交渉
交渉の相手は、村長の息子らしい。
村の奥の方にある広場近くにいるはず、とのことで、連れられて村の中を歩いている。外の人は物珍しいのだろう、あちらこちらから視線が集まってくる。
置いてきてしまった杏は大丈夫だろうか。
髪や瞳の色が人より明るく目立ちやすいためか、杏はこれまで村の人から良くない扱いを受けることがしばしばあった。家に置いてくれるというあの女性は大丈夫そうには見えたけれど……。
それに、岸では雪と凜が待っている。雪も体調が良いとはいえないし、凜だってその顔には疲れが滲んでいた。
ゆっくりはしていられないな。
ここで決めなくては。
村長の息子だという男性は、村の広場のようなところにいた。周りには若い人から年配の人まで何人も集まっていて、慕われているのが分かる。
私たちが近付くと、男性は不審そうに私を見た。
案内してくれた二人が、男性に話を通してくれる。
二人に何度か頷くと、男性は前へ出てきた。
緊張はしない。ただ不安と、少しの期待。
「初めまして。私、陽と申します。歳は14です。兄弟4人、宛のない旅をしていて、少しでも滞在させてもらえる所を探してここに来ました。力仕事でも何でも、できることならします。どうか、よろしくお願いします……!」
頭を下げると、すぐに男性の朗らかな声が聞こえた。
「まあそう固くならないで。一応、宛ならあるんだ」
「本当ですか!」
よし、と心の中で思いながら、ぱっと顔を上げる。でも数秒の後、男性は少しだけ渋い表情をした。
「その、確認しておきたいんだけど」
気まずそうに丁寧な前置きをする。
「兄弟四人だけで旅暮らしなんて、それもまだ子どもが、ちょっと珍しいと思うんだけど、……何か事情があるのかな?」
たまに聞かれる質問だ。
周りの人も気にはなるのだろう、神妙な顔で耳をすませている。
ちょっと悩んでから、声を落として答える。
「下の弟と妹にも詳しくは伝えていないので、ここだけの話にしてほしいのですが」
「私たち、捨て子なんです。私がもう七つだったのでなんとか生き延びることはできたんですが、捨てられた手前生まれた村には居場所がなくて……。仕方なく村を巡り点々としているんです」
これも、いつもの台詞なのだけど。
少し申し訳なくは思うが、無事納得はしてもらえたようで、空き家を貸してもらえることになった。
凜と雪を迎えに行く前に、杏を預かってくれている家に寄った。何事もないとは思っているが、やはり何か心配だった。
戸を叩くと、すぐにあの女性の声がして戸が少し開けられる。
「あ、お姉さん! どうぞ!」
案内されて中に入ると、杏は眠っていた。深く眠っていて、傍に寄っても身動ぐ気配もない。
そう長くはなかったこの時間で深い眠りに至るほどに、疲れていたのだろう。同時に、警戒心の強い弟が、見ず知らずの相手にすぐに心を許し眠ることができたことに驚いていた。
小さく、薄暗い家。ゆるい癖毛に、柔らかい笑顔の女性。このような所に、こんな人と暮らしていたのだろうか。
せっかく眠っているので、声は掛けずに家を出た。
やがて、渡ってきた川の辺りまで戻ってくると、日は心なしか西に傾き始めていた。
「そういえば、あっち側に舟は置いていなかったはずなのに、どうやって渡ってきたのかな?」
村長の息子――澪が尋ねる。
もう疑うのではない、純粋な疑問のようだ。
それでも、怪しまれたくはないから、言葉を探す。正直、二人で渡ってくるには厳しいほどに朽ちた舟の残骸だった。何かを誤魔化して嘘を言っていると思われては困る。
「乗り捨てられているのがあったんですよ。朽ちていたようで着くまでに少しずつ欠けていったのですが、なんとか。あまり上まで上げなかったから、水かさが増して流されてしまったかも……」
嘘だと疑われたくないから、嘘をつく。
水かさは実際だいぶ増していたが、正確には舟はもしものときの脱出用に森の中に隠している。
「おや、あっち側に処分忘れがあったとは。それともこっちから流れついたかな。何れにせよあなたたちが途中で落とされなくてよかった」
純粋さと善意の印象的な人。
これ以上嘘をつかずに済むと良いな、と思う。
凜と雪を迎えに行くために用意してくれた舟は、広く安定感があり、容易く乗ることができた。
「「陽!」」
「どうだった?」
「杏は?」
岸に近付くと、凜と雪が口々に言いながら駆け寄ってきた。二人とも変わりなさそうで安心する。
大丈夫。上手くいったよ。
とんとん、と拳で軽く胸を叩いて見せると、二人も安心したように顔を綻ばせた。
今度の村は、長くいられると良いな。
叶うなら、永く――。