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8☆見た目以上で見た目以下です

 

 カツ丼&ミニ山菜そばセット、それとキツネうどんを両手にテーブルへ。食堂のおばさまに「危ないから1つずつ持っていきなよー」というご心配をいただきましたが、最近はトレーニング不足なのでちょうどいいくらいです。

「磨緋瑠さん、お待たせしました」

 じっと俯いていた磨緋瑠さんが、やっとお顔を上げました。また気配を消して壁の花ごっこでもしていたのでしょう。

「食べましょう?」

 磨緋瑠さんのつぶらなお目々が、ご近所をチラチラ行ったり来たり。相変わらず騒々しいので、落ち着かないのでしょうね。初めて訪れる場所というのもありますし。

 ですが、おいおい人目にも雑音にも慣れてくれないと、休日にカフェすら行けませんねぇ……。

「紗衣、寮に帰ったら聞きたいことがある」

 お箸を差し出したところで、磨緋瑠さんが唐突にぼそっと言いました。「はい?」と聞き返す私からすばやくお箸を引ったくり、背中を丸めたままちゅるちゅるとうどんをすすり出しました。

 なんとなく『聞きたいこと』の内容は分かっています……。ちゅるちゅるもぐもぐと動くおちょぼ口をしばし眺め、どこまでお話しましょうかねぇ、なんて考えながらのランチタイムでした。

 *

「さーて、紗衣さぁん?」

 桜花寮、219号室。一足遅く帰った私がブレザーをハンガーに掛けていますと、背後ですでに部屋着に着替え終えた磨緋瑠さんがベッドにばふんと腰かける音がしました。

「さぁ、昼休み何があったか話してもらおうじゃない?」

「昼休み? 何かありましたっけ? 私はおもらしもしていませんし、アリさんの巣をガムで塞いだりもしてませんよ?」

「知ってるわ! んなこと」

 スリッパが片方飛んできました。私が背を向けたままひょいっと交わすと、「ちっ」という舌打ちが聞こえてきました。憤慨しているのが伝わってきます。

 校内と同一人物とは思えない内弁慶です。……まぁ私の前でだけは飾らぬ姿なのだと思えば嬉しい限りなのですけど……。

「2年生の教室のほうから来なかった? 交感神経ぶっ飛んでなかった? どこでなにしてきたわけ?」

「すごいですね、磨緋瑠さん。自律神経のニオイでも嗅ぎ分けられるんですか? そんな才能もあったなんてさすがです」

 私がリボンタイを外しながら振り返ると、磨緋瑠さんはほっぺをぱんぱんに膨らませてフグみたいになっていました。

 小学生の時から同じ部屋で暮らしてきたので、お着替えはお互いにへっちゃらぽいで脱ぎ脱ぎします。ダテメガネを外した磨緋瑠さんの冷ややかな視線を感じつつ、私はロンTとスパッツに変身しました。

「嘘つくのは下手だけど、はぐらかすのは上手くなったね。そういうのいらないから正直に答えて! ケンカじゃないなら決闘の申し込みでもしてきたでしょ!」

「懐かしいですねぇ。私にもそんなやんちゃな時代がありましたねぇ。青春ですねぇ」

「……よく言うよ。最後に男子ぼこぼこにしたの、卒業式だぞ? つい2ヶ月前だぞ?」

 その時の光景が頭上に蘇りました。側頭部に回し蹴りがクリティカルヒットして一発で吹き飛んでいった学ランクソ男子。あれは一発だけだったのでぼこぼこでもないですよ? と反論したかったけれど、とりあえず少しずつ話を逸らすことに成功しているのでよしとします。

「えへへ、そうでしたっけ? それはさておき、今日はクラスメイトに手作りスコーンをいただいたんです。その子は料理部でしてね、色々なものを作ってるそうなんですよ。私もおやつ作ってみたいので料理部に入門してみようかと……」

 デスクチェアに置いたバッグの中から、ラップに巻かれただけのいかにも手作りなスコーンを取り出しました。大きなそれを丁寧に半分こして「どうぞ?」と差し出すと、素直に「ありがと」と受け取ってくれました。

「入門じゃなくて入部でしょ? 紗衣が言うと急に物々しく聞こえるから。道場破りに聞こえるから」

「そうですか? クラスメイトにはお花とかお茶やってそうだねって言われましたよ? 同じ畳の上なら柔道のほうが得意ですって言ったら信じてくれませんでしたけど」

 山育ちのわりに色白、身長も157センチの標準体型なので、昔から容姿だけはお淑やかに見られていた私。男子をボコっている最中、「ギャップが激しすぎる……!」と何度耳にしたことか……。

「お願いだから女の子に手ぇ出すとかしないでよね? 身体が勝手にーっとか戦闘スイッチ入らないでよね?」

「それはないと思いますよ? 中学の時だって、陰険バカ女子にはファイティングポーズしただけだったでしょう?」

 私が拳を構えると、磨緋瑠さんは呆れ顔で首を横に振りました。

「あれはファイティングポーズとらなくても、圧とオーラだけで震え上がってた気がするけど……って、そんな話どうでもいいからっ!」

 見事なツッコみです。アッパレです、磨緋瑠さん。

 しかしこれ以上引張れないと悟り、私はスコーンを一気に頬張りました。私が飲み込むまでじっと睨んでいる磨緋瑠さん。わざとよぉーく咀嚼していた私ですが、とうとう口が空っぽになってしまったので、何かしゃべらなくてはならなくなりました。

「あーそうだ。紅茶を入れるの忘れてましたねぇ。口の中が砂漠ですよぉ。……えーとえーと、そうだ! あー、カヌレというスイーツを食べてみたいですねぇ。今週末は駅ビルのケーキ屋さんでも覗いてみましょうかねぇ」

「ちょっとぉ! どんどん話し逸らさないでお昼の話ししなさいよー!」

「もー、しつこいですねぇ。しつこい人は嫌いです。あーそうだ、紗衣はこのスコーンの作り方を教わりに、クラスメイトの部屋を訪れてきます。あー忙しい忙しい」

「ちょっとぉ! 逃げる気ぃっ?」

 いそいそスリッパを脱ぎ捨てます。後ろ手に扉を閉めると、「もー!」という磨緋瑠さんの雄叫びが漏れ聞こえました。肩で大きく息を吐いて、さてどこへ行こうかなと扉にもたれます。

 演劇部に入門したら、少しは嘘が上手くなるでしょうか……。


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