が特徴的な全長二メートルくらいの一際大きいゴブリンがいた。
彼我との距離は二~三十メートルはあるが、余りの数に無意識に表情を強張らせなる。
俺は腰にある剣に手を伸ばし、戦う覚悟を決めて鞘から引き抜いた。
「後ろには大量の骨で逃げ場なし……ならこの際、全部倒してやる」
右にメサイア、左にブレイブを持って構える。
少しの間、静寂が辺りを支配した。
しかし、すぐにその静けさは王冠を被ったゴブリンの号令で打ち破られた。
大量の緑の化け物が襲い掛かってくる。
「「「ギアアアァァァ!!!」」」
波のように迫ってくるゴブリンの大群。
俺は腰を落として、魔力を使って身体能力を強化して走り出す。
普通の人よりも早い速度で敵に近づき、まず右手に持つメサイアで左側から横一閃。
「ハァ!」
先頭に居たゴブリン数体をまとめて斬り伏せる。
一拍置いてすぐに、同じく左側に構えていたブレイブを右側に振るう。
後ろに居た他の敵を数体斬った。
更に一歩踏み込んで、今度は二本同時に右から左に振り切る。
三回の連撃で十体ほど倒すことが出来た。
だが直後に、後方に居た他のゴブリンたちが各々武器を振るう。
俺は咄嗟に魔力を足に集中させ、後ろに飛んで距離を取った。
「倒すと言っても、多すぎて全然減ってないな」
広い範囲攻撃でまとめて倒しても、相手の勢いは止まらない。
さっき居た場所は敵で埋め尽くされていた。
何体かはすでに近くに来ている。
「ギギ!」
サーベルを持った少し大きいゴブリンが、正面から飛びつつ上段に構えた剣を振り下ろしてくる。
が、俺は左手に持つ剣を横に構えて受け止め、空いた右の剣で胴を薙ぐ。
今度は左右から同時に攻撃を仕掛けてくるゴブリン。
数歩下がってギリギリで攻撃を回避し、二本の剣を居合の容量で大きく振るう。
「ハアッ!」
そうして二体のゴブリンの首を切り落とした。
すぐさま姿勢を低くして右前方に走る。
向かう先には、ゴブリンの集団と、その後方でさっきから呪文らしきものを唱えている杖を持ったゴブリン。
接近に気づいたのか、魔法使いっぽいゴブリンは杖から炎の塊を顕現させ放ってきた。
俺との間には他のゴブリンが大量にいるが、お構いなしに。
タイミングを見て火球をジャンプで回避しつつ、飛んだ先にある木を足場にして一息で距離を詰める。
「ギギ!?」
現実ではあり得ない動きに動揺する杖持ち。
俺は着地と同時にそいつの首を切り落とした。
即座にクルっと振り返ってまた駆ける。
後ろからさっきの炎に巻き込まれた集団に近づき。
隙間をジグザグと通り抜けながら大量のゴブリンを死体に変えていく。
「「「ギアァ!?」」」
剣閃が煌く中、辺りにモンスターの絶叫が木霊する。
時間にして数秒の出来事。
三十体近く倒したと思う。
だが、未だに沢山のゴブリンが残っていた。
けれど襲い掛かる勢いは少し収まったと言える。
「ふぅ……漫画みたいな動き、意外とできるな」
一息つき、考える。
イノシシ戦の時も思ったが、直感で動いているにも関わらず、身体が思うように動く。
別に元々運動が出来なかったわけではないが、これ程ではなかった。
俺は何となく加護が刻まれている右手の甲を見る。
しかし特に何かある訳ではなく、すぐに視線を前に移す。
「敵はまだいるから、気を抜くな」
自分自身に言い聞かせつつ、改めて剣を構える。
王冠を被ったゴブリンは、何やら考え込んでいるようだった。
それをチャンスと捉え、走り出して一息で大量のゴブリンたちの元に接近する。
そして相手が反応する前に全力で両の腕を振り抜いた。
無意識のうちに剣にも魔力が籠る。
鍔の部分に嵌められている青い宝石が、魔力と共鳴するように薄っすら光を放つ。
しかし気づくことなく、ゴブリンたちと攻防を繰り返す。
基本はヒットアンドアウェイの戦法で戦い、敵の数を減らしていく。
だが、時間が経つにつれて疲労が溜まり、集中力が切れだす。
「はぁ、はぁ、はぁ……もう百は倒したはずなのに、減っている気がしない」
肩で息をしつつ考える。
かれこれ三十分は戦ったか。
それとも一時間か、周囲には大量のゴブリンの亡骸が転がっていた。
「ギギ!」
少し大きいゴブリンが三体、襲い来る。
「くっ、ハアァ!」
先頭にいる最初の一体目の攻撃を半身になって躱してカウンターを加え。
その後ろの二体目は、攻撃してくる前に素早く距離を詰めて仕留める。
「ギアァ!」
そして三体目のゴブリンが繰り出す横薙ぎの攻撃を後ろに飛んで回避しようとした。
その時だ……。
「あ、ぐぅ……」
仕留めたと思っていたゴブリンの一体が、瀕死になりながらも俺の足を掴んできた。
まぐれで三体目の攻撃は避けれたが、後ろに飛ぼうとしていたため後ろに転んで思いっきり背中を打ち付けられる。
衝撃に怯んでいる間に、ゴブリンが剣を突き刺そうとサーベルを逆手に両手で握って振り上げていた。
「ッ……⁉」
振り下ろされる切っ先を、俺は身体を捻ってギリギリで回避する。
剣が地面に突き刺さった隙を見て、俺はまず目の前の敵をブレイブを振るって倒す。
次に素早く上体を起こして、足を掴んできているゴブリンを確実に仕留めた。
その後、立ち上がって素早く後ろに下がる。
「ふぅ……危なかった」
心臓がうるさいので深呼吸して少し気持ちを落ち着けつつ、全体の状況を確認する。
敵の数は少し減ったように見えるが、相変わらずで。
俺自身は魔力を使い過ぎたからか、若干脱力感を感じていた。
「どうにかして、効率よく倒していかなきゃ。
これ以上消耗してくると、さっきみたいな事になりかねない」
「ギギ!」
息を整えていると、横からゴブリンが襲い掛かって来た。
「はぁ……ハア!」」
大きく息を吐きだして改めて集中し、攻撃を回避しつつ逆袈裟で反撃する。
そして、さっきから様子を見ているだけの、王冠を被ったゴブリンに視線を移す。
「雑魚相手じゃキリがなさそうだし、先にボスを倒す!」
態勢を低くし魔力を足に込めて、バネのようにしてボスゴブリンに急速接近する。
「ギィ!?」
驚いた反応を見せるボスゴブリンに向かってメサイアで横一閃。
キイィン!
「なッ!?」
だが、その斬撃はボスゴブリンが持つ大剣で防がれてしまった。
俺は素早く大きく後ろに飛ぶ。
「驚いた振りとか、舐めてたかも」
焦っていたようだ。
もう一度、軽く深呼吸をし。
俺は襲い来るゴブリンを最小限の動きと力で倒す方向に作戦を変える。
最初の攻防で、敵は複数で攻撃するのではなく、少数での持久戦に切り替えていた。
なので、こちらも無駄な力を極限まで減らすことに。
基本のカウンター戦術は変えずに、近づいてくる敵をひたすら倒す。
更に戦い続ける事しばらく。
一時間ほど経過して空が少し朱くなってき頃。
「ふぅ……さぁ、お前で最後だ」
残るは今までずっと傍観していた王冠を被ったゴブリンただ一体。
メサイアの剣の切っ先を向ける。
「ギギ」
するとボスゴブリンは、背負っていた自身と同じくらいある大きさの大剣を構えた。
その瞬間、奴の威圧感が増す。
俺も剣を構えつつ、少し思考する。
(明らかに強そうなのに、どうして今まで手を出さなかったんだ?)
最初から自分が戦っていたら仲間のゴブリンも減らずに済んだだろうに。
そんな俺の疑問も、ゴブリンの顔を見て何となく察しがついた。
笑っていたのだ。
それも狂気的なまでに。
その表情に俺は息をのむ。
(戦闘狂なのか? にしても顔、怖すぎだろ)
種の存続よりも己の欲を優先するタイプのようだ。
辺りを静寂が支配する中、薄っすらと額に汗が浮かぶ。
正直言って、ここまでの戦闘で体力的に疲れていた。
魔力に関しては、戦闘中に感覚を掴んできて回復の方が上回っていたため問題ないが。
汗が頬を伝って滴となって落ちていく。
それを合図にゴブリンとのラストバトルが幕を開けた。
「ギギィ!」
「ハァ!」
接近しあう両者。
俺は腕全体に力と魔力を込めて二本の剣を横から同時に振るう。
相手は上段から大剣を振り下ろしてきた。
ギイィィィン!
互いの得物がぶつかり、甲高い音が木霊した。
鍔迫り合いになり、力で圧される。
「くっ、重い……なら!」
俺は半身になり、かつ手首と腕を使って相手の大剣を滑らせる。
「ギッ!?」
地面にめり込む大剣。
俺は空いた右の剣で相手の首目掛けて素早く斬撃を繰り出す。
だが、メサイアの切っ先が首に触れたタイミングでお腹に衝撃が走り、後方に吹き飛ばされる。
「グッ……⁉」
遅れて殴られたのだと理解した。
地面を転がりながらも途中で立て直し、ブレイブを地面に突き刺して勢いを止めた。
「ゲホッ、ゲホッ……イってぇ……」
激しい痛みに殴られた箇所を手で押さえつつ、攻撃された場所に魔力を集中させ回復魔法を発動させる。
魔法の発動を待つ間、視線を遠く離れた敵に移す。
ボスゴブリンはめり込んだ大剣を引っこ抜いている所だった。
首を見ると傷があり、青い血が垂れている。
「痛み分けか。ッ……⁉」
こちらの回復を待ってくれる訳もなく。
大剣を下段に構えて接近してきた。
俺は痛みをこらえつつ横に走り、ギリギリで回避。
元居た場所にはボスゴブリンの斬り上げ攻撃が通過した後で、地面を抉っていた。
すぐにこちらに視線を移して接近しつつ、大剣を横に構えて斬撃を繰り出そうとしてくる。
と、その瞬間。
相手の攻撃より前に回復魔法が発動して痛みが引いていく。
「間に合った!」
俺は振り返って横薙ぎの一閃を二本の剣で受け止め、相手の力を利用して距離を取る。
大きく後退した後、即座に足に魔力を集中させ走り出す。
途中、木に向かって飛び、足場にして空中を縦横無尽に駆ける。
上下左右と移動して相手を攪乱。
ボスゴブリンは目で動きを追おうとするが、途中から追いきれず見失ったようだ。
「今!」
俺はその隙を狙って、上段に剣を構えながら一気に距離を詰める。
「ハア!」
裂帛の気合と共に剣を振り下ろす。
「ギアァ!?」
重力が乗って最大限加速した最速の一撃は、ボスゴブリンの左腕を切り飛ばした。
痛みに悶えるが、それでも仕返しとばかりに大剣を振るってくる。
それを二本の剣で防御した。
だが、防ぐことに成功はしたが、思いっきり吹き飛ばされ。
「うわッ……ガハッ!?」
木に打ち付けられた。
俺は衝撃で目を剥きながら地面に倒れる。
「クッ、うぅ……ゲホッゲホッ、はぁ、はぁ」
なんとか膝をつき、剣を杖代わりにして立ち上がる。
同時に回復魔法をかけながら。
少し離れた場所ではボスゴブリンが瞳に怒りの炎を湛えていた。
だが、今までのようにすぐに攻めてくることはなく。
左腕があった場所を右手で押さえていた。
「ギィ……」
数秒経っても血が止まらないからか、奴は傷口を握りつぶして無理やり塞ぐ。
「なっ、無理やり塞いだ!?」
「ギアアァァ!!!」
雄叫びを上げ、とんでもない速度で迫ってくるボスゴブリン。
俺は急いで剣を構え、全身に魔力を集中させる。
ついでに、別で魔力を操作して自身の筋力を強化するようにイメージした。
ぶっつけ本番だが、魔力での強化と魔法での強化を重ね掛けして、重複で身体強化が出来ないかを狙って。
その時だった……。
『条件を満たしました。スキル〈魔力操作・初級〉が〈魔力操作・中級〉に進化しました』
「!」
無機質な女性の声が脳内に響く。
更にスキルの進化を知らせる声はまだ続いた。
『条件を満たしました。スキル〈光属性魔法・初級〉が〈光属性魔法・中級〉に進化しました』
同時に進化した二つのスキル。
時間の流れが遅くなるのを感じながら、俺は変化を実感する。
(魔力が操作しやすくなった? それに、魔法の効果も前より発動が早い気がする)
誤魔化していたが。
以前までは、魔力を操る際に必ず少し動作が覚束ないような感覚があった。
魔法も同様だ。
イメージは明確なはずなのに、発動までラグがあった。
だが今は操作の不安定さもないし、魔法発動までの時間も早い。
俺は気持ちを切り替えるために一度、頭からそれらの考えを消す。
魔力の影響で青いオーラが薄っすらと現れて全身を覆い、髪が揺れる。
だが、今はそんなことはお構いなしだ。
剣を握りしめ、目の前まで迫っているボスゴブリンに真っ向から立ち向かう。
ギイィィィン!!!
剣と剣がぶつかり合い甲高い音が木霊した。
鍔迫り合いになる。
だが今度は両者の力が拮抗していた。
「ギギィ!?」
この状況にボスゴブリンは驚いた表情を見せる。
俺は腕と足に魔力を多く集めながら一歩踏み込む。
「ハアァァァア!」
そして、力を振り絞って無理やり押しのけた。
仰け反ってたたらを踏むボスゴブリン。
その隙に俺は両の剣を左側に構え一息で距離を詰める。
「貰った!」
横を通り抜けつつ、横一文字の斬撃でボスゴブリンの右腕も切り飛ばす。
「ギアァ!?」
ここまで来たら勝負はこちらのもの。
空中で前転して木を足場に着地。
それから、再びボスゴブリンへ接近する。
右手に持つ剣を上段に構え、袈裟斬りの要領で振り下ろす。
「ギギ……!」
更に、返す刀で寸分たがわず同じところを斬る。
「これで、トドメ!」
そして最後に、左手に持つ剣を心臓に突き刺した。
「ギ、ギ、ィ……」
どこか満足したような顔で絶命するボスゴブリン。
俺は剣を引き抜きながら一歩下がる。
剣に付いた血を払うために軽く振った直後、奴は膝をついて地面に倒れ伏す。
「はぁ、はぁ……ここまで、長かったな」
気が付けば空は朱色に染まっていて、あと少しで完全に日が沈もうかという頃合いだった。
俺は腰を降ろし、大の字になって地面に寝っ転がり身体と心の両方を休める。
今回の戦闘パート、楽しんでくれたらとても嬉しいです。
良ければ感想コメントなど下さい。
誤字、脱字。他にもこれ意味違うよ~などの気になることがございましたら教えてください。
今後とも、ゆっくりですが書いていきますので楽しみにしていてください!