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7☆バーサーカー

 

 出遅れた私たちが座る席などはなく、学食はすでに満員御礼だった。ぽつりぽつりと1つずつは空いているものの、2人一緒に座れる席は見当たらない。

 学食で食べてみたいと言い出したのは私。入学してから一度も行ったことがなかったからという理由もあるが、いつも購買なのでそろそろレパートリーがつきてきたのだ。そして、この星花女子学園の学食はおいしくて評判と聞く。

 しかし人が多い……。多くてクラクラする……。あちこちからのキャッキャウフフが騒音でしかない。女子たちの笑い声が、私を指差して笑っているように思えてならない……。

 誰も私のことなんて見ていない。眼中にない。過去のことなんて誰も知らない。

 それに紗衣がいる。私の隣には心強い紗衣がいてくれる。だから大丈夫。

 そうは分かっていても……。

「どうしますか?」

 無意識に紗衣の腕を掴んでいた。大きな猫目が覗き込んでくる。

「どうするって……空いてないなら諦めて購買行くしかないでしょ? カツ丼は明日にでも……」

 正直、学食というものを堪能してみたかった私としても若干後ろ髪引かれる思いだが、こうも混雑しているとなると、人目が気になって気になってランチどころではない。

 紗衣なら分かってくれるよね? 察してくれてるよね? そう期待を込めて返答した私だったが、普段パッチリ二重の紗衣の目がスッと細まった。

「ダメです。カツ丼は譲りません。私がどうすると聞いたのは、別々に座るか、どいていただくか、どっちにするかです」

「ど、どんだけカツ丼っ? どんだけ食べたいのよぉ。明日でもコンビニでもいいじゃーん」

 慌てて腕を引き寄せたが、一見華奢な紗衣の上腕筋がムキッと盛り上がった。ヤバい。本気だ。紗衣の筋力に私が勝てるわけがない。この洗練された筋肉に逆らう術など私にはない!

「分かった、分かったから! じゃ、じゃあ待とう? もうちょっと待てば空くかもしれないから待とう?」

「ぬるいですよ、磨緋瑠さん。女子は食べるのが遅いのです。そして食べ終わってもキャッキャウフフとしゃべり続けます。駅前の立ち食いそば屋じゃないんですから、食べてすぐ席を立つ人なんていませんよ。磨緋瑠さんはここで待っていてください。どいていただいてきます」

 制止など聞く紗衣ではない。さっさと腕を振りほどき、食堂の中へとズンズン突入して行ってしまった。

 私のためなら何でも叶えようとしてくれる紗衣だが、猪突猛進なところが玉に瑕……。

 もういいよと私が途中で折れても、紗衣だけはガンガン突き進み、獣道をバッサバッサと切り開いて行くバーサーカーなのだ……。

 小さい頃の紗衣はおとなしかった。ミカちゃん人形やチルバニラファミリーでおままごとをするのが好きだった。裏山で探検ごっこをしようよと私が誘っても、しぶしぶついてくるだけで、走り回ったりする子ではなかった。

 だけどいつも側で、一番近くで見守っていてくれた。2人分のおやつとジュースをリュックに詰め、木の根っこに座っていつも私を見上げていた。よじ登ってもぎってきたみかんを渡すと、満面の笑顔で喜んでくれた。

『さいにはいちばんあまそうなのあげるね! こっちはおにいちゃんの。んで、こっちはわたしの』

『やったぁ! まひるおじょうさんとたべるみかんはとってもおいしいです!』

 お気に入りのヘアパッチンが、ピンクのハート型からシルバーの月型に変わった。だけどデコ出しのロングヘアは変わらない。色白なのも二重の猫目も、桜の花びらみたいな薄い唇も、容姿はあの頃とほとんど変わらず面影を残している。

 だけど、私が変わってから、紗衣も変わってしまった……。

 紗衣のことは大好きだ。今も昔もそれは変わらない。一番頼れる存在で、一番大切な存在だ。

 心身共に強くなった紗衣。私は今みたいにおいてけぼり。違う、追いつけないのだ。豪快に突き進める紗衣の影で、身を潜めながら様子を伺うしかできない……。

 学食に入り、紗衣が真っ先に向かったのは隅っこの2人がけ席。そこには今にも額がくっつきそうな距離で内緒話をしている2人組がいる。ちなみにブレザーの刺繍はオレンジ色。それは3年生を表す学年カラーだ……。

 まずいまずい。紗衣は2つも上の先輩をどかそうとしている! 詰めてもらおうとか椅子を1つ譲って貰おうとか、そういう発想はないのか!

 紗衣のことだ、隅っこなら私が一番安心して食べれるだろうと思っての計らいなのだろうが……。

 いやいや、食べにくいからっ。先輩どかしておいてカツ丼とかガツガツ食べれないからっ。その先輩2人どいていただいたところで、周りの人の目があるからね? 現にもう周りの人に見られてるからね? 紗衣の道場破り感に気が付いてるからね?

 まっしぐらに先輩ズの元へ辿り着いた紗衣が何か言っている。キャッキャウフフの雑音も手伝って、この広い学食の隅の声はどう頑張ってもここまでは聞こえない。何事かと見上げる先輩ズは、青ざめた顔でバタバタと慌ただしく定食のトレイを返却口へ下げに行った。

 何を言ったのだ? 先輩相手に何て言ってどいてもらったのだ? 紗衣は顔色ひとつ変えることなく、先輩ズが学食を出て私とすれ違うまで見届けていた。

 紗衣と目が合う。聞こえはしないものの、「磨緋瑠さーん」と口が動いている。手招きもしている。行きづらいよ? 隣の席の人たち、こっち向いたよ? 行きづらいよ?

「仕方の無い人ですねぇ」

 呆れの混じった笑顔で、紗衣は入り口で立ち尽くす私を迎えに来てくれた。さっきの迫力はどこへやらの、いつものリンとした紗衣に戻っている。「ほらほら」と、引かれるまま隅っこの席に座らされた。

「磨緋瑠さんは食べるのが遅いから、今日のところはキツネうどんかなんかでよろしいですか?」

 コップの形に広がった水滴を、テキパキとポケットティッシュで拭き取りながらも、紗衣の視線はメニュー表に向いている。隣席の目がいつこちらを向くのかビクビクしている私が小さく頷くと、「じゃあ待っててくださいね」とプリーツスカートを翻した。

 紗衣の背を見送っていると、お隣さんと目が合いそうになった。すかさず下を向く。私は壁の花。私は壁の花です。ここにいるのは人間ではありません。どうか見逃してください……!

 ……遅い。まだ数分しか経っていないのであろうが、何十分も待たされている気がする。

 黒縁フレームと前髪の隙間から、紗衣の姿を探した。まだカウンターの前。トレイは空だ。早く帰ってきてぇと念を送る。

 その時、ブレザーの胸元が震え、同時に私もびくっと震えた。

 先週末に契約したばかりのスマホが震動したのだと気付いた。びっくりしたし、気持ち悪い。大多数の女子高生がスマホを持っていると聞くが、みんなはこの震動に何の違和感もないのだろうか。私もいつか慣れるのだろうか。

 内ポケットにのろのろ右手を突っ込む。催促するようにもう一度震えた。

『カツ丼に時間ロスです』

『もう少し待ってくださいね』

 通知はメッセージアプリから。紗衣からの進捗報告だった。スマホを購入してからというもの、私が操作に慣れるようにと、寮にいる間もいちいちメッセージで話しかけてきていた。おかげで多少は操作できるようにはなったが……。

 そうか、さっき野暮用を済ませていたと言っていたが、ああいう時に『どこにいるの?』と使えばよかったのか……。習慣がなかったので思いつかなかった。

 逆に言えば、なぜその野暮用とやらの前に『ちょっと待っててくださいね』と一言くれなかったのか……。

 急いでいた? 忙しかった? すぐ終わらせるつもりだった?

 いや、今日はカツ丼だ。紗衣は戦闘モードだ。

 ケンカしてきたか? これからか?

 やっぱり怪しい……。






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