第二十二話 構想は立派だった模様
極北の土地、オーロラが連なる雪に覆われた大地。
それがヒュペルボレイオス。数千年前より人はそこへ住みつき、ある錬金術師が王となって彼らをまとめ上げた時期もあったが、今となっては国の面影はない。
その王のいた時期のこと、『天命の錬金術師』と呼ばれた王サバオートはある壮大な計画を立ち上げた。それが、人が生まれ育った大地を離れて、天空を目指す『太陽大計画』。空には天国があると信じた者もいれば、星々に手が届くと信じた者、無重力の存在を知っていた者、その時代のさまざまな技術者、労働者、知識人、そして錬金術師たちがヒュペルボレイオスの土地に集った。
だが、計画はあまりにも長期の時間を必要としたため、計画の初期段階で多くの技術者たちが寿命を迎えた。無論、サバオート王は完成までのすべての計画を記していたため、たとえ計画の起案者たちがいなくとも継いでいけばいいだけなのだが、完成までにかかる時間の推算が——サバオート王の予測では約六百年。しかし、度重なる不具合や技術継承の困難さにより、計画は何度となく延期や中断を余儀なくされ、結局現代に至っても完成の目処は立っていない。
そのサバオート王が『太陽大計画』によって作ろうとしたものは、何か。
それが、『世界樹』。天高く、成層圏よりも高くまで伸びる人工都市。そのエネルギー源には極北の海中に眠っていた巨大火山生物スルトの核を用いて、その外壁にはオリハルコンよりも軽くて丈夫な透明の『ヤルンヴィド鋼』が使われ、予備電源として太陽光発電を可能とした疑似光合成パネル型出力炉搭載分枝コロニー都市『ミステルテインの枝』が備わっている。
そのはずだったのだが、いつの間にか『ヤルンヴィド鋼』の精製方法は失伝し、コロニー都市は相争って滅び、遠目には枯れた大木が聳えているにすぎない。何より『世界樹』の内部は芯部分を貫く縦穴以外は巨大な迷宮も同然だ。加えて、月日が経つにつれてスルトの核から生み出された余剰エネルギーの処理が追いつかなくなり、やがてそのエネルギーはモンスターとなって『世界樹』各部分に現れはじめたのだ。スルトとの対話手段も失ってしまった人々はどうすることもできず、モンスターに怯えながら『世界樹』の端で細々と暮らしているのだった。
それが、マルヤッタから聞いた現在の『世界樹』の話を元に、九割以上推測と知識でイフィゲネイアが話を組み立てたところなのだが、ほぼ真実と言っていいだろう。マルヤッタのテントに着くまでに話が終わってしまった。
つまりは、こうである。
「『世界樹』はスルトの核に乗っ取られて、そのままダンジョン化してしまった、というわけね。『天命の錬金術師』サバオートの悲願は果たされなかった、と」
それを聞いたマルヤッタは、苦虫を噛み潰すような顔をしていた。
イフィゲネイアはそんなことを気にしたりはしない。さらにマルヤッタのプライドが傷つく話が進んでいく。
「もし『世界樹』へここのモンスターを連れていったとしても、まったく割に合わなかったでしょうし、焼け石に水だったと思うわ。それくらい、ダンジョンとしての核のレベルが違うもの。『世界樹』が天災級だとすれば、『アングルボザの磐座』は所詮道の邪魔をするだけの落石のような存在。生み出されるモンスターのレベルも同様よ、瞬殺ね」
タビとシノンは、かわいそうすぎて、もうマルヤッタを見ていられない。そこまで言わなくても、と言いたいところだが、タビも一端の錬金術師として事実を究明し対策を練るためには詳細な分析が必要だと分かっているだけに、イフィゲネイアを止められない。
やがて、屈辱に耐え切れたらしいマルヤッタが振り返って、イフィゲネイアへ突っかかった。
「なら、どうすればいい? 聞くのは癪だが、お前ならば解決策を導くことはできるのだろう?」
その言葉にはありありと苛立ちが込められていたが、イフィゲネイアはこともなげにヒョイっと苛立ちを回避する。
「簡単よ」
そして、さらなる苛立ちを与えるのだ。
「タビ、『世界樹』を攻略してみたくない?」
まるで買い物に行ってこないかと尋ねるくらいの気軽さで、タビはイフィゲネイアにそう打診された。
当然だが、タビ本人もマルヤッタもシノンも同じ驚愕の顔をしてイフィゲネイアを凝視した。
「え?」
追記:ちょっとまた忙しくなってきたのでしばらく更新はありません。詳しくは活動報告に記載しています。
次回は3/14です。




