1 突然の転生と森の中
☆
薄暗いオフィスの中で、カタカタとキーボードを打つ音が響く。
男が一人、誰もいないオフィスでパソコンと向かい合っていた。
「やっと、終わったぁ……」
仕事が一段落したのでパソコンの電源を落とし、背もたれに背を預けて伸びをする。
そして携帯を手に取り画面に目を落とす。
「……っはぁ、ヤバ、もう日が変わる時間」
携帯には壁紙として設定した推しキャラのイラストと共に、いくつかのアプリの通知と現在の時刻が表示される。
現在の時刻は11時52分。
「結構残業したなぁ」
そう呟きながら、帰り支度をしていく。
「でも、それもこれも、長期間休みをとってフルダイブ型オープンワールドMMORPGをプレイするため!」
誰もいないのと長期間の連続残業で限界を超えた精神、そして待ちに待った新作ゲームのリリース前日ということもあり、とてもテンションが高い。
でもそれも必然。
仮想上のゲーム、VRMMORPGが現実となるからだ。
だが、異常なテンションの高さを指摘してくれる同僚も、ゲームのための無理な残業を止めてくれる優しい上司もすでに帰った後だ。
帰り支度を完全に済ませて帰路に就く。
疲労が溜まっているとはいえ安全には気を付けつつ。
30分ほどで家に到着したので、鍵を取り出し玄関の戸を開ける。
「やっと帰って来たぁ~」
その瞬間、緊張の糸が切れてどっと疲れが押し寄せる。
「うおっ⁉」
バタン──力尽きるように地面に倒れ込む。
「うっ……視界が歪む、てか、世界が、揺れてる……?」
倦怠感が身体を支配し、眠気も意識を奪おうと襲ってくる。
「あ、これ、ヤバいやつだ……」
金縛りにあったように動けなくなり、意識が遠くなる。
「ゲームが俺を、待ってる、の……に」
☆
「ん……ここ、は……?」
身体に違和感を感じて目を覚ました。
瞳を開き。顔を上げる。
そして目にした景色は、森だった。
(森? 俺は確かに家に帰ったはずだけど……)
辺りは巨大な木の影になっていて、木漏れ日が程よく辺りを照らしている。
どこか神秘的な印象を感じるが、他にも気になることがいくつもあった。
「何これ……?」
まず一つ目に、目の前に浮かぶこの水色半透明の窓のようなウィンドウ画面だ。
《ステータス》と書かれたそこには、名前や年齢、性別やスキルなどが載っていた。
(ゲームみたいだな)
そして二つ目に気になること、それは《ステータス》の内容だ。
〈名前:堀田ソラ〉〈年齢:15歳〉〈性別:女〉〈職業:なし〉
「は? 15歳? いや、女?」
ソラは性別の部分を凝視しながら未だ回り切ってない頭をフル回転させる。
(どういうことだ? 俺はこれでも社会人7年目の二十九歳アラサーで、男で……)
理解できず頭を抱えるソラ。
年齢もそうだが、性別が変わっているという事が一番理解できない。
「……あーあー、んんッ、あー、え、マジで?」
確認を為に声を発すると、自分の物とは思えない可愛い声が耳に返って来た。
もっと確実に確認するために下を見る。
「……っ? ハ、ハハ、ホントに女の子になってる……」
下を向いた拍子に黄色に近い金髪が視界に入ってくると同時に、以前の自分には存在しなかった胸の膨らみが確かな存在感を放っている。
……。
…………。
……………………。
「柔らかい………………あれ? 腰辺りになにか、剣?」
色々確認していると、左の腰辺りに何かを見つけて手に取って確認する。
それは一本のショートソードだった。
「なんでこんなものが……」
『スキル〈剣術・初級〉を習得しました』
「うわぁ⁉」
鞘から剣を抜いて眺めていると、突然頭の中に無機質な女性の声がした。
誰もいない森の中だったので、ビックリして大きな声が出てしまう。
「スキル……そういえば、ステータス画面の下の方にスキル一覧って書いてた気が……」
身体の確認を中断し、もう一度ステータスを確認しようとする。
すると──。
「ギアアアァ!」
「⁉」
突然の奇声にビクッと肩を震わせるソラ。
「な、ご、ゴブリン⁉」
声のする方を振り向くと全身緑の顔の歪んだモンスターが一匹、少し離れた場所に居た。
モンスターは手の持つ棍棒を振り被ってソラに向かって振り下ろす。
それをソラは当たる寸前で横に飛んで転がりながら回避する。
「あぶなっ……」
回避したのも束の間、モンスターは間髪入れずに駆けて来て襲い掛かる。
「ギギ!」
「ヤバ、早いっ……⁉」
攻撃から逃れるために立ち上がり、走り出す。
その後をモンスターは棍棒を振り被りながら追いかけてくる。
「あ、アイツ、足、速いな!」
時々後ろを確認しながら全力で走る。
「ギイィ!」
本気で走っているにもかかわらず、想ったよりも距離が離れない。
彼我の距離はざっと2メートルくらいと言ったところ。
(どうしよう、このままじゃ追いつかれる)
もう一度、後ろを振り向いてモンスターとの距離を確認しようとする。
その時、木の根に足を取られてしまう。
「あ……」
ズサーっと盛大に地面を転がるソラ。
「…………うぅ」
「ギギギ」
転んだ姿を目の当たりにしたモンスターが嘲笑うように不気味に笑っている。
転んでいる間にモンスターに追いつかれてしまった。
振り下ろされる棍棒をギリギリで体制を立て直し、剣の面で受け止める。
「クッ……や、やるしか、ない!」
ソラは戦おうと決心する。
力を振り絞って無理やり弾き飛ばす。
その影響でモンスターはよろめいていた。
その隙に立ち上がり、馬鹿にしたようにこちらを笑っていたモンスターに向け剣を振り上げる。
「はぁ!」
上段に構え、掛け声と共に勢い任せに脳天めがけて一閃。
「ギギ!?」
驚いた反応を見せるがもう遅い。
ザンッ!
「ギァ……」
薪を割るように振り下ろされた剣がモンスターにクリーンヒットし、意外とあっけなく絶命した。
青い血を流して動かなくなったモンスターを見て、ソラは力なく地面に座り込む。
「はぁ、はぁ……っはぁ~。何とか、なったぁ……」
額に浮かぶ汗を手の甲で拭う。
「はぁ~ビックリした」
少しして気持ちを落ち着かせたソラは、立ち上がり不慣れながらも剣を鞘に納める
そして、モンスターの亡骸に視線を移す。
(これ、俺がやったんだよな……)
人じゃないにしろ、命を奪ったことに何となく思うところがあるソラ。
切った時の生々しい感覚は、多分忘れることが出来ないだろう。
「気にしても仕方ない……か」
両の拳を握り、気持ちを切り替えソラ。
しゃがみ込み、近くでモンスターの亡骸を眺める。
「これ、どうしよう」
好奇心でモンスターを突っつきながら死体の処理について考える。
「流石に放置はなぁ……かといって火葬? する方法なんてないし」
頭を傾げて考え込む。
悩むこと数分、何かを思い出したように声を発するソラ。
「とりあえず、もう一度ステータス画面を確認してみるか」
モンスターに襲われる前に見ていたものを思い出したソラは、もう一度ウィンドウを出そうと試みる。
「えぇっと、ステータス」
声にして発すると、目の前に水色半透明のウィンドウ画面が姿を現す。
「よし! まぁ、殆ど当てずっぽうだったけど……」
乾いた笑みを浮かべながら、まず先に画面の下の方にある《スキル一覧》を確認する。
ゲーマー的には、モンスターの死体の処理より気になる項目だからだ。
「どれどれ……」
ぱっと見たところスキルは全部で四つ存在していた。
それぞれ〈魔力適性〉〈剣術・初級〉〈老練な精神〉〈天心覚醒〉と書かれている。
「なんか強そうなスキルがあるけど、詳細の確認って出来ないのかな?」
試しにと画面を指で押してみる。
「お、できた」
画面をタップすると、スキルの詳細が表示された。
ひとまず上から順に確認する。
____________________________________________
〈魔力適性〉
魔力を有していると解放される。
〈剣術・初級〉
剣を持つことで解放される。
初級、中級、上級とランクが存在し、剣に対する理解度、または熟練度次第でランクが上昇する。
〈老練な精神〉
精神が肉体よりも大幅に成長している場合、解放される。
主に──した者が持つスキルで、成長速度に3倍の補正がかかる。
〈天心覚醒×5〉
経験や心の在り方次第でストックを消費してスキルを与えるスキル。
主に─────が有している──の理から外れた力で、─から──に抗う力を与えられる。
____________________________________________
「おぉ~! 魔力あるんだ。それと、一部が読めなくなってるけど成長速度3倍は強いな! 実感ないけど」
上から順にスキルを見た感想を声に出すソラ。
「けど……この〈天心覚醒〉ってスキル。強そうだけど発動する条件がなぁ」
何度見返してもタップしてみても詳細に変化はなく、〈天心覚醒〉の発動条件やどんなスキルが手に入るかなどは分からず仕舞いだった。
「はぁ……まぁ、分からない事にいつまでも気を取られてる訳にもいかないね。
それに、さっきは性別に目がいって見落としてたけど、バックがあるし。
これで死体の問題は解決できるかな?」
ウィンドウ画面の左上の横の方に付箋のような出っ張りがあり、ステータスの隣に灰色で《バック》と表示されていた。
ソラは指でその項目をタップする。
すると先程までステータスなどが書かれた画面が、いくつもの四角い枠のある画面に切り替わった。
横5マス縦8マスの画面の一番上の列には、他の空白の枠とは違いアイコンが表示されている。
その中に一部空白ではなくしっかりとアイコンが表示されている物がある。
沢山のコインが入った袋に革の水筒、それに乾いた肉の計三つ。
「なにこれ」
確認のためにアイコンをタップしてみる。
するとアイテムの名前が表示された。
それぞれ〈お金・銀貨×5〉〈水筒・水入り〉〈干し肉×5〉とアイテム名が表示される。
「銀貨5枚と、水入り水筒に干し肉ね」
アイテムの名前は分かったが問題は取り出し方だ。
「どうやって出すんだろう」
タッチした際に表示されるのはアイテムの名前だけで《取り出す》みたいなゲームのようなコマンドが出る訳ではなかった。
「ステータスは声に出したら出てきたし、アイテムも声にすれば取り出せるかな?」
そう思いアイテムの名前を声に出してみる。
「水筒、取り出し……あれ?」
しかし結果は何も起こらず。
「ん~……なんでだ?」
今度はアイコンをタップしてみる。
「まぁ、アイテム名が出るだけだよね。知ってた」
なんとなくもう一度タッチしてみる。
すると──。
「うわぁ⁉ 出てきた」
どうやら二度、取り出したいアイテムのアイコンをタッチする必要があったらしい。
「収納するにはどうすれば……え、消えた」
突然アイテムが消えて困惑するソラ。
自身の手元を見ながら数秒固まる。
「急になんで? あ、バックにある」
バックの画面には、取り出した際は空白になっていた場所に再び革の水筒のアイコンが表示されていた。
「バック画面を開いてたから?」
確認のためにしゃがみ込み、件の死体に触れてみる。
「よし! 上手くいった!」
触れると死体はまるで最初から存在しなかったかのように姿を消した。
画面に視線を移すと、三つほど新しいアイテムが増えていた。
「三つ増えてる?」
タッチしてそれぞれ確認すると〈ゴブリンの死体〉〈魔石・小〉〈棍棒〉と表示された。
「ゴブリンって実在するんだ。でもこれで死体を放置しなくて済むし、荷物が増えても問題なさそうだ」
なんとか死体の問題を片付けたソラは、ウィンドウの右上にあるバツをタッチして画面を閉じる。
「やっぱりそれで閉じれるんだ。バック……うん、出てくるね」
二度と開けなかったらと気になり、確認のためもう一度を画面を開く。
ソラはバックから水筒を取り出し、水を少し飲む。
「それじゃ、この森から出るために移動しますか!」
バックに水筒を仕舞いながら、ソラは適当に歩き出す。
「それにしても、景色はホントに綺麗だよなぁ」
視線を上げて、木の葉の間から見える空を眺める。
訳の分からない現実からの逃避もあるが、そんなこと忘れそうなくらいこの景色は美しい。
「こんな場所、日本にも探せばあるのかな……」
今度は下を向く。
自分の全体的な姿は分からないが、何度見ても絶対に自分にはないはずの胸が足元の視界を遮っていた。
ちなみに、あったはずのモノが無くなっていることは確認済みだ。
「……まぁ、なんとかなるよね」
そう言って、ソラは前を向いて歩き出した。
最後まで読んでくださった方、ありがとうございます。
楽しんでいただけましたでしょうか?
まだわかりませんよね(笑)。
この作品は不定期ですが、続きを投稿しようと考えています。
面白かったと感じたり誤字脱字があったり、気になることなどございましたらコメントをよろしくお願いします。
応援してくれると私がめちゃくちゃ喜びます。
とてもです。
誤字報告や気になること、ご指摘のコメントなども受け止めて参考にしていきます。
改めて、よろしくお願いします。
追記:
一部修正しました。
〈ゴブリンの耳〉→〈ゴブリンの死体〉
〈ゴブリンの魔石〉→〈魔石・小〉
その他にも
「ひと段落」→「一段落」
「長時間」→「長期間」
今後、もしかしたら大々的に修正を入れるかもしれませんが、ご容赦ください。
これからも頑張って書いていきますので、よろしくお願いします。