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4☆お名前は?

 

「もちろん知ってるよ! それは2年4組の氷室ひむろ先輩ね」

 180という高身長だけでもかなり絞れますが、さすがは情報屋さん。あのクールなお顔立ちの説明をすれば一発でした。

「えっとね、バスケ部のエースだね。一見クールだけど、めちゃめちゃ紳士なんだよ。去年、高等部のバスケの試合を偵察した時には、衝突で転倒したチームメイトに1番に駆け寄ってお姫様抱っこでベンチに運んであげたりとか、木に登って降りれなくなっちゃった子猫を助けてあげてたりとか……。あ、どんな人か知りたいって、家族関係とか知的財産のことだった?」

 平然とそんなことを言う柚原さん。情報屋をやって長いのでしょう。多少のことはメモなど見ずに答えられるとはアッパレです。

「あー、それとねぇ」

 柚原さんはぴょこんと人差し指を立てました。

「あだ名は『氷の姫騎士』。一見クールだし、名前から『氷の』なんて付いてるけど、その通りナイトかプリンスかって感じだもん。上手いこと付けたよねぇ。本人的には恥ずかしいからやめてほしいみたいで、だからこのあだ名はファンの中だけで使われてるよ」

 姫騎士……。確かにぴったりですねぇ。

「あとはどんなこと知りたいの? スリーサイズとか?」

「いえ、その程度で結構ですよ。素晴らしい暗記力ですね。校内のことはなんでもござれ、ですか?」

「えへへ、ありがと。なんでもじゃないけど、知ってることならいつでもどうぞ!」

「こちらこそありがとうございます。えっと、これは御礼代わりと……」

 私はビニール袋からバナナオレを取り出しました。裏庭から戻る途中、再び購買へ立ち寄ったのです。さすがに生バナナは売っていなかったのですが、差し出した紙パックを見て「いいのっ?」とお目々をキラキラさせた柚原さん。加工品もお好きなようでホッとしました。

「御礼代わりと、取り引きの粗品です」

「取り引き?」

「はい。足りなければ後日バナナを購入してきます」

 キョトンとしていた柚原さんでしたが、察したのか血が騒いだのか、徐々ににんまりと口角を上げて「いいよ? どんな取り引き?」とバナナオレを受け取りました。

「私は美邦磨緋瑠さんのことならなんでも知っています。柚原さんが知りたいことはなんでもお教えします。その代わり……」

「その代わり?」

 柚原さんが身を乗り出してきました。

「彼女には、磨緋瑠さんご本人には、これ以上質問攻めしないでください。お願いします」

 私が深々と頭を下げると、柚原さんは少し困ったように「うーん」とうなりました。情報屋というのはつまり知りたがり屋。私がこうして頭を下げている理由すらも知りたいに違いありません。

「分かったよ。何があったのか知らないけど、聞かれたくないことまで突っつくようなことはするつもりないし」

 こめかみをぽりぽりする柚原さん。マスコミの真似っこはしているものの、理解のある方で安心しました。

「ありがとうございます。では、私はこれで」

 1年3組、柚原七世さん。なかなか良い人材を確保することができました。付き合い方によっては毒にも薬にもなる存在ですが、今のところは強い味方と言えるでしょう。

「さて」

 私は再び裏庭へと急ぎます。熱い抱擁の最中、私はあの先輩の情報を得るために戻ってきただけなのです。放置中の磨緋瑠さんですが、彼女のことですので、きっとその場にへたり込んでいるに違いありません。それも計算した上で戻ってきているのでノープロブレムです、多分。

 職員室近辺以外は小走りで。すでに温くなってしまったであろう2つのカフェオレとサンドイッチが、ビニール袋の中で暴れています。

 昇降口を通りかかった際に時計を確認すると、私が離席していたのは8分間でした。磨緋瑠さんが立ち直るにはまだまだ時間がかかるはずです。私は確信しながらも、忍者のごとく足を進めました。

「あら……?」

 どうしたことでしょう? 外廊下へ続く扉をそっと閉じ裏庭へ出てみると、そこで抱き合っていた2人の姿がありませんでした。一悶着して移動したのでしょうか? もしかして入れ違ってしまったでしょうか? 私は慎重に辺りを確認しました。

「……んだ。もっと……」

 かすかにですが氷室先輩の声が聞こえてきました。もう少し壁から身を乗り出して覗いてみると、裏庭の奥の雑草地帯にしゃがむ、2つの背中を見つけました。

 今朝、せっかく私が結ってあげたというのに、強風にか暴れたのか、ボサボサになってしまっている磨緋瑠さん。先輩とは身1つ分距離を置いているものの、どうやら先輩の手元を覗き込んでいる様です。

 あの磨緋瑠さんを手名付けるとは……氷室先輩、何をしたというのでしょう……。

「……くないから……だぞ?」

 やはり距離的に、私のところからは2人の会話が聞き取れません。うーん、もどかしい! いっそ声をかけてしまいましょうか……。

「……たく……といい」

 何を口にしたのか分からないまま、先輩がスッと立ち上がりました。慌てて私も身を引きます。遅れて磨緋瑠さんも立ち上がりました。

 このまま2人は校舎へ戻ってくるかもしれません。私はそっと扉を開け、あたかも「今来ましたよー。偶然ですねー」を装うことにしました。

「磨緋瑠さん、探しましたよ? こんなところにいらっしゃったんですね?」

 磨緋瑠さんは私の姿を見て一瞬ギョギョッと驚いていましたが、なぜか疑わしげにじとーっと目を細めました。とっさの嘘でボー読みになってしまったでしょうか? さすがは幼なじみ、あちらも私を熟知しているというわけですか……。

「友達か?」

 先輩に問われ、私はぺこっと頭を下げました。

「はい。1年の桐生と申します。あの、友人が何かお世話になったのでしょうか?」

 なるべくボー読みにならないように先輩を見上げます。疑う素振りもない先輩が「いや、そんなんじゃない」と、クールな微笑を浮かべました。あら、笑顔も素敵です。

「私は2年の雪宮だ。桐生、今度君も一緒に来るといい」

 ゆ・き……み・や……?

「じゃあな。お先に」

 先輩は軽く片手を上げ、体育館へと去っていきました。磨緋瑠さんにジト目を向けられたままなのを感じていましたが、それどころではありません。

「ゆき……みや先輩?」

 シャープな後ろ姿を思い出しながら、私はその名を口の中で反芻しました。

 私はガセネタを掴まされたのでしょうか? それとも人違いだったのでしょうか? それとも先輩が嘘をついたのでしょうか……?

 だとしたら、なんのために……?




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