3 忘却の彼女と継承
☆
「いつ頃だろ? 一千年くらい前かな。私がただの人間だった頃の話だよ」
思い出すように話し始めるユーティア。
「かつての私は世界で唯一、運命の女神から加護を受けた存在だったの」
「運命の女神ですか?」
「そう、ラケシャ様っていうんだけどね。彼女の権能である未来視とかを加護として貰ったの。きっと役に立つからって」
「未来視ってどんな能力なんですか?」
俺は気になったことを首を少し傾げながら問いかける。
「未来視は言葉通りだよ。未来の出来事をイメージとして視ることが出来るの。
私はその能力を使ってとある未来を視たの……」
微笑みを浮かべていた表情に陰が差す。
「その未来って……?」
少し言いづらそうにしている彼女に、俺は話を促す。
「魔神の手によって街が壊され、人々の死体がそこら中に転がる……そんな光景」
「…………」
とても辛そうな顔で言うユーティアの話を聞いた俺は言葉を失う。
「あ、安心して、今はもう大丈夫だから」
取り繕うようにして言った彼女はニコリと笑って見せる。
だが一目で作り笑いだと分かった。
「なにが大丈夫なんですか。そんなに辛そうなのに……」
心配になってつい言ってしまう。
「……確かに辛く怖い未来だったけど、すでに私が未来を変えた後だから。
だから、大丈夫!」
ハッキリと力強い表情で言い切った彼女を見て俺は少しだけホッとした。
「話の続きだけどね。
未来を視た私は、仲間を募って魔神の出現を阻止するために動いたの。
そしたら、魔神を復活させようとしてる人たちが居ることを突き止めた。
それは魔神教団。
名の通り、魔神を崇拝している連中でね、女子供を攫っては生贄に使ったり供物にしたりしてた悪い奴らで。
彼らの目的は魔神を復活させて、世界に混沌を振りまくことだった。
私は仲間たちと共に魔神崇拝者たちを倒して回ったわ。
でも、あとちょっとで団員を全員倒せそうってところで、事件が起こったの」
一度、息を吐いてからユーティアは言った。
「奴ら、自分たちの命を生贄にして魔神を復活させたの」
「自分たちの、命を……?」
俺は理解が追いつかず、驚きで目を見開きながら言葉を零す。
彼女は頷いて首肯した。
「そう。そうして不完全な状態けど魔神が復活してしまったの」
そう言った彼女の顔は、一瞬だが後悔を滲ませるような苦しい表情をしていた。
「私たちは魔神と戦ったわ。
魔神を倒して世界を平和にするためにね。
最初は私も仲間たちも、相手が不完全な状態だから万全の状態で挑めば勝てると思ってたの。
でも、だめだった」
一度区切り「はぁ……」とため息を吐くユーティア。
「最初の一戦で、私以外の仲間が数人、死んだの」
淡々と語る彼女の表情は、無だった。
「その後も魔神との戦いは続いたの。
戦闘が長引いていたそんな折に、二人の神様から剣を貰ったの。
それが今、腰に差してる二本の剣」
彼女は腰に差す二本の剣に手で触れる。
「魔神との戦闘が始めって三日目。
これ以上戦えば被害は広がるばかりだと思った私は、そこで自分の命を代償に力を引き出して、無理やりだけど何とか勝利を納めることが出来たの」
「そうなんですね」
俺は殆ど条件反射で中身のない返事をする。
正直、現実味が無くてなんて言えばいいか分からなかった。
「えぇ。本当に長い戦いだったわ。
魔神とは言え神は神だから。
そうして私は魔神の座を奪うようにして神になったの。
でも、奴が死に際に残した呪いのせいで、私に関する人々の記憶も記録も全て消されてしまったの。
共に戦っていたはずの仲間たちも、私のことを忘れてたわ……」
「だから、世界に忘れられた神……なんですね」
俺の言葉に頷くユーティア。
「それに、戦いの影響で力も殆ど残ってなかったから、加護を誰かに与えることも満足にできなかったの。だから私は運命に頼ることにした」
「運命に頼る?」
「そう、忘れられたとはいえ、運命を司る神であるラケシャ様から加護を貰ってたからね。
残ってる力をちょっと使って占ってみたの、そしたらあの湖で後継者が現れるって出たから、それまで月の光で魔力を貯めつつ、時々、湖から現世を眺めたりしてまってたの」
「そして現れたのが私だった……と」
「えぇ。さ、長い話を聞いてもらったことだし、そろそろ私の力を継承してもらおうかな」
「さ、早速ですか?!?」
急に言われて驚いた俺は聞き返す。
「そうよ。この空間にあなたを留めておくのにも力を使うの。
時間をかけてたら何もできずに終わっちゃうわ」
「そ、そうですか。わかりました。俺は何をしたらいいですか?」
問うと、ユーティアは右手を差し出してきた。
「ここに手を置いて」
言われて俺は、差し出された彼女の手に自分の右手を重ねる。
すると、重ねた手から暖かい何かが身体の中に流れ込んできた。
見ると少し青く輝いている。
「暖かい……なんだこれ」
少ししてその熱が全身を巡った辺りで俺の心臓がドクンッと跳ねる。
痛みを感じ、空いている左手で胸を抑え込む。
「少しの間、我慢してね」
ユーティアは俺の右手を握りながら優しく語り掛けてくる。
「くっ……胸が、苦しい……」
辛くなり膝を突く。
額には汗が滲んでいて、ポタポタと水たまりの地面に数滴、垂れていた。
「もう少しで終わるよ」
ユーティアがそう言って少しした辺りで、急に胸の痛みがサァっと消えた。
全身を巡る熱も、今では何の違和感も感じられない。
「急に、楽になった……」
『スキル〈英雄神の加護〉を獲得しました』
突然聞こえた無機質な声に、俺は少しビクッと身体を震わせる。
(ビックリした。スキルを手に入れたのか)
「お疲れさま。ほら、手の甲を見てみて」
彼女に促されて自分の手の甲を見る。
そこには二本の剣が斜めにクロスするようにあり、その上に重なるように五本の鎖が五角形を描いていた。
「この印は……?」
苦しさが消えたので立ち上がりながら、俺はユーティアに聞く。
「それは神である私の使徒になった証だよ。
加護の証でもあるかな。
五本ある鎖が一本消えるごとに力が覚醒して。
最終的に鎖が全部消えたとき、完全に私の力を継承できるよ」
「へぇ~。ところで、どんな力に覚醒するんですか?」
ゲームが好きである俺としては、どんな力が手に入るのかはなんとなくだが知っておきたい。
そう思いどんな力に覚醒するのか興味を惹かれて問いかける。
「それはまだ秘密かな。今それを知ったら面白くないでしょ?」
ユーティアは口元で右手の人差し指を立てながらそう言った。
それもウィンク付きで。
「確かにそうですね」
俺はそのあざと可愛い仕草に、ドキッと心臓を跳ねさせそっぽを向く。
明後日の方を向いていると、突然自分の身体が光りだす。
「え⁉」
驚きながら下を向いて自分自身を確認。
「そろそろ、時間だね」
それを見てユーティアが少しだけ名残惜しそうに言った。
「時間って?」
「そんなの、私の力が無くなって、貴女をここに留まらせることが出来なくなったからだよ」
「お別れってことですか?」
「えぇ……でも──」
一度、言葉を区切る。
俺はユーティアに視線を移す。
彼女の表情は寂しそうな、けれど、どこかスッキリとした表情をしていた。
「一つ予言すると……また会えるよ」
「また?」
「そう。だから、貴女も元気出してね」
言われ俺は、少し先の未来が楽しみになった。
いつかの明日、俺は彼女とどのようにして会うのだろうか。
「わかりました。会える日を楽しみにしてますね!」
「うん!」
後ろで手を組んで元気よく返事をするユーティア。
その仕草はどこか幼さが窺えた。
俺を包む輝きが一際、強くなる。
「それじゃ、また」
「またね、ソラちゃん。あ、そうだ」
「ん?」
何か言い残したのか、少し慌てた様子で呼び止める。
「目覚めた場所の近くにお土産を置いておくから。あと、そのお土産が指す方向に行けば森を出れるよ」
ユーティアはそう言ってニコリと笑った。
最初の威厳は何処へやら。
今では年頃の女の子のようだ。
「わかりました! ありがとうございます」
そう言った瞬間、視界が真っ白に染まった。
「んん……眩しい、ここは……」
優しい朝の日を浴びて目を覚ます。
どうやら俺は地面に横になって眠っていたらしい。
身体を起こして周囲を見る。
手元には空っぽの水筒が握られていて、近くには湖があった。
「ん~……戻って来たのか」
俺は手を挙げて伸びをしながら独り言を零す。
そしてユーティアとの出来事が夢じゃないかを確認するために、ステータスと声に出してウィンドウを呼び出した。
「夢じゃないんだ」
画面の一番下にはしっかりと新しいスキルが追加されていて、俺はあの出来事が現実だったのだと認識する。
〈英雄神の加護〉
世界を救った英雄から与えられた加護。
五つの試練が存在し、一つ試練を乗り越える度に一つ英雄神の力が解放される。
そう書かれた淡白な説明を見ながら、俺は彼女の言葉を思い出す。
「近くにお土産を置いとくって言ってたよな」
改めて辺りに視線を巡らせる。
「あ! あれかな」
少し遠くに二本の剣が転がっていた。
立ち上がり少し小走りで近づく。
「これって、ユーティアさんが持ってた剣?」
そこには鞘に納められた白い剣が地面に突き刺さっており。
もう一つ、金色の剣は方角を指し示すように地面に転がっていた。
俺は突き刺さっている白い剣を地面から引き抜き、剣を鞘から抜く。
「うわぁ……」
白い剣は青いラインが薄っすらと光っていて、刀身は白銀に輝いていた。
俺は剣を鞘に戻し、バックの画面を開いて剣を収納する。
ついでに水筒もバックに収納する。
そして、一回タップしてアイテムの名前を確認する。
画面には〈救世神剣・メサイア〉と表示されていた。
「なんて読むんだ……きゅうせい? 救世主の救世か」
名前を確認した後、剣をバックから取り出す。
今まで使っていた剣をバックに仕舞い、メサイアを腰のベルトに差す。
そして、一度しゃがみ込んで地面に転がるもう一本の方を手に取った。
「どれどれ」
鞘から引き抜き、刀身を確認する。
金色の剣は、こちらもメサイア同様に青のラインが薄っすらと光っていた。
刀身は日の光を浴びて金色に眩しく輝いている。
「おぉ……」
刀身を鞘に戻して、バックに仕舞う。
そしてメサイアと同じ手順で剣の名前を確認する。
「てん、いさむ……? てんゆうか?」
〈天勇神剣・ブレイブ〉と表示されたそれを見て、読み方が分からず首を傾げる。
「多分てんゆうだ。うん、そう読もう」
俺は諦めてそう呼ぶことにした。
正直これ以外に読み方が思いつかない。
二回アイコンをタッチしてブレイブを取り出す。
そして、メサイア同様に剣を腰に差した。
「よし、それじゃ移動しますか!」
そう言い、俺は剣が挿していた方角……太陽が昇ってきている東の方角へ歩き出した。
楽しんでいただけたら幸いです。
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