第一話 少年は錬金術師と出会う
狼の大陸北部、大森林地帯の地方都市。その路地裏、ゴミ捨て場の前でタビは座り込んでいた。
煤けた金色の髪は伸び放題で、口減らしで親に捨てられたときのままの粗末な服を着ている。少年というにはまだ幼いタビは、本当は食事となる残飯を求めてゴミ捨て場に来ていた。
だが、タビは、路地裏のゴミ捨て場に捨てられた回復ポーションが瓶から垂れて、薄い桃色の苔の生えた地面で砂糖菓子の山のようになっているところを眺めていた。積み上がっていく回復ポーションの結晶をおっかなびっくり触っては、不思議そうにしている。
青い、そしてほのかな日光を受けて緑の光を放つ液体は、地面に着いた途端、まるではかない雪の結晶のように姿を変え、山のように積み上がっていく。結晶は触れたぐらいでは壊れないが、軽く押しただけでパキリと割れてしまうくらいの強度だ。
回復ポーションといえば錬金術師が作る薬だ。よほど重傷でないかぎり大抵の怪我や病気に効き、瞬時に治してしまう。ここにあるのは誰かが使って捨てていった瓶に残ったあまりだろう。
不思議な現象に、首をかしげるタビ。
そこへ、静かに、一人の人間がやってきた。
白いローブを着て、黒い仮面を被り、肩まである癖毛を伸ばしている。体格から、男性だろうと思われる。右手には青い大きな宝石を嵌めた錫杖を持っていた。
その人間は、イフィクラテスという。このときのタビには知る由もないが、世界的に有名な伝説の『双生の錬金術師』の片割れであり、千年を生き、錬金術をどこまでも極めてしまった人間だった。
路地裏の入り口にいたイフィクラテスは、タビが地面に積み上がる回復ポーションの結晶を眺める様子を見て——タビへはっきりとした口調で声をかけた。
「お前には錬金術の才能がある。俺と一緒に来ないか?」
タビは驚く。まず、誰かに話しかけられることが久々だったからでもある。しかし、見て分かるような浮浪児に、悪い企みを持たずに声を掛ける人間はいない。子供を捕まえては奴隷として売りさばく人さらいか、とタビは身構える。
だが、イフィクラテスはいきなり回復ポーションの結晶を指差して、早口で語りはじめた。
「回復ポーションの結晶化は、ここラエティアのような寒い地域で、地面に草花や苔——そこに生えているものだ、主に桃花草などの汁と混じることで起きる。ただ、桃花草はそれほど多く生えていないし、群生地も確認されておらず、さらには他の地域に存在しない。しかしだ! これを利用して、液体として運用することが当然である回復ポーションを結晶化し、効用に変化を起こさず、なおかつ運搬が容易な形態にすることができれば、まあ、一大発明となるだろうな!」
イフィクラテスの早口はタビにはよく分からなかったが、何かすごいことなのだと思った。
黒い仮面の縁からほんの少しだけ覗く、とても楽しそうな顔。それを見ると、どうにもこの男が悪い人間だとは、タビは思えなかった。
「錬金術師に必要なのは好奇心だ。なぜ、どうして、その思いが技術を進歩させる。次の時代を作る。ひいては、人を助けるだろう」
イフィクラテスは熱っぽく語る。タビにはその熱意だけは伝わってきた。
「お前はどうしたい? 何がしたい? お前にだって、夢はあるだろう。ならば、叶えるためには踏み出さなければならない。そうは思わないか?」
イフィクラテスのその言葉は、未来へ進むための言葉だ。それは、何も未来を描いていなかったタビの心を確かに揺さぶった。だが、何を言えばいいのか、タビには分からない。自分に夢があるかどうかさえも、分からないのだ。
イフィクラテスはタビに向け、手を差し伸べる。
「人の生は短い。その間に何をやるか、考え続けろ。どんな荒唐無稽な夢だって、叶えることはできるんだ」
イフィクラテスの言葉を、タビはおそらく半分も理解できていないだろう。だが、タビは惹かれた。夢を叶えるという言葉に、明らかな希望を抱いた。
今まで希望を持つことなんてなかった。親に家から追い出されて、泣く泣く辿り着いたこの街で、ひもじく寒い暮らしを強いられてきたタビは、夢を見ることすらなかった。つらい現実を前に、生きていくことに必死だった。
タビはイフィクラテスの手を掴んだ。握り返された手を引っ張って、立ち上がる。
イフィクラテスはにっと笑う。
「そうだ。その手を離すな。チャンスは二度と巡ってこないかもしれない。絶対に、その場で、そのときに掴み取れ。今の感覚を忘れるなよ」
タビの胸が熱くなる。イフィクラテスの手は、ぎゅっと固く握ったままだ。
こうして、タビは、『双生の錬金術師』イフィクラテスに、弟子入りをすることになった。
陰陽暦一一二九年、五月一日のことだった。
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イラストは(c)春乃ゆうきさまです。