表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

2☆スパルタでいきます

 

「紗衣のバカ。鬼。悪魔。鬼畜。ドエス。死神」

「聞こえてますよ? 磨緋瑠さん」

 桜花寮。ここは星花女子学園の麗しき女子生徒たちが希望で入寮できる2人部屋を備えた施設です。

 希望というのは自宅通学か入寮か、という希望の話でして、ルームメイトを指定することはできません。

 ところがこの219号室、見事に私と磨緋瑠さんの名前が掲げられているではありませんか……。

 ということは私と磨緋瑠さんは数百分の1の確率でルームメイトになったということでしょうか?

 それはそれで運命のような、指命のような、偶然にしてはできすぎていて……なんだか邪悪な力を感じますねぇ……。

「いつまですねてるんですか?」

 私は荷ほどきを終え、ベッドで一息つきました。腰掛けたスプリングがギシッと音を立てました。清掃は行き届いているものの、設備はやはり年期が入っているようです。伝統ある学校なので致し方ないですね。決して私が重量オーバーというわけではありません。決して。

 磨緋瑠さんは式の後、私の迎えを待てずに寮へ戻っていました。3組や下駄箱、校門周辺と、待ち合わせに使いそうなところをくまなく探したにも関わらず。まさかまさかと思い寮へ戻ってみれば、灯りもつけずに隅で丸まっていました。

 忍者か影武者か、はたまた幽霊かのようにササッと消えてきたのでしょうけれど……丸めたその背中からは、恐ろしいほどの殺意がにじみ出ていました。

 窓に視線を向ければ、外はもう陽が落ちかけていました。殺人ダンゴムシは、あれからずっと同じ態勢で、こちらに殺意と冒眩を垂れ流し続けています。

 カーテンを閉めようと窓際に足を進めると、やっと顔を上げた磨緋瑠さんとガラス越しに目が合いました。もちろん、その瞳孔にも殺意がたんまり籠もっています。

「謝りませんよ?」

「紗衣のあんぽんたん。オタンコナス。お前の母ちゃん……」

「なんですか?」

 言いかけてやめたので振り返ると、磨緋瑠さんはまたプイッと顔を逸らしました。両親の元で働いていた従業員とはいえ、6年間も一緒に住んでいた私の母をなじることができなかったのでしょう。……私のことはボロクソですけど?

「あの後……」

 ポツリと磨緋瑠さんがこぼしました。その後もなにかもごもご言っているのですが、膝の間に顔を埋めているので聞き取れません。私は磨緋瑠さんの隣に同じように座り、壁に背を預けました。

「あの後、なんですか?」

「……変なのにからまれた。同じクラスの陽キャラに……」

 私はチクッと心が痛みました。お嬢様高校に行けば、さすがに低レベルなクソガキはいないと思っていたのですけれど……。

「なんて言われたんですか? 暗いとか、地味だとか? それともメガネザルとか。あっ、ナメクジとか……」

「違う」

 わざと言うと、ふくれっ面がこちらを睨みました。部屋ではダテメガネは外しているようです。そのほうがかわいいのに。

「じゃあ、なんですか?」

「……教えてって言われた」

「なにを?」

「……出身校とか、この高校を選んだ理由とか。そいつ、内部生だったみたいで、初めましてだね、とか馴れ馴れしく声かけてきて……。あと、紗衣のことも聞かれた」

「私のことも、ですか?」

 ジロリと一瞥して、「なんでか分かるでしょ?」と呆れ声で言われました。まぁ、そうですよねー、とは思いましたけど。

「単に人なつっこい方だったんじゃないですか? ほら、磨緋瑠さんだって小学2年生の時、転校生に1番に声をかけてあげて……」

 続けるのをやめました。小学生の頃の思い出は、磨緋瑠さんにとっては全て嫌な思い出にすり替わってしまっているので。……私にとっては、明るくて元気いっぱいな磨緋瑠さんとの楽しい思い出もいっぱいあるのですけど……。

 私は緩く癖のある橫髪を耳にかけ、1つ咳払いをしました。気付けば、磨緋瑠さんのデスクにはペン立てやら置き時計やらがきちんと並んでいました。ベッドも奇麗にカバーがかけられていました。

 きっとヤケクソでさっさと終わらせたんでしょうね。一人っ子の私と同じ部屋だった磨緋瑠さんは、いつだって整理整頓を心がけていましたし。

「それで、磨緋瑠さんはなんと答えたんですか?」

「しゃべんなかった。なんかそいつ、私が黙ってたら『じゃあお近づきの印に、これでどう?』とか言ってバナナ出してきて……」

「バナナ? なんですか、そいつ。ずいぶんやべぇやつもいるんですねぇ。バナナの皮はすべっても、口はすべらんぞとか言ってやればよかったのに」

「ぷっ、なにそれ」

 笑ってくれました。私はホッとしました。登校時も入学式の最中も、ずっと心配していましたが、やっと笑顔を見せてくれたことに、少しだけ安心できました。

 笑顔だけはあの事件の前とほとんど変わらなくて可愛らしいです。

「ちょうど担任の先生が入ってきて、入学式の説明するからとりあえず座ってって言ってくれたから逃れられたんだけどさ、私の席探すのもあわあわしちゃって……。まぁそれも先生が教えてくれて助かったんだけど」

「机に名前貼ってありましたよね。磨緋瑠さんはミだから奥のほうで見つけにくかったんですね?」

「そう。しかも私のいくつか後ろに、そのバナナ女がいてさぁ……」

 磨緋瑠さんはふーと1つ息を吐きました。先生の説明の間も視線を感じてそわそわしていた、その光景が目に浮かびます。

 確かに、中学から上がっている内部生の輪があるので、私も若干の疎外感で居心地よくはなかったですけれど。まぁ1組には幸い妙な女はいなかったので、明日以降は様子を見ながら友人を作っていこうかなとは思っています。

「ねぇ、磨緋瑠さん」

 私は壁に吊るした、2つのお揃いの制服を見上げました。磨緋瑠さんがこちらに顔を向けたのを視野の端で捉えました。

「クラスは離れましたけど、私はできる限り磨緋瑠さんを気にかけます。せっかく同じ高校に進学したんですから。でも……」

「でも?」

 廊下から、生徒たちの楽しそうな笑い声が聞こえてきました。

「少しずつでいいですから、私と距離を取っても大丈夫なくらいには、強くなってくださいね?」

 言って目を合わせると、磨緋瑠さんは信じられないものを見たようにお目々とお口をポカンと開けていました。笑い声が遠ざかっていきます。

「い、いやだよぉ。紗衣がいない学校生活なんて……」

「私だって、磨緋瑠さんと離れるのは寂しいんですよ? だけど、それじゃあ私は友人1人もできない高校生活になります。磨緋瑠さんは私が友達イナ子でもいいんですか?」

 小学校からの友達がいた中学時代とは違います。全く新しい土地での生活を、磨緋瑠さんにつきっきりでいるわけにはいかない……そう悟った磨緋瑠さんの目には、みるみる涙が溢れていきました。

「分かってるけどさぁ……けど……さ……」

 またも俯いて膝頭にポタポタと滴を落としながら、磨緋瑠さんは必死に言葉を紡ごうとしていました。頭では理解できていても、口にするほど容易くないことは重々承知です。

「徐々にですよ、徐々に。ある日突然いなくなったりしませんから」

「……ほんと?」

「もちろんです。よく考えてください、今日から3年間はこの部屋で一緒なんですよ? 私だって逃げようにも逃げられないじゃないですか。学校内でのお話ですよ。ゆくゆくは休日も、ですね」

 力なくうん、と頷く磨緋瑠さん。単なるダダっ子じゃないことは分かっています。理解しようとしていることも分かっています。

 何年付き合っていると思ってるんですか。私ほど磨緋瑠さんを理解している人はいないという自負がありますよ……。

「磨緋瑠さん、食べますか?」

 私は一度引き出しにしまったお菓子を取り出しました。ガサガサとその袋を上下させます。磨緋瑠さんは部屋着の袖でごしごし目元を拭って頷きました。

「うふふ。寮の食事が口に合わなかったらいけないと思って、色々買ってきちゃいました。うすしおですよ?」

 幼い頃からずっとおやつも一緒だった私たち。従業員用の休憩室で、おやつを食べたりおままごとをしたり。時には女将さんごっこもしました。

 だから、磨緋瑠さんの好きな物も嫌いな物も、ちゃんと心得ているつもりです。

「なんで? 紗衣はコンソメ派じゃん」

「たまにはいいじゃないですか。さ、どうぞ?」

 そして磨緋瑠さんもまた、私の好き嫌いを把握してくれています。嫌いなものが多い私とは違い、なんでもおいしそうに食べる磨緋瑠さん。幼い頃からの癖で敬語を使っているので口調こそ私のほうが丁寧に聞こえるかもしれませんが、腐ってもお嬢様な磨緋瑠さんは、ふとした時に育ちの良さを感じます

 袋を開けて差し出すと、「ありがと」と言って1枚口に入れました。「ん」と袋を戻してきたので、私も1枚口に入れます。それの繰り返し。私たちはポテトチップが半分くらいになるまで、袋を行ったり来たりさせました。

「紗衣はさ」

 口火を切ったのは磨緋瑠さんでした。デスクに置かれたティッシュ箱から1枚抜き取り、指をふきふきしながら扉のほうへ視線を向けました。その先からは、生徒たちのキャッキャウフフが聞こえていました。

「離れたら寂しいって言ってくれたけどさ、私に紗衣がいなくなって寂しくない日が来ると思う?」

「それはないでしょうね。……と言いたいところですけど、いつかそんな日が来るかもしれませんよ?」

「考えられないな……。そんなの」

 私もです、とは口にしませんでした。だって、これからそれを実現しようとしているのですから。

 巣立ってもらわないと。いずれそうなる日が来る前に。

 私の決意が揺らぐ前に。

「チョコ、食べたくなりましたね」

「分かる。その前に喉渇いたよね」

「エレベーターホールに自販機がありましたから、私買ってきますよ」

 立ち上がると、いつの間にかとっぷり日が暮れていることに気が付きました。もうすぐお夕飯だけど、入学祝いということで甘やかしてあげることにします。

 でも……。

「ヒャンタグレープでいいですか?」

「うん。なかったらお任せでいい」

「はーい。じゃ、行ってきますね」

 でも明日からは、スパルタでいきますから、覚悟してくださいね?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ