Phase3-16『各々の逆鱗』
Phase3-16 23/3/26 投稿
熱された空気がゆったりと風に煽られ、蜃気楼が揺らめいている。
「はっ、は、……ぁッ」
肩を揺らす俺は剣を振り切った状態で動けずにいる。
「――――はっ、情けない。
足を刺された程度で力加減を誤るとは」
嘆息しながら呟くとプライムヴァルドは雑に自分の太ももの儀式剣を引き抜いた。
「出力を上げて君の木剣を焼き払ったまでは良かったのだが、力を入れすぎて自分の剣まで蒸発させてしまった。
実剣であれば燃やすことも出来なかっただろうから、どちらにしろ私の負けだな」
ぽい、と儀式剣を投げて寄越される。
「あっつぅッ」
受け取ろうとしたところ、あまりの熱さに取りこぼしてしまう。
「おっと悪いな、まだ熱がこもってしまっていたようだ」
全く悪びれる様子のないプライムヴァルドは器用に自分のシャツを割き、傷口を縛った。
「ごめん、さすがに、やりすぎた」
決して浅くない傷口を見て血の気が下がる。到底かっとなったで済むレベルではない。だというのに。
「なに、かまわないさ。
煽ったのはこちらだからな」
彼の悠々とした態度に力の差を痛感する。彼は負けを申告したが、どう見ても俺が勝ちを誇れる状況ではなかった。もし、お互いに実剣だったとしても最後に振り切った彼の斬撃の方が早かっただろう。
「勝者がそう落ち込むものではない。
……ところで、それはどのような手品なのかね。
取り出した瞬間はおろか、刺さるまで全く見えなかったのだが」
それ、と、俺の儀式剣を指さしてみせる。
「手品って、魔術だよ。当たり前だろ」
はて、と首を傾げる。彼も魔術を使っているというのに何を言っているのだろうか。
「待ちたまえ、それはおかしい。
私には、君の詠唱が全く聞こえなかったが」
そう言われてああ、と頷いた。
「詠唱を使わない訓練をずっとやっていたからな。
まぁ、珍しくはあるだろうけど頑張ればだれにでもできることだし」
そう言うとプライムヴァルドはやれやれと呆れたように首を振った。
「あぁ、やはり話ではなく剣で聞いてよかった、これは言葉ではわからない。
君のそれは確かに誰でもできるかもしれない、だが……それは目をつぶって文をしたためるようなもの。
役に立つことはあるだろうが必要とされることはほとんどない。
ずばり言おう、君のそれは魔術ではなく格上の相手を『戦闘になる前に殺す』いわば暗殺術に他ならない」
まるで否定するような強い物言い。仮にも騎士隊長まで上り詰めたような人物だ、正道を行く人間にはこの手の戦い方は我慢ならないだろう、しかし。
―――――そんなことは百も承知なのだ。
彼はその力を以てダイアスレフに報いるしかないと言った。あぁ、その通りだとも。
「騎士であるはずの君の剣には、決定的に誇りが欠けている」
何百回と言われてきた。
その言葉にあきれ果てる。あぁ、そうやって生きていけたらとても素敵だろう。俺もダイアスレフに導かれて一瞬だけ自分にも選ぶことができると錯覚した。
だが―――――。
「手段を選べる、戦い方を選べるのはアンタみたいに強い人だけだよ、プライムヴァルド」
きっと彼もダイアスレフも俺に正道を生きてほしいのだろう。だがその言葉は全部逆効果だ。
人を導くその言葉は俺の心のオリジンを呼び起こさせる。
「俺にはアンタの何分の一かの魔力量しかない、出力も並み以下。
詠唱込みでの火力上限なんてとっくに知れてる。ならもう残るのは他人が『選びたくないもの』だけだろ。
忌避するような、身の毛もよだつ手段だ」
努力なんてして当然だ。天才……なんて表現も生ぬるいくらいの人間の隣にずっと立ってきた。
「そんな『くだらない拘り』で失敗するくらいなら最初から俺は手段なんて選ばないよ」
そう言ってプライムヴァルドの右腕を一瞥した。
「―――――」
ぎり、と奥歯を噛み締める音が聞こえる。
どうやら俺が伝えたいことは今のですべて伝わったらしい。
「ならここで殺されても君は文句を言わないのだな」
腰を低くし襲い掛かろうとする姿勢、そしてその言葉に思わず笑ってしまった。
「冗談だろ。武器もない、強化も切ってるアンタなら三秒あれば殺せる。
せめてこれだけでも返さずに持ってたらよかったのにな」
そう言ってくるくると儀式剣を回してみせる。実際殺せるかと言われれば少し自信は無いが、彼には俺の手の内が全く分からない。
逆に俺は彼の能力がほとんどもうわかっている。やりようはあるだろう。
彼もそれがわかっている、だから。
「忌々しい、貴様の言うとおりだ。
魔を使う者を導こうと思ったことが間違いだった。貴様のような輩は目についた瞬間にこの魔をもって滅ぼさねばならなかったのだろう。
業腹だがここは預ける。
次はアルキリオごと消してやる」
「ご自由に」
そう言うなり背を向け俺は帰路に就いた。
もうこれで彼は俺を殺せない。
仮にも騎士道を謳っている者が背後から切りつけるなんて出来ないだろう。
これで神父の依頼もこなした。乗り気ではなかったが自分を見直すいい機会だった。
「――――出来るならかっこいい道のがいいに決まってる」
でもそうできないんだ。ヴェルが居たのなら。協力してくれたのならいつかの俺みたいな道を俺も選んでいたのだろう。
だが、そのヴェルがいない、どころか倒すべき目標だ。
「全く、目途すら立ってないんだけどな」
はは、と苦笑する。
白んで夕焼けに消える息を見送りながら俺はとぼとぼと帰路に就いた。
―――――†―――――
another prespective Clarkey…
アルキリオからやや聖域寄りの地点。
森の中で奪われた馬車と話し合う人影が二つ。サクリファイスメンバーのクラーキィ=ワンとヴェルスター=ハイルロードである。
「では、ここで一旦お別れですね、ヴェルスター。馬車はお言葉に甘えて私が頂きこのまま聖域に向かいます。
もう一度聞きますが、貴方の友人……本当に殺してもよろしいので」
何度目か、クラーキィが尋ねるとヴェルスターはふっと口角を上げながら答える。
「あぁ、構わないぜ。
なんなら『アレ』と同じ扱いしてもいいぞ」
そう言って指さした馬車の中には二メートル近い麻袋。
「おや、何とも冷たい。
まぁいいというのでしたら遠慮なく。針の残数が少ないので気が乗ったら使わせていただくとしましょう」
そう言って手のひら大のケースを取り出すと中にある三本の針を確認しそのままぱたんと閉じた。
「ま、それで殺せるなら俺も苦労しないんだけどな」
ぼそ、とため息のように呟くヴェルスター。
「何か言いましたか」
「いや、別に」
ヴェルスターの態度を不審に思いながらも説明を続けるクラーキィ。
「隠し事はいいですが作戦に支障があるものはやめてくださいよ。
一応確認しますが襲撃は三日後の正午です、私は先行して時間になり次第、貴方の攻撃は十分後程度を目安にお願いしますね」
「あいよ」
短く返事をするとクラーキィと別方向へ歩いていくヴェルスター。
確かそちらはレダルキアのある方向だ。
その背中を見ながらクラーキィは考える。
一年前に拾った阻害の魔術を使う異邦人。
拾ったときこそ酷い怪我をしていたが今は全くそんなそぶりを見せることもなく、サクリファイスの中で最も強い。
あるいはキリアリスを倒せるのでは、と頭領も言っていた。
協力体制についてはおおむね良好。
チナシが拾ってくれた恩で俺たちに協力すると言っている。
俺たちの不利益になるようなことをしたことは一度もないし、おそらく嘘もついていない。
何も問題ないどころか、彼のおかげでサクリファイスの目的にぐっと近づいて行っている。
だからこの疑問は当然の帰結だ。
『何故彼ほどの魔術師が俺たちに協力するのか』
本当に命を救われただけでここまで出来るものなのだろうか。彼を見ていてどうもそこが引っかかる。その軽薄な態度はどう見ても義に厚いような正確には到底見えないからだ。
時折見せる寂しげな表情も気になるところ。頭領は好きにさせろと言っていたが。
「警戒はしておくに越したことはない……ですか」
ならばこれは自分の役割だ。クラーキィは呟くと聖域へ向かって馬車を走らせた。




