Phase3-13『またひとつ』
Phase3-13 23/3/5 投稿
「待て、待って―――――――」
―――――手を伸ばす。
届かないのは解っている。こいつと俺との距離は初めから一ミリも縮まることは無かった。それでも手を伸ばすのはかけがえのない、大切な人だから。
「待たないよ、お前はこれから外に出て幸せに暮らすんだ。
最初は悩むかもしんないけどさ、俺の事なんてとっとと忘れてこれからの事を考えろよ。
あぁそうそう、その袋には金と銀を詰めてある、無駄遣いしなけりゃ死ぬまでくらいなら遊んで暮らせる額だ」
既に起動した魔術、ちらつく外界の景色に視界がガーデンから離れていくのがわかる。
「なんでだよ、この世界はこれからじゃないか。
これから維持して平和に―――――」
「――――ならなんでそんな辛そうな顔するんだよ」
冷たい言い用に思わず言葉を失った。
「セイ、お前はすごいよ。
俺ならこうはならなかった。
知ってるだろうけど俺、人の命なんてどうでもよくてさ。俺だったらみんな殺して平定、ユグドラシルを手中に収めてハイ終わりだ」
そう言ってつまらなさそうにユグドラシルを見上げ、再び俺の方を見る。
「……でも、やっぱお前は違った、違ったんだよセイ。
お前はどんなに心を殺そうとしても人並みに傷ついて人並みに葛藤して苦しんで悩む。
そんなお前のおかげで世界が救われたんだ、俺は友達としてこんなに誇らしいことはないよ。
でも、そんなお前がこれ以上傷つくのは見るに堪えない――――だから、もう苦しまなくてもいいようにここから出て行ってもらう。
大丈夫だ、あとは俺が全部やってやる。お前がやったように、丁寧に。少ない犠牲で。
お前はこんな苦しい世界全部忘れて幸せに生きるんだ」
それが俺の望みだ。と、ヴェルは呟いて満足そうに目を閉じた。だというのに、俺は納得できない。納得できずにいる。
だって。
「駄目だ、ヴェル、それが願いだというのなら何で、お前はそんな泣きそうな顔をしているんだ――――」
俺にはその奥の彼の表情がはっきりと見えてしまっているのだから。
「――――あ、はは。ははは」
俺の言葉に一瞬驚いたかと思えば、手を顔に当て笑い出した。
「あぁ、なるほど、自分でもわかってなかったのか、俺は。全く同じこと言われるなんて―――――。
静かなる鼓動、冷たい吐息、苦痛は忘却の彼方へ――――」
―――――Tranquilize.(君の心に安寧を)と、ヴェルが無慈悲に詠唱する。瞬間俺の心は冷静さを取り戻した。取り戻してしまった。
「――――ぁ」
伸ばした右手が空を掻く。先ほどまで視界を覆っていたユグドラシルは、影も形も見えなくなってしまっていた―――――。
―――――†―――――
「セイ、おいセイッ」
「――――――は」
体をゆすられて目を覚ました。
「こんなところで寝て、風邪ひくぞ」
「えっ、あ、ごめん……っぅ……」
慌てて身体を起こし、痺れた足に顔を顰める。どうやらノートを読んだまま机で眠ってしまっていたようだ。読んだばかりで記憶に新しかったのか内容はその結末――――だろう。
あんな場面を経験した覚えは無いのでおそらく、自分のイメージをそのまま見てしまったのだろう。
「全く、昼飯も食わずに何してんのかと思えば部屋に籠ってお勉強か、ご立派なこって」
はぁ、と呆れた口調で注意するものの、気にして持ってきてくれたのか机の端にはパンが二つ。
「悪かったよ」
「はぁ。もう日も落ちてきてるからさ、それで足りなかったら夕食の残りもあるから食堂に取りに来いよ」
じゃあな、と立ち去ろうとするブレイド。
「待って」
その背中を見て焦燥感に駆られ、思わず呼び止めてしまった。
「なに、まだ何かあるのかよ」
はて、と首を傾げるブレイド。
……彼に今、この質問をする意味はない。ないが、それでももやついた胸のつっかえを言葉にしたかった。
「ブレイドはもし、信用していた人に裏切られたら……どうすると思う」
あまりに抽象的で、答えに詰まる質問。俺だったら言葉に窮するそれを。
「あぁ、俺なら一緒に裏切るけど」
彼はスパッと切って捨てた。
「多分お前の欲しい答えじゃないけど、まぁ、俺ならそうする」
あまりに思い切りのいい答えに思わずふっと笑ってしまった。なるほど、彼には義とか忠とかどうでもいいらしい。一番大切なものの為に、と言う意味では彼も俺と一緒なのだろう。
「なんだよ、自分で聞いておいて失礼な奴だな」
「ごめん、でもお前に訊いてよかったよブレイド」
「そうか。んじゃ、俺は部屋に戻るから」
そう言ってブレイドは去っていった。
悩んだ結果、やることは結局変わらなさそうだ。ノートの自分があまりにも立派だったので思想が引っ張られそうになったが、そうだ。
『君の力なんてたかが知れている、出来ることは驚くほど少ない。
しっかり学んで、自分に本当に必要なものの取捨選択をきちんとすることだ』
確かに、マクラウドの言うとおりだ。いつかの自分の言うことなんて聞く必要はない。俺はただそれを参考に、自分の出来ることをするしかないのだ。
「目標が高すぎるけどな」
夢のヴェルの目を思い出す。その優しい瞳は、俺の知っているヴェルと全く変わらなくて、遠かった。
「今日は寝るか」
明日も早いうえ、神父からの指示もある。俺はひとりごちると、ベッドに横になり眠りについた。
―――――†―――――
another prespective by Plivetta…
馬車馬を休ませながらキャンプの準備をするプリベッタ。ラウンドナイツを送り届けてから丸二日、もう一日も走らせればレダルキアに到着する。
もう少し走らせようかとも思案したが、最近は日が落ちるのもだいぶ早くなってきた為、大事を取った形である。
「この任務が終われば休暇だぞ、よしよし」
言いながら優しく馬の鬣を撫でるプリベッタ。
馬の寝場所も確保して休もうとしたとき、それは現れた。
「―――――」
その気配に気づいたプリベッタは武器を手に取るとゆっくりと立ち上がり馬たちと距離を取った。
「このような時間に来客とは、マナーがなっていませんね。
『揚々として冷酷、歌う聖霊は森へと堕とし、宿り木の種は神経を伝う』
どなたかは知りませんがここで――――」
その相手を見てプリベッタは目を見開くとキッと睨みつけた。
「逃げられる可能性があるとは思っていましたが、まさか同じ相手に戦いを挑むとは……学習能力がないのですか、貴方たちは」
眼前に現れたのはつい数日前に倒したはずの山賊三人。
プリベッタは周囲を警戒する。さすがに彼らが馬鹿でもあれだけ圧倒的に負けたというのに再戦してくるはずはない、と。
「来ないのですか、ならばこちらから行きますよ」
返事はない。山賊たちは引きつったようなにやけ顔でプリベッタを見ている。
「―――――」
先に動いたのはプリベッタだ。会話は成り立たないと早々に切り捨て、今回は殺すつもりで剣を振るう。
「―――――せいっ、はぁっ」
前に立つ魔術師の肩口に一閃、そのまま心臓を一突きすると右後ろの山賊の首の動脈を一突き、反対の山賊の両ももを突き、心臓を貫いた。
都合五秒弱。
周囲を警戒しながらポケットから取り出した布でレイピアの血をぬぐう。ぬぐおうとして、血がべっとりと取れないこと気がついた。
「これは……」
取れないわけではない。取れにくいだけ。
なんだろうか、これはと首を傾げたところで正面から歩いてくる人影に気が付いた。
「実に無駄のないいい動きだ。
いやぁ、容赦がない。さすがアルキリオの騎士様」
ぱち、ぱち、ぱち。と、間の空いた拍手をしながら近づいてくる男。
「異形の仮面と入れ墨、サクリファイスか」
レイピアを構えながら睨むプリベッタ。
「あぁ、いやだいやだ。相手に訊く前に自分から名乗りを挙げるよう教えは受けていないのですか、アルキリオの騎士たちは」
「貴様らのような無法者に持ち合わせる作法などない」
無法者、と言われ心底つまらなさそうに嘆息し、自己紹介をする。
「まぁ、いいでしょう。
私はクラーキィ、クラーキィ=ワン。
犠牲を生み出す間違った秩序に仇為す者。
一応聞きますが彼らと先日戦ったのはあなたで間違いないですか」
そう言って足元に転がる死体を一瞥するクラーキィにプリベッタは嫌悪の籠った視線を送る。
「クラーキィ……あなたはまさかフォール=バーンの……だとしたら何故猶更こんな命を無駄にするような非道をするッ」
プリベッタの激昂に満足したのか、クラーキィはにやりと口元を釣り上げた。
「それだけ聞ければ結構。答えてくださったので私もお答えしましょう。
捨てられたからですよ、騎士様。
祖父を殺され拠り所の亡くなった私を、アルキリオは、騎士は、なんの同情もなく切り捨てたからッ」
取り出したのは特徴的な形状を持つ、カトラス刀。構えるなりすぐに踏み込み斬りつけようとするクラーキィにプリベッタはレイピアを少し引き迎撃しようとして。
「い、っ、つぅッ」
ぢくり、と足首に走る痛みに身をよろめかせた。
慌てて見た足元では死んだはずの山賊二人が自分の足首に針のようなものを数本刺している。
「なっ……このっ」
その腕をレイピアで突き刺し、蹴り飛ばそうとしたところで、自分の足が思うように動かなくなっていることに気が付いた。
さらに後ろから死んだはずの魔術師が二本、右肩に針を突き刺してきた。
「い、づ、闇夜の凪ぎ、紡――――ぅ」
まずい、と、直感的に気付き魔術で対応しようとしたところでもう自分が詰んでいることに気が付いた。
「さすが、素晴らしい反応速度でした。
ですが、その強さが仇となりましたね」
ずっ、と、針が唯一自由だった左肩に刺され、プリベッタは顔をゆがめた。
「なにを、した……」
動かない身体。痛覚はあるのにピクリとも動かない手からレイピアが空しく落下した。
「貴方は馬車で早々逃げるべきだった、一時的とはいえ、ここは私の巣になっているのでですから」
そう言ってプリベッタの頭を左手で抑えると、右手に持った針をこめかみに当てた。
「さようなら、名も知らない騎士様。
せめてそのお名前だけでもと思ったのですが、惜しい限りです」
「ま――――」
プリベッタは制止の言葉を発しきることなく、ずっ、と、こめかみに感じる鋭い痛みと共に完全に意識を失った。




