Phase3-15『地獄からの生還者』
Phase3-15 23/3/20 投稿
ドドでの手伝いを終えた俺は、地図を頼りに神父に依頼された場所へ来ていた。
歩いて三十分ほど、聖域の中でも端の方に位置する場所に、それはあった。
ぽつんと、まるで孤独を楽しむような、かかわりを持たないことが当然とでもいうような木造の一軒家。
「……」
一目見て偏屈が住んでいると理解できる。
普段であればまず近づきたくない雰囲気だが、神父の依頼だと割り切って訪ねることにした。
「ごめんください」
こんこん、とノックすると中から「入れ」と一言。
特に鍵も掛かっていない扉を開け中に入ると、隻腕の男性がそこに居た。
「英雄から話は聞いている。
好きなところに掛けると良い」
「……どうも」
俺が椅子に腰かけたのを確認すると、俺の前に飲み物を置いた。
「もてなすものが何もなくてすまないが、歓迎してるわけでもなし、これだけで容赦してくれ」
そう言って俺が座った反対側に腰かける。
「ふむ、そんなに腕がないのが珍しいかね。
良かったら外して見せようか」
知らないうちに男性の失われた右肩に目が行ってしまっていたらしい。
「あ、いや、そんなつもりは無くて」
「そうか、見たくなったらいつでも言ってくれ。隠すものでもないのでな」
そいう言ったことに慣れているのか、男性は気さくに笑ってみせた。
なんとも、偏屈な人間が住んでいると疑わなかったのだが、外れだったようだ。
「で、今日は何の用かな。
食料も水もぎりぎり四日後まで足りている、あとはこの家と心中するつもりだが」
淡々と言われ思わずぎょっとする。どうやら聖域の事も聞いているようだが……。
「待っててくれたところで悪いんだけど話してこいって言われただけで何話すかは指示されてない」
「ふむ、なるほど。
君自身は何か話したいことがあったりはしないのか」
はて、と首を傾げる男性。
「うーん、何か……あ」
せっかくだから何かついでに聞こうと思って自己紹介すらしていないことに気付いた。
「俺はセイ=ディリブ・フロクレス、貴方の名前を教えてもらっても」
男性もすっかり忘れていたのか、はっとした表情で口を開く。
「失礼した。
私の名前はプライムヴァルド=シュレイドヒルト。
今は無きアバートで騎士隊長をしていた者だ」
名前を聞いて思わず息を飲んだ。
プライムヴァルドと言えば、ノートの中に記載があった、キリアリスが死ぬ要因を作った人物だ。
右腕を喪っているということは……既に魔術を使用した後、ということだろうか。
「その顔、私の名前に聞き覚えでもあるのかね」
「あ、いや、えっと……」
顔に出てしまっていたのか、訝し気にこちらを見ている。この場合、なんというのが正解なのだろうか。
ノートに書いていた、などとは言えないしこの彼を俺は知らないのだが……。
「おおよそキリアリスに一矢報いたことを何某かの方法で知ったのだろうが……何故かまでは答えられないのだろう。気にしなくていい」
俺が言い淀んでいるのを見て気を利かせてくれたようだ。
「やれやれ、君はすこし心が迷っているようだな。
表へ出たまえ、セイ=ディリブ・フロクレス。
君の悩みを解決できるかはわからないが、話せもしない腹の内を探り合うよりは効率がいいだろう」
そう言ってすっと立ち上がる。
「えっ、何を……」
「何って、聞くまでも無いだろう」
不安げに問いかける俺にプライムヴァルドは部屋の隅の木剣を手に取ると。
「剣に訊くだけの話さ」
にっと不敵に笑ってそう言った。
―――――†―――――
「まいった、想像以上に弱いな、君」
剣戟を交わすこと数合。全て見事に捌ききったプライムヴァルドは困惑しながらそう言った。
返す言葉もない。相手は片腕、だというのに体のバランスを崩すどころか一歩後退させることすら出来ていない。
「アルキリオの遠征騎士は軒並み凄腕だと相場が決まっているのだが……さて。
もしかして何か見落としているのか、それとも」
ふむ。と、思案しながら俺を値踏みするプラムヴァルドに思わずぐっと奥歯を噛み締める。
そもそも俺はついこの間まで一般人だったし騎士になったのも成り行きだ。
そんな俺とこんな打ち合いで何もわかるはずがない。
……そうだ、こんなことやめるよう今からでも言って。
「その構えはダイアスレフのものだろう」
―――――言おうとして、彼の言葉でようやく、木剣を握る手に力が入っていることに気が付いた。
「驚かせてしまったか。
なに、遠征に来た際彼には何度も手合わせに付き合ってもらっていてね、その綺麗な構えは記憶に新しいんだ。もちろん加減はしてもらっていたが.
彼は、元気にしているかね」
息を飲んで思わず目を逸らす。何と言うべきか思考を巡らせたものの、巧い言葉が出てこなかった。
「……死んだ」
ぽつりと、呟く。
しんと静まった空気に居心地の悪さを覚えながら顔を挙げるとプライムヴァルドは少し寂しそうな顔をしていた。
知り合いが亡くなったのだ、当然だろうと、そう思っていた。
しかし、彼の心境は俺が想像していたものと全く違った。
「―――――そうか、彼は失敗したのか」
はっと顔を上げる。
今彼はなんと言っていたのか、失敗したのか、と、そう言ったのか。
「ユグドラシルを解放したい、と常々言っていたのだが……国の中枢だ。成功するわけがない。
それにしても残念だな。彼ほどの男が亡くなったのか。
おそらくは処刑されたのだろうが、彼の最期はいったいどうだったんだろうな」
仕方のない奴だ、と、嘆息まじりの表情に言葉にできないどろどろとした感情が渦を巻く。
「ダイアスレフは俺が殺した」
構えていた剣を下げる。
「……なに。
殺した、とは君が処刑役だったということか。
それはすまない。余計なことを言って嫌なことを思い出させてしまったようだ」
その言いように悔しくて歯を食いしばった。だって、それは。
「違う、俺がユグドラシルの麓で追いついて殺したんだ」
俺が言うと呆れたように肩を竦めるプライムヴァルド。
「冗談はよしたまえ。
セイ、君がどんなにいい条件で戦ったところで正面からではダイアスレフに勝つことは叶わないだろう。それこそ食事時に後ろから刺すくらいでなければ……」
自分で言いながらその結論に辿り着いたのだろう。
「あぁ、俺を殺さないよう気遣ったダイアスレフの不意を突いて殺したんだ」
何度思い出しても、何度言い直しても反吐が出る。ノートを読み返した今なら自分がなんであんなことをしてしまったのかよくわかる。
国を救った、戦いを終わらせた俺を読んで悔しかったんだ、何もできない自分が。
ノートの情報はノートのものとして思い出せないだけで記憶には確かに残っている。漠然と残った焦燥感だけが先行して、何かしなくてはという強迫観念が背中を押す。
そんなことで人を殺すなんて、自分勝手な理由。
「なるほど、それなら納得だ。
信用していた人間であればあっただけ不意打ちは成功しやすい、そういうことだろう。
そういった意味では君の事を信じること自体がダイアスレフにとって間違いだったわけだ」
核心を突かれて何も反論が出来ない。
「死んだ者は生き返らない。どんな奇跡を用いようとも、どんな命であれ、それは絶対だ。
君が彼に報いるとするのならばその力を以て示すしかあるまいよ」
諭すように告げる言葉にそれは偽善だ。と、思った。殺した人間が殺された人間に意味を求めるなんて、どれだけ傲慢なのだろう。
だが、それでももし俺がダイアスレフの死に意味を見出すのであれば俺が示すしかない。
「……いい顔になったじゃないか」
満足げに薄ら笑うプライムヴァルド。
いったい、自分はどんな顔をしているのだろうか。
「魔を使う者も使える自分も認めないが今回は特別だ。
友の死を示そうとする君に免じて解禁しよう。
『全力』を使いたまえ。
私も、相応の篝火を見せるとしよう」
言葉の意味を理解する。
「我が左腕は不義に地を這い苦痛に叫ぶ者。
自身を引き裂き断罪する魔剣」
周囲で揺らぐ陽炎をプライムヴァルドが剣を振って払った。
鋭い眼光。俺はこれに応じる必要はない。今からでも拒否するのは容易だ。
やめろ、敗北は必至だと警鐘する本能を上手に理性で蓋をする。
『physical effect.(身体強化)』
身体に魔力が通っていく感覚。俺は開始の合図を待つことなく、踏み込むとそのまま雑に斬りつけた。
「――――――」
何度斬りかかろうとプライムヴァルドは表情ひとつ変えない。当たり前だ、強化一つで倒せるような相手ならキリアリスも殺されるわけがない。
かん、かんと木剣の音が響き渡る。俺の攻撃は一向に届く気配はない。
「さて、そろそろいいか」
プライムヴァルドが片手で器用に剣を持ち変える。
逆手の、防御の構え、ただでさえ通じなかった攻撃は受け流され手ごたえすらなくなってしまう。
「どうした、君は魔術師ではなかったのか」
相手のレベルはもうわかっている。
突くウィークポイントも明白だ。
自分の武装の確認は今打ち合い中に済んでいる。
剣を逆袈裟……左側から切り上げる。プライムヴァルドは右腕が無いため左手で剣を横に構えながら受け流す。
さすが早い。逆手のアドバンテージ、予備動作が全くない。
一歩、二歩左……相手の攻撃範囲外にずれながらお得意の癇癪球を投げつける。
数は六つ。
相手の死角になるよう木剣に重なるように投げつける。
もちろんそんな玩具での攻撃を見逃すはずもなく、プライムヴァルドはそれを切り払おうとする。……が、彼には絶対切り払えない。
「――――――っ」
腐っても炎熱の魔術師なのだ、器用に衝撃を殺しながら切り払ったとしても残った『熱』が癇癪球を破裂させる。
至近距離で破裂した癇癪球はプライムヴァルドの視界を覆い、結果彼が取れる行動は二つ。
切り払うか、煙から抜けるか。
俺にとってはどちらでも問題は無い。
相手からこちらは見えない状況、木刀を右手に握りしめ、踏み込みながら左手を後ろに回す。
プライムヴァルドが煙から飛び出し、接近する俺を見るなり迎撃する為に剣を振りかぶった。
―――――ここだ。
『/stack―――ッ』
迎撃すべく足を止めたプライムヴァルド。
取り出したのは儀式剣、阻害するのは光。
ノートの文字が見えなくなる原理と一緒だ。相手からは見えない儀式剣が止めた足へと突き刺さる。
「―――――な、に」
がくん、と、膝を付きそうになるプライムヴァルドの首元めがけ、木剣を振り下ろす。
「うああァァっ」
力を入れる為の、ただの大声。
それだけ必死だった、掛け声を整える余裕なんてなかった。
この角度、この威力で人間に打ち付けてしまえば首の骨なんて簡単に折れてしまう、なんて考える余裕も無かった。
それだけの全力。
乱暴に振り切ったその剣は。
「うおぉぉぉぉっ」
空しく――――空を切った――――。




