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5☆おやつタイムは欠かしません

 

 氷の姫騎士……。

 あのくらい強引で純粋に人助けができる方でないと、磨緋瑠さんをお守りできないでしょう。入学早々、目論見通りのお相手に遭遇するなんて運命としか……。

 しかし……。

「紗衣の嘘つき。分かってんだからね? 聞いてんのー?」

 嘘つき……その言葉があの姫騎士のお顔を思い出させます。

 昼食の最中も午後の授業も、私はずっとあの方のことばかり考えていました。

 そういえば、昼食を裏庭の片隅で食べている間、磨緋瑠さんは私に同じ詰問と暴言を繰り返し浴びせていました。ガン無視しましたけど。

 ということで、寮に帰ってきてからも、ずっとずーっとこの調子なのです……。

「嘘つき嘘つき。見てたでしょ! どっから見てたわけ? なんで声かけてくんなかったわけー?」

「うるさい人ですねぇ。考え事してるんですから、ちょっとは静かにしてくださいよ」

「なにそれー! 完全にごまかしてるでしょ? 紗衣は嘘つくの下手だから、しゃべらないようにしてるんでしょー!」

 う……さすが幼なじみ。伊達に15年を共にしてませんねぇ。敵、恐るべし。

 私は顔色を悟られないようベッドにごろんと転がり、「ちょっと昼寝します」と言って磨緋瑠さんに背を向けました。

「さーぁいーぃ!」

 のしのしと足音が近付いてきたのですかさず布団を被りました。頭まですっぽり、しかもめくられないようしっかりガードマックスです。要塞です。

「嘘つきー。裏切り者ー。ごまかすなー。ベジタリアーン。起きろー」

 ……なんか統一性のない単語が含まれていましたが。

「あー眠い眠い。磨緋瑠さんを探し回って疲れたから、ベジタリアンは眠いのですよー。夕飯の時間になったら起こしてくださーい」

「ほらっ、ボー読みじゃんか! なにを隠してるのか吐けー」

 王子様のような姫騎士様はいかがですか? なんて聞けますか!

「もー! 紗衣がその気なら、こっちにだって考えがあるんだからね!」

「……なんですか? 脅しても私はなにも……」

「へーぇ? 紗衣のだーい好きなアレ、布団の中に入れてもいいのかなーぁ?」

 アレ、と聞いただけでぞわっと全身に鳥肌が立ちました。口角の上がった「いいのかなーぁ?」が近付いてきます。

「や、やめっ! わわわわわ分かりました! 分かりましたからやめてくださいっ!」

 私は布団を押しのけ、ベッドから飛び跳ねるように身を起こしました。眼前にしたり顔の磨緋瑠さん。自然と喉の奥から「くぅっ」と悔しさが声になってこみ上げてしまいました。

「ふふんっ。ようやく白状する気になった?」

「……卑怯ですよ? 人の弱みを……」

「へへーんだ。卑怯者に卑怯だなんて言われたくないねー」

 確かに荒療治とはいえ、守ると約束した磨緋瑠さんを見捨てて観察はしていましたけど……それは卑怯者なのでしょうか……。

 しかし、今現在進行形で不利なのは明白に私です。ここはおとなしく、白状するしかなさそうです……。

 私は乱れた髪を手櫛で鋤きながらベッドに座り直しました。ようやく吐く気になった私を見下ろすと、磨緋瑠さんも満足げに隣に腰かけました。

 ひとつ咳払いをして、自白タイム突入です。

「磨緋瑠さんが木から飛び降りるちょっと前からですよ。怖かっただろうとかなんとか言って抱きしめられているところも見ていました」

「ほほほほほらっ! やっぱ見てたんじゃん! なんで助けてくんなかったわけっ?」

 紅潮してわなわなする磨緋瑠さん。お怒りにか、それとも照れなのか……。

「ですが、その後すぐ、一度3組まで戻ったんです。だからどうやって抱擁を解いたのかとかの全貌は見ていません。戻ってきてすぐ磨緋瑠さんたちと鉢合わせたんですよ。茂みを覗いている間の会話も聞こえなかったですし」

「ふーん……?」

「なんですか、その疑わしげな目は。これで全部ですよ? 全部吐きましたよ!」

 唇を尖らせて不満を表す磨緋瑠さん。だって事実なんですもん。

「じゃあさ、なんで助けてくんなかったわけ? なんで一旦3組まで戻ったわけぇ?」

「それをお話する前に、私も聞きたいことがあります」

 私は一度言葉を切り、ケトルのスイッチを入れに立ち上がりました。磨緋瑠さんは黙ってその一部始終を目で追っていました。頬の紅潮は徐々に引いてきています。

「どうぞ?」

 自宅から持ってきているキャラメルティーを2つ入れました。ローテーブルにカップを置くと、磨緋瑠さんはしぶしぶこちらへやってきました。1つずつ投入した白い角砂糖が紅茶色に染まり、シュワシュワと溶けていきます。

「で、なに?」

 しびれを切らした磨緋瑠さんが、カップに一度口を付けてから尋ねてきました。

「磨緋瑠さんは、あの先輩のお名前を聞きましたか?」

「紗衣だって聞いたじゃん。雪宮先輩でしょ?」

 それがなんだと言わんばかりにふてぶてしくカップを置いた磨緋瑠さん。入れ替わりに私が1口すすります。

 私は柚原さんから得た情報を、そのまま磨緋瑠さんに伝えました。初めは怪訝な顔をしていた磨緋瑠さんでしたが、私が問うた意味がわかったらしく、少し間を置いてからぽつりとこぼしました。

「嘘つくような人とは思えないけどな……。バナナ女のほうが嘘ついたか、人違いでガセネタ掴まされたんじゃないの?」

「やっぱりそうですよねぇ? でも、あの情報屋さんは信憑性の高い口ぶりだったんですよ。すらすら答えてくれましたし。ああいうタイプは自分の情報に自信を持っているでしょうから、不確かなことは言わないはずです」

「確かに、バナナ女の情報通り、先輩はあそこで子猫助けたって言ってた。それ以来その子が心配で、たまに覗きに来るんだって……」

 磨緋瑠さんはそのまま、茂みの前でしゃがみ込んでいた経緯をお話してくれました。

 勘違いしたまま磨緋瑠さんを抱きしめていた先輩は、茶トラの子猫・チャトランが視界に入って、ようやく腕を緩めてくれたそうです。助けて以来すり寄ってくるチャトランは磨緋瑠さんに警戒していたらしく、遠くから先輩を呼んでいたので、「紹介しよう。君と同じだ」と言って子猫のところへ寄って行ったとか。

 ちなみに磨緋瑠さんは虫も平気だし動物も大好きなので、先輩にビビりながらもついて行ったそうで……。

「なるほどですね。磨緋瑠さんらしい」

 とはいえ、あの短時間で鉄壁の人見知りが易々と砕けるとは思いがたいですね……。あの先輩との中に他にもあったのではないかと睨みましたが、もう少し様子を見ることにしましょうか……。

「明日、私もチャトランに会いに行ってもいいでしょうか」

「……なんか企んでるでしょ?」

「い、いえ。私だって小動物好きなことはご存じでしょう? それに、先輩も一緒に来ていいっておっしゃってましたし……」

 カップを口元に運びながら、ジトーっと上目使いをしてくる磨緋瑠さん。すかさず目を逸らしましたけど。人間不信で極度の疑心暗鬼とはいえ、私にここまで疑いの目を向けることは今までにあまりなかったのですが……。もう少し演技派にならねば、ですね。

「磨緋瑠さん! 紅茶にはやっぱりバウムクーヘンですよねぇ」

「……」

「……い、いらないのなら、2つとも私が食べちゃいますよーだ」

 私はデスクの1番下の引き出しを開けます。そこはおやつがぎっしりのおやつパラダイス。たくさんの中から年輪のような焼き菓子を手に取り、「あー、イチゴもプレーンも捨てがたいですねぇ」と、わざと大きな声で選ぶふりをしました。

「……紗衣、ボー読み」

 そりゃそうですよ。磨緋瑠さんと一緒に食べたいんですもん。食べてほしいんですもん。嘘っぽく聞こえたってしょうがないじゃないですか……。

「分かったよ。明日、チャトランとこ一緒に行こ」

「えへへ、楽しみです」

 くるりと回ってイチゴ味を差し出すと、「両方食べたいから半分こしよ?」と提案されたので、私は奇麗に半分こし、ティッシュの上に2つずつ並べました。

 十何年も一緒に食べてきたおやつの時間も、あとどれくらい共にできるのでしょうか……。

 それでも、かわいいアヒルさんの巣立ちは、ちゃんと私の手で……。

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