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ネル・クラム伯爵令嬢の介護相談所〜異世界なのに少子高齢化!?せっかく悪役令嬢に転生したけど、王子様に構っている暇はございません!〜  作者: 鈴木 桜
事例【老老介護】寝たきりの妻とそれを介護する高齢の夫、孤立した二人に必要なのは……?
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第8話 ケアマネ、【財源】確保に奔走する


「ああ、本当に綺麗だよ、ネル」


 うっとりと微笑むグレアムにたじろぎながらも、ネルはニコリと微笑んだ。


「素敵なドレスをありがとうございます」


 今夜、二人はとある貴族の屋敷に来ている。いわゆる、夜会だ。

 彼女が身に付けているのはグレアムが(あつら)えてくれたドレスで、彼のサファイアの瞳と同じ色の絹の仕立てだ。金糸で施された刺繍が美しい。


「大丈夫だよ。学院で友人と話すように振る舞えばいい。ダンスは僕以外と踊る必要はないからね」


 会場の扉の前で、緊張するネルにグレアムがささやいた。彼女は社交界が苦手で、こういった場にはほとんど出たことがない。一度だけ彼の婚約者として国王主催の舞踏会に出席したことがあるが、そのときのことは緊張でよく覚えていない。

 グレアムも学業と仕事が忙しくて同じように社交界とは縁遠いと聞いていたが、彼の方は場馴れしているようにも見える。


(私が知らないだけで、けっこう遊んでいるのかしら?)


 乙女ゲーム『聖女様を助けて☆』にも、ヒロインと攻略対象たちが舞踏会で踊るシーンがあった。親密度が急上昇する重要なイベントだったはずだ。


(レイラさんとも、踊ったのかしら……)


 ネルは心の中で顔をしかめただけだったが、どうやらグレアムにはお見通しだったらしい。


「今、ちょっと失礼なことを考えてないかい?」


 とグレアムが苦笑いを浮かべるので、ネルは慌てて首を横に振った。その様子に、グレアムがニヤリと笑う。そして、ネルの腰を抱く手に力がこもった。


「僕は君とダンスの教師以外の女性とは踊ったことがないよ。神に誓って本当だ」


 耳元でささやかれた言葉に、ネルの頬が一気に熱くなる。


「でで殿下! ち、近いです……」

「うん。近づいているからね」

「ちょっと離れてくださいませ」

「それはできないなぁ。これから君をエスコートするんだから」

「それにしても、近すぎませんこと?」

「僕らは婚約者なんだ。当たり前の距離感だよ」


 と、話しているうちに侍従が二人の名を告げた。王子の登場に、会場中から視線が集まる。


「今夜の主催はラッカム伯爵。夫人は慈善事業家として有名だ。今日の招待客にも、積極的に慈善活動をしている貴族が多い」


 グレアムは会場をぐるりと見回して微笑んでから、ネルの手を引いた。まずは主催者と主だった招待客への挨拶だ。


「今夜、良い支援者が見つかるといいね」

「はい」


 二人は介護事業に寄付をしてくれる人を探すために、この夜会にやってきたのだ。

 国から予算が下りることになったとはいえ、それは事業の立ち上げのために必要な経費に消えていく。


(当然、【介護保険制度】のように、とはいきませんけど。事業継続のためには、なんとか【財源】を確保しなければ!)



===Tips8===


【介護保険制度】とは

家族の負担を軽減して介護を社会全体で支えることを目的に、2000 年に創設された。

40歳以上の国民が保険料を負担し、その保険料と公費(税金)を財源として介護にかかる費用の一部を給付する。実際に介護が必要になったときには少ない負担でサービスを利用できる、という仕組みだ。


=========



(公的な保険や年金はないけれど、この国には身分制度が存在する)


 この国の人々は、王族や貴族を中心とする上流階級、実業家や専門職などの中流階級、そしていわゆる労働者階級に、生まれながらに振り分けられる。

 そして、この身分制度は『ノブレス・オブリージュ』という考え方を生んだ。身分の高い者はそれに応じて果たさねばならない社会的責任と義務があるという、道徳観だ。


(ここでは、身分の高い者が低いものを助けるのは当たり前の責任。だから、『介護』の問題にも寄付金を出してくれる人がいるはずだわ)


 そこに支援を必要としている人がいると()()()()()()、寄付金が集まるはずなのだ。


(惚けている場合ではありませんわ!)


 ネルはきらびやかな人々を前に足が竦む思いだったが、なんとか心を奮い立たせた。仕事のためだと思えば、なんとかやれそうだ。


「ふふふ」


 ぎゅっと唇を引き締めるネルの表情を見て、グレアムが可笑しそうに笑う。


「おかしいですか?」

「いいや。とっても可愛いと思ったんだよ」

「……」


 ネルが無言のままグレアムを横目でジトッと見つめたので、グレアムはまた肩を震わせて笑ったのだった。





 * * *





「一晩でこれだけの寄付金を集めたんですか!?」


 驚きの声を上げたレイラに、ネルは苦笑いを浮かべた。


「私、というよりもグレアム殿下のおかげね」

「そうなんですか?」

「殿下の発案で、夜会の前に()()()を用意したのよ」

「サクラ、ですか?」

「あらかじめ、この事業に寄付してくださる方を確保しておいて、その方にはあたかも夜会の場で寄付を決めたように振る舞っていただいたの」

「なるほど。『あの人が寄付するなら、私も』って言い出す人がいたわけですね」

「予想よりもうまくいったのは、やっぱりグレアム殿下のお力が大きいわ」

「そうなんですか?」

「もちろんよ。殿下も寄付すると言ってくださったものだから」

「王族の方が寄付する事業となれば、信頼性は抜群ですもんね」

「そうよ」

「あ、私こういうの知ってます! 『馬鹿とハサミは使いよう』って言うんですよね!」


 あまりの言いように、ネルはぎょっと目を剥いた。慌ててレイラの口を塞ぎ、周囲を見回す。幸い、誰にも聞かれなかったようだ。


「殿下を馬鹿呼ばわりだなんて! 絶対にいけませんわよ、レイラさん!」

「えー。でも、グレアム殿下って馬鹿じゃないですか」

「なんてことをおっしゃるの! 殿下は学院では一番の成績を収められているのよ!」

「いや、そっちじゃなくて」


 首を傾げるネルに、レイラはニヤリと笑った。


「婚約者馬鹿、ですよ」

「え?」

「ネルさんのことになると、ネジが1本も2本も抜けちゃいますよね」

「どういうことですの?」

「ふふふ。ご本人は知らなくてもいいことですね、失礼しました」


 と、レイラはそれ以上のことを話してくれることはなかった。


「さ、それよりも仕事の話をしましょうよ!」


 二人が話しているのは、ガーデリー西地区のとある喫茶店だ。この店は店主が高齢のため、数日後には閉店することが決まっている。ここを彼らの拠点として買い上げることになったので、さっそく下見にやってきたのだ。


「いよいよ、アクトン夫妻の支援ですね!」


 レイラが嬉しそうに手を叩き、ネルも頷いた。


「やっと、あのお二人を救えるんですね」


 これには、ネルは首を横に振った。その様子にレイラが首を傾げる。


「そのために色々な準備をしてきたんじゃないんですか?」


 レイラの疑問はもっともだ。そもそも、アクトン夫妻を助けたいという思いから始まったことなのだから。


 しかし。


「……彼らを()()ことなど、私たちにはできませんよ」






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