復活3
ユリーナが出ていくと室内はいきなり静かになった。
目覚めたその日はベッドの上で安静に過ごす。食事が運ばれてきたが、米も野菜もあり前世で食べていたものとほとんど変わらなかった。肉だけは見たことないようなもので味も食感も匂いも初めて体験するようなものだったが、食べてみると美味しかった。
次の日から俺は行動を開始する。
まずはこの錆びついて動きにくい体をどうにかしなければいけない。いくら最強と言っても十数年動いてない体だ、ここに近道はないだろう。真面目に機能回復に取り組むことにした。
看護師に体を動かしたいことを伝えると車椅子のようなものを持ってきてくれた。前世の物に似ているがタイヤがなく、少し地面から浮いている。前世の車椅子よりも便利そうだ。科学的にもこちらの世界の方が発展しているのだろうか。
それに座ると自動で動き出し、廊下を2、3回曲がると、多くの人が様々な器具を使い体を動かしているホールへと辿り着いた。
「サイリスさんはまずは足腰の筋力とバランス回復を重点的にやって、その後上半身と腕の筋肉の回復訓練をやります。頑張りましょう!」
後から追ってきていた看護師さんが声をかけてくれた。
訓練っていうか、要はただのリハビリだな。
「はい、ありがとうございます」
「早速、まずはこの手すりに掴まりながら立って歩いてみてください」
地道なリハビリ生活の始まりだ。異世界転生の始まりはなかなか地味なものだ。
それにしても、この看護師さんはなかなか可愛いな。二十代前半くらいだろう。やる気は上がる。
「そう言えば、一気に回復したり、機能を高めるみたいな魔法はないんですか?」
「んー、聞いたことはないけど、Sランク以上の人だったら何かあるかもね」
なんだそのそそられる言葉は。この世界はランク付けされた強さの指標があるのかよ。
「あの……そのランクって……」
「お話ばかりしてたらダメよ。はい、ゆっくり歩いてみて」
最後まで言う前に遮られてしまった。仕方ない、とりあえずやるか。
「では……! く……いててて!」
「もっとゆっくりでいいよ。無理はしないでね」
「あ、いや、大丈夫です」
すぐに体を支えてくれた。なかなか優しい看護師だ。今までの人生で女性にこんなに優しくされたことないぞ。前の世界にはくそみたいなやつしかいなかったのに、この世界は素晴らしい。
「もう少し長く歩いてみる? わたしの手を握って歩いてみよっか」
そう言うと看護師は手を差し伸べてきた。マジか。女性の手を握るなんて記憶にある限り覚えがない。さすがにこれはリハビリの一環といっても緊張するな。
「そうですね。では、お願いします」
なるべく緊張を表に出さないように手を握り返した。外見はイケメンなので、おどおどしてたらかっこ悪いしな。
そんなことを考えていると、ふと『イケメン』というワードが頭に引っかかった。そうだった、俺は今めちゃくちゃイケメンだった。なるほど、そう言うことか。
目だけを動かしてあたりの様子を伺うと、他の女性職員、看護師からの視線がチラチラと俺に向けられているのがわかった。
これが俺の経験したことのない、イケメンの世界と言うやつか。女性からの視線を常に集め、無条件に優しく接してもらえる。これぞ俺の求めていたものだ。きっと前世の俺なら、体を優しく支えてくれたり、手を握られたりとかはないだろう。放置された状態でひたすら手すりを行き来させられていたに違いない。
「ん? どうかしましたか? 周りが気になりますか?」
「あ、いや、なんでもないです」
少し周りに注意を反らし過ぎてしまった。イケメンは生きてるだけで楽しいなぁ。
昼間はリハビリ、夜は妹との談笑で転生してから3日が経った。妹は元気で可愛く話してるだけでこちらも元気になってくる。もうすでに前世とは比べ物にならないくらい楽しい。
そろそろ魔法とかそういうのもやってみたいが、誰から教わればいいものか。試しに何度か、適当にそれっぽいことをやってみたが何も魔法は出なかった。何かコツとか、契約が必要だったりとか条件があるのだろうか。
「もうホールの方まで行かなくてもいいですよ。普通に散歩できるぐらいには回復してると思います」
いつも通りリハビリをするために病室から出ていこうとすると、いつも優しく接してくれる看護師が声をかけてきた。
「敷地内でしたら外に出ても大丈夫ですよ」
「ほんとですか! ありがとうございます」
「あとこれ。妹さんからです」
看護師が手に持っていた箱を差し出してきた。
「ユリーナからですか。なんだろう」
リボンなどで装飾された箱だ。外観から察するに普通に考えればプレゼントの類だろう。
開けてみるとそこには新品の靴と服が入っていた。
「お兄ちゃんが外に出てもよくなったら渡してください、って預かってました。お兄ちゃん思いの良い妹さんですね」
「あ、ありがとうございます」
人からプレゼントを貰うなんて何年振りだろうか。
「それは妹さんに言ってあげてね。玄関はここの通路真っ直ぐ行ったところだからね」
クスクスと笑いながらそう言うと看護師は行ってしまった。
一度病室に戻り、外へ出る支度を整えると玄関口へと向かう。自然と足取りが早くなる。
靴を履きドアノブに手をかけ勢いよく外へのドアを開けた。
勢いよく出た初めての外は、拍子抜けするほどに普通だった。パッと見は前世とほとんど変わらない。一応よく見ると、見たことがない木や植物がちょくちょくある。
また、昼間にも関わらず空には薄っすらと月程の大きさの衛星が4つ見えて、少し異世界に来た感がある。本当にここは地球ではないようだ。
さらに辺りを観察しながら病院周りを歩いてみると、高校生くらいの女の子がベンチに座っている姿が目に入った。怪我とかしてるような感じには見えないがお見舞いだろうか。はっきりとは見えないが暗い表情をしている気がする。遠くの景色を眺めているようだった。
近付き過ぎると怪しまれるので少し遠くから眺めていたが、彼女は俺の気配を察知したのか突然振り返ってきて目が合ってしまった。
なぜバレてしまったのか。ここで何も言わず立ち去るのは本当にただの怪しい人になってしまうので、軽く会釈をして堂々と近付くことにした。