Phase3-27『家族』
Phase3-27 23/6/12 投稿
Original perspective by Sei.
それを知ったのは、ヴェルに拾われて半年ほどした、九歳の夏の事だ。
「ヴェル、お前って欠点ないの」
俺の言葉にヴェルははて、と小首を傾げひとしきり悩んだ後。
「ないな、俺完璧だから」
きっぱりと言ってのけた。何ならその性格が欠点じゃないか、と吐き捨てそうになったが済んでのところで言葉を飲み込んだ。
そして、続きをこう結んだ。
「でも、その俺を倒すのがセイ。お前なんだよ」
世界に光が差す、とはこのことだろうか。
日本で会って、ロンドンに来るよう誘われた時も言われた言葉。この時は二回目の事だ。
俺はこの言葉にずっと支えられてきたし、それを実現する為だけに生きてきた、と言っても過言ではない。
が、その時は違った。ヴェルの目の奥にあるもの、それが一瞬“見えた”とでもいえばいいのだろうか。
瞬きの間、次の瞬間に消えていたそれに勘違いかと思いかける。
――――死ね。
しかし、そのコトバはあまりにも強烈で、胸にはっきりと刻まれていて、同時に、殺せない理由をはっきりと理解した。
「―――セイ」
ヴェルに呼ばれるまで数秒呼吸を忘れてしまっていた。
「そうらしい、けど、実感ないな……」
あはは、と、苦笑いする。
――――この時はこれで終わり。
俺はその日の晩に、教えてもらったばかりの阻害魔術を自分に使用した。
「『silent voice.
to grasp water.
singing of insect.
heart sounds disappear.
Only dourse.
(閉じる声、水を掴み、虫のさざめき、掻き消える鼓動、行く先は一つ)
forget the other side.(忘却の彼方)』
記憶を消す魔術。他人に使用するとなると難易度が高いそれも自分にしかも属性が自分の得意なものとなれば話は別だ。
固定された術式は一定量の魔力を自分から吸い上げながら自分の頭の中に残り続ける。
通常、忘却の魔術を使用した際解除する呪文やタイミングを決めておくものだ。当たり前と言えば当たり前だろう、魔術を掛けたことも忘れてしまうのだから解除することが出来なくなる。
だが、俺はそれを決めなかった。自分の死を願っているヴェルの感情を忘却、放置した。今の俺には必要ないものだ、と。
それから、気付くたび何度も、何度も。
忘れたことを忘れているはずなのに、何度も何度も何度も同じことを繰り返し同じ魔術を重ね掛けた。
解かれることはない、ただただ自分の魔力を消費する魔術が、ずっと積み重なっていた。
おかげで、ヴェルは俺があいつの感情に知ったことに気付かなかった。
『――――vanishing magic.』(神秘を喪失せよ)」
――――ヴェルが、聖域を破壊するその瞬間まで。
あの瞬間、ヴェルに掛かっている魔術以外全て解呪された。俺の魔術も例外ではなく三十飛んで六回分の消された同じ記憶が全て帰ってきた。
確信した。俺が記憶を消していたのはこの時の為だ。
「ずっと、ずっとだセイッ」
ボロボロに殴られながらも、殺されない確信があった。腕の二・三本程度くれてやればそのうち近付く機会もあるだろうと踏んでいたのだが、それは想像以上に早く来た。
ぐい、と、胸倉を掴まれ持ち上げられる。
「お前は殺さない、いつか俺を倒すんだろうけど、それは今じゃない――――」
…………知っている。ぐだぐだと熱弁してくれているが、そんなことは何度も知ったし、何度も忘れてきた。
もちろん俺もこれで終わりではない。
時間旅行の直前、ヴェルに掛かっていた『流血阻害』の魔術。
……あの瞬間、ヴェルはグングニル刺されて魔力と魔術を拒絶されていた。だからこそ本来他人に使えない俺の魔術が有効に働いた。
「はは、ははははっ。
“時間遡行”か、あの時と同じように、どこまで飛ぶんだ、セイ。
いいぜ、何度でもやり直せよ、俺は何度でもお前の前に立ちはだかってやるからさ」
これが決め手だ。都合がいいことにヴェルはそれを時間遡行の魔術だと勘違いしている。
利用しない手はない。
ノートの俺も言っていたが、『魔術と解術は同じもの、その魔術が使用できたのであれば必ず解術が付いてくる』のだ。
俺は流血阻害の魔術を原理こそ理解できていないが、どう使うのかを知っている。
その時点で、流血阻害の解呪の使い方を知っているということに他ならない。そして魔術を掛けるのと違い、自身の魔術の解呪は、相手の魔力耐性に左右されない――――。
日本語の解術。彼の命を繋ぎ止め、永らえさせたそれを―――俺は解いてやるだけでいい。
『終わらない未来
戻らぬ過去
果たされた願いへ
永遠の幸福を』
広げていた手をぐっと握り込むと、ヴェルの胸の流血阻害の魔術が解呪され、胸から血があふれ出て来る。
明らかに致命傷の血量だ。さすがにこれだけやれば殺せないまでにしても倒せるだろう。
「ヴェル、これで終わりに――――ッ」
ヴェルの手を逃れ、痛む両手両足に鞭打ちながら剣を構えたところで俺はほっと胸を撫でおろした。
「これで、勝ったつもりかよ」
自分の信念を一つ捻じ曲げられたからだろう、その表情は怒りと悔しさが見て取れる。
溢れた血が、地面につく直前で生き物のようにうねり、ヴェルの中へと帰っていく。
阻害の魔術を上手に使ったのかもしれないが、俺の流血阻害もあそこまで大仰な働きは出来ない。もしかしたら、水や操作系の魔術を使用したのかもしれない。
「――――冗談だろ。
『physical effect/stack.』(身体強化/折重)」
身体強化をし、迎撃態勢を整える。
「――――さあ、来いよセイ。
俺はここだ、もう止まる余裕なんてないんだろ」
だん、とヴェルが槍を地面に打ち付け仁王立つ。
「くっ……」
その通りだ。ここまでやっても時間が経過して不利になるのは俺の方。今でこそ余裕が無いようだが、今血を操作している魔術に慣れてしまえば詠唱を組んで魔力消費を抑えられてしまう。そうなれば魔力の回復量が使用量を上回り俺がヴェルに勝てる見込みは今度こそゼロになる。
「どうした、どうしたその程度か」
鬼気迫る表情。槍を大振りで迎撃してくるヴェル。
「づ……ぅ」
強化をしていた様子はない、というのに強化済みの自分を圧倒するほどの強撃に、思わず息を飲んだ。
知ってはいたが、間違いなくこいつは化け物だ。血を操作する、なんて器用で神経を使うような魔術を初回で詠唱も無しに成功させる度量と技量。そしてそれを維持する魔力量。
何が恐ろしいって、直前に膨大な魔力を使用して聖域を破壊しているにも関わらず、これなのだ。
――――ヴェルはその場から動かない。殺しに来いと言わんばかりの形相で俺からどんな攻撃が来ても耐えられるよう待ち構えている。
「リリースッ」
封石を三つ空中に放り投げて展開する。落下まで三秒。右拳をヴェルの方へ、親指から順に解いて光を穿つ、俺のほぼ唯一と言っていい攻撃魔術。
『interruption of the first half of the chant.(前詠唱破棄)
With hope embraced by both arms in my chest, erase the hostility that reflects in my eyes.(両の腕に抱かれた、希望を胸に、我が眼が映す敵意を払え)』
五つの光が封石から放たれる。
「ち、ィ……ッ」
光弾の二つを弾き、残りを避ける為ヴェルが後ろに引く。
それを見て全力で追撃した。
血を吐きながらもぎりぎりのところで俺の剣を防ぐヴェル。その表情は険しい。
おそらくヴェルは今最も弱体化しているだろう。
過去へ渡って、強化を習得して、ダイアスレフを殺して、聖域を破壊されて、ドドを喪って、魔力を使わせ、魔術を使わせ、それでもなお、ヴェルは諦める様子はない。
ここまでしても、最強はなお健在だ。
なら、
俺は畳みかけるべく、小手でグングニルを弾いて懐に踏み込んだ。
左手には無詠唱で取り出した儀式剣。視えないように加工されたそれをヴェルの右腿めがけて投げつけ――――。
「―――――こ、ふ……ッ」
ヴェルのグングニルがそれを自動で弾き飛ばした。
予想外の動きを槍がしたからだろう。一瞬気が緩んだのか、血を吹き足を踏み外したように左へと流れていく。
『/stack.』
俺はその脇をすり抜け右後ろに回ると、グングニルを掴み、バランスを崩したヴェルをそのまま無理やり引き寄せ……。
「ぐっ、あ」
地面に跪かせ、無防備になった首元に剣を突き付けた――――。
―――――†―――――
another prespective by Vellstar…
あぁ、まいった。
心臓の治療を魔術が受け付けないのを知っている為、血を操作するなんてまだるっこしい方法で全身に巡らせたが……正直しんどかった。
血液を流す量は多すぎても少なすぎてもいけない。多すぎれば毛細血管を傷つけるだろうし、少なすぎれば脳に酸素を送れずお陀仏だ。
おまけに詠唱に集中する隙も無い。自分が想像していた以上に神経も魔力も使ってしまっている。
もしかしたら、セイだったらもっと上手に今の状況を打開したのかもしれない。こいつは持っている魔力が少ない為、魔術の使い方が非常に繊細だ。
少ない魔力、使いづらい魔術。
「ち、ィ……」
魔術が使えない、魔力が残っていない、まさに今の自分のような状況を恒常的に感じてきたのだろう。
我が弟弟子ながら狂った執着だ。
ただただ自分に勝つためだけに、出来る数少ない魔術の精度を上げるために訓練し続けた。
明らかに不利な状況で戦わされる……ずっとずっと、こんな感じだったのだろうか。いや、もっとひどかったかもしれない。
ロンドンの頃はどんな手を使ってもセイの勝率はゼロだった。今の自分はどうだ、使える手札はほとんどなくなったとはいえ、まだ勝ち筋があるのに……負けるのではないかとそちらばかりに思考が向かってしまう。
自分に向けられる、真っすぐな目。今できることは全てやる、という強い意志に満ちた表情。
小手で槍をいなして踏み込んでくるセイを見据え、迎撃する。
――――瞬間、槍が意識していない方向の攻撃を防いだ。
「―――――こ、ふ……ッ」
あまりに急な制動に意識を持っていかれ、血を操っている魔術が解けかけ慌てて立て直す。……が、魔術は立て直したものの、身体がぐらりと左にブレる。
『/stack.』
一瞬で視覚に回り込むセイ。あぁ、今のお前がそんな隙逃すわけが無いよな。と、嘆息すると、槍を掴まれそのまま膝を付かされた。
「ぐっ、あ」
魔力も足りていないのか、グングニルの自動防御も発動しない。そして、そのまま首元に剣を突き付けられる。
「どうした、このままだと持ち直すぞ。
殺せよ」
セイを真っすぐ見上げながら言う。
二十秒もあれば十分かな、なんて考えながていると、セイが視線を落として口を開いた。
「俺がヴェルを殺せるわけないだろ。
大切な、家族、なんだから……」
絞り出したような声、ぽろぽろと涙が零れ落ちている。
剣が、首元から下げられた。
「じゃあ俺がお前を殺すだけだ。
悔しいけどもう敗北したからな、お前に生きてもらう理由はない」
言って槍を構える。すると、セイはふっと笑って剣を投げ捨てた。
「……ああ、いいぞ。やれよ」
言って、両手を広げて見せる。
俺は目を見開いて、構えた槍を――――突き出せなかった。
「どうしたんだよ、やるなら一思いにやってくれよ」
呆然としてしまう。
あぁ、コイツは解っていたのか。
「もしお前が俺を殺せるなら、適当に負けてさっさと殺せばそれで終わりだろうが。
変な制約つけて、理由つけて、言い訳して、殺さなかったのは、殺せなかったのは……ッ」
胸倉を掴まれる。
敵意が、傷つけるという意思が全く無かったからだろう、グングニルは反応しなかった。
「死ねって思ってるくせに、それでも、俺がッ、大切なんだって、何度も、何度も、何度も――――――気付いたんだッ」
「――――――」
セイの言葉に息を飲んだ。
自分でも気づかないほどの感情の奥底、それに、コイツはずっと気付いていたというのか。
胸倉を掴んだままぼろぼろと涙を零す親友の姿に、俺は、負けを確信した。
「あぁ、殺せない、は弱点だもんな。
それに、久しぶりに魔術を先に使わされたもんな。ほんとよくやる奴だよ、お前は」
はは、と、思わず笑ってしまった。
「ふざけるなよ、もう。
この日の為に、俺がどれだけ努力してきたと思って―――――ヴェルッ」
セイが叫んで、俺を引っ張ると自分の後へ隠すように身を広げ、防御の魔術を展開している。
何事かと思い肩越しに向こう側を見やると。
「―――――――tering aurora.(極光、大斬撃)」
グングニルからの知識のみで知った、巨大な光の剣が今にも自分たちに振り下ろされる直前――――だった。




