表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/5

2 ネイルスティック

 声を聞いた瞬間によぎった嫌な予感は的中した。


 175センチ近い長身を屈めるようにして、ひょいと顔を覗き込んできたのは、高校のクラスメート、新井だったのだ。

 なんで、よりによって、この瞬間に声をかけてくるのか。見なかったふりをして、そっとしておいてほしい。

 なんてわたしの内心の抗議には全く気がつかなかったようで、新井は実に楽しそうににやにやと笑った。


「なんだよ、家島、西中だったじゃん。もっと駅の向こうの方に住んでるんだと思ってた。何でこんなところにいるの? もしかして近所?」


「近所ってほどじゃないよ。自転車で十五分くらいはかかる。北中、けやき小の学区。でも、中学の途中で、西中学区から引っ越したから、越境通学認めてもらってたから」

「へえ」


 もう。こんな時間に出歩いている以上、新井にだって自分の用事があるんだろうから、さっさと行ってほしい。


 努めて何でもない風に世間話を受け流したわたしの、必死の祈りも空しく、新井はわたしの頭のてっぺんからつまさきまでを無遠慮に眺めまわした。


「で、何してんの。新手のダイエットか何か? やめとけって」

「よけいなお世話!」


 太ったって言いたいんだろうか。確かに、お正月にお餅を食べ過ぎて少しだけ増えた体重は、バレンタインシーズンのチョコレートの誘惑や、ホワイトデーからイースターシーズンのクッキーやマシュマロの陰謀のおかげで、全然元に戻っていなかったけれど。


「お、ネイルスティック。ダイエットなら、乗って動かなかったら意味ないだろ」


 足元に目を止めて言う。

 ネイルスティック。

 妹がサンタさんにおねだりした手紙にも書いていた、このキャスターボードの商品名だ。


 子どもたちの多様な好みに合わせて、お気に入りの一台を選べるようにカラーバリエーションを豊富にそろえた商品展開は、確かに、化粧品コーナーにならんだ色とりどりのネイルエナメルの小瓶を思わせたし、特徴的な二枚のパドルは、言われてみれば爪の形にもよく似ていた。なるほど、上手く名付けたものだ、と思っていた。

 だが、普段妹のかわいい声でしか聞かないその言葉を、声変わりをすっかり済ませている級友の声で聞かされると、ちょっと場違いな感じがして、おかしかった。


「さっきから、ダイエットダイエットって、うるさい。別にいいでしょ」


 平気なふりをして、ふてくされたような返事をしていたけれど、実際にはわたしの全身の筋肉は、不安定な足元に限界を迎えていた。さりげなくボードを降りて、がっちりと私の両足を支えてくれる確かな地面に、普段感じたことのない感謝を捧げていると、新井は嬉しそうにわたしが降りたばかりのボードを指さした。


「今やらないなら、ちょっと借りてもいい?」

「わたしは休憩しようと思ったところだからいいけど。妹のだから壊さないでよ」


 何でもない風に言って、サーキット横の噴水に向かう。シーズンオフのため水が止められ、枯れている噴水だが、座れる高さの縁石がベンチ代わりになっているのだ。内ももからふくらはぎの筋肉が軽く痙攣している気がしたが、そんなことを新井に悟られるのは嫌だったので、気合でその十数歩を乗り切った。


 わたしが歩いている内から、背後で、がーっという軽快なホイール音が聞こえ始める。

 ベンチにたどり着いて、振り返りざま座り込んだわたしの目に映ったのは、ミントグリーンの雲を乗りこなしている新井の姿だった。

 妹よりよほど早いスピードで、サーキットをもう半分近く回っている。


 新井も乗れるんかい。

 悔しすぎる。


 わたしは一人ではりきって公園にやってきたのに、結局、妹を連れてきたときと同じ場所に座って、他の人が乗っているキャスターボードを眺める羽目に陥っている。そのことに気がつくと、また少し、おかしくなった。


 何でこうなってるんだろうな。


 見ていると、新井は、ボードを大きく蛇行させて、サーキットの道幅いっぱいに往復しながら周回したり、そこそこのスピードで走行しながらの状態で、後ろ側のボードに重心をかけて、前輪を宙に浮かせて左右に振っては地面に落すリズミカルな動きを入れたりしている。


 あんな技もあるのか。


 いつのまにか、わたしは新井の滑りに見入っていた。


 妹や他の小学生は、ボードに乗って足をできるだけつかずにサーキットをぐるぐる回ること、スピードを出すことが楽しいようで、ただただ走らせているだけだった。だから、こんな風に曲乗りができるボードだなんていうことさえわたしは知らなかったのだ。

 新井のボードはS字や8の字を次々に重ねて、複雑な軌跡を描いている。ほんのすこし身体を傾けただけに見えるのに、ごく小さな回転半径でボードがしゅうっと弧を描きながら向きを変えるのが不思議だった。


 ボードのやつめ。さっき、わたしの言うことは、ちっとも聞いてくれなかったくせに。


 八つ当たり気味のそんな感慨を持て余しつつ、わたしは新井とボードが共犯して重力を裏切るように軽やかに滑るのを眺めていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


色々なジャンルの作品を書いています。
よろしかったら、他の作品もお手に取ってみてください!
ヘッダ
新着順 総合評価順 レビュー順 ブクマ順 異世界 現実 長編 短編
フッタ

― 新着の感想 ―
[一言] これは陰謀だ(;゜Д゜) ボードが新井や妹ちゃんとグルになってるんだ(;゜Д゜) なんてね♪
[良い点] >ミントグリーンの雲を乗りこなしている 素敵な表現!! 雲を操る!! かっこいい!! [気になる点] >ボードが共犯して重力を裏切るように軽やかに すごいわ! 新井君がどれだけ上手…
[一言]  ああいうのを颯爽と乗りこなしてるの見ると、4割増しでかっこよく見えますよね♡
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ