プロローグ5
プロローグ 7分の5です。
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「帰ったか」
はぁ、とため息をつきながら溜まった書類を片づけていく。
「えぇ、隊長が中央の会議に出ている間に帰りましたよ」
隣の机では俺の手伝いをひと段落させたクックフェトがコーヒーを飲みながら一息ついている。ほかのメンバーは字が読めないので外で訓練中だ。
「将来有望……というより、ああいう素直で志の高い人材はとても貴重だ。
ぜひうちの部隊に入れて上へ行ってもらいたかったんだが……最後まで断られてしまったよ」
はは、と苦笑しながら書類にサインをひとつ。
「だいぶ気に入ってましたもんね、隊長。
あまりの熱の入りように自分も思わず嫉妬してしまいましたよ。
最後に剣まで。聞きましたよ、かなり高級な剣を送ったらしいじゃないですか」
やれやれ、と呆れた口調に思わず「うっ」と唸ってしまう。
「彼がずいぶん長い時間迷っていたからついね。いつものをやってしまったよ」
「あれですか。
少々気前が良すぎる気がしますが、自分の時もやってくださいましたしね、文句は言えないです。
まぁ、自分の為ではなく大切な他人の為に大枚を叩くとことか隊長らしくていいんじゃないですか」
ふぅ、とため息を一つこぼして再び書類整理にもどるクックフェト。
「そうか、俺らしい、か。
そんなに自分に無頓着ではないつもりだったんだけどなぁ。
そういえばお前たち四人も無事贈り物を渡せたのか」
右へ左へ書類に目を通しながら尋ねる。
「えぇ、彼マメに記録を録っているみたいだったので羊皮紙とペンを四人で贈りました。
魔術の本もセットで渡したら予想以上に喜んでくれましたよ」
とんとん、と確認し終わった書類を横にいおいていく。量的にあと十分くらいで終わるか、というところだろうか。
「なるほど、魔術と言えば彼は何かこだわりがありそうな感じだったな。
身体強化を勧めたときは何やら渋い顔をしていたっけ」
「こだわりを持っていた、と言っても本当に微々たる魔術でしたね。
特に何か他の魔術があるような様子もなかったですし、こだわっていた割にはその……」
「……あぁ、弱かったな」
俺が言うとクックフェトは深く頷いた。
「詠唱無しで使ったりすごく繊細な魔術の使い方をする割に魔力がない、というか、そんな感じでしょうか」
「そうだな、ただいくら繊細でも干渉できるものが少なすぎて結局一番上手に使えているのが身体強化だったところを見ると、ただ意地を張っていただけな気もするが……。
ほかの訓練や下働きの時が素直だっただけにあの反応だけやたら目立っていたな……っと、よし」
書類の整理をすべて終わらせ伸びをする。
ここ一か月セイの訓練やらなにやら見ていたぶんなかなか進まなかったが、これですべて片付いたことになる。
「ありがとう、クックフェト。お前が文字を読めるようになってくれて本当に助かった」
「そう言っていただけると勉強した甲斐があるってもんです。まぁ、まだ読むだけでろくに書けないですけどね」
申し訳なさそうにはにかむクックフェト。
しかし、この部隊に来る前の彼は狩猟家系のひとりだ、文字を読むどころか見たことすらなかったはず。
それをこの部隊に入って俺が忙しそうにしているからという理由だけでここまで勉強してくれているのだ。感謝こそすれ 不満などあるはずもない。
「さてと、それじゃあクックフェト。
みんなを呼んできてくれるか」
「了解です」
クックフェトは敬礼するといつも通り駆け足で呼びに行った。
「────はぁ──……」
目をつむって、深呼吸をする。
今から皆に何を言おうとしているかを思い返して、心が揺らぎそうになった。
やはり自分で、自分だけで行うべきだろうか。……いや、一人で出来る作戦ではない。
もし、もしも彼らのうち誰かひとりでも反対する人間が居ればこの作戦は……。
「隊長、呼びましたか」
部屋に入るなり呼びかけてくるキースの声にびくりと身を竦ませる。
「あ、あぁ、訓練中に呼んですまない」
思わず挙動不審に視線を泳がせたからか、キースが眉を寄せながら首を傾げる。
「どうしたんです、隊長。
もしかして先日購入したセイの剣が高すぎて金でも貸してほしいとか」
金なら持ってないですよ。ははは、と軽口を叩くキースに思わず毒気を抜かれた。
あぁ、いつもこいつはこんな感じだ、俺が言いにくい空気を察して、言いやすいようおどけて見せる。
「キースさん、ちょっと、早いですよ。
……と、隊長。ショートエッジメンバー全員揃いました」
残りの隊員を連れてきたクックフェトが背筋を伸ばして敬礼する。
「結構、ご苦労だった」
俺は手で制しながら一人ずつゆっくりと視線を送っていく。
隊員たちは雰囲気から大事だと察したのか、背筋を伸ばして俺の発言に備えている。
「君たちには日頃からずっと助けられている」
目を閉じ、部隊に来てからの数年を思い出す。本当にいろいろなことがあった。
古参のキースと、入隊したての俺。
その後別の隊から入隊してきたスワリアと初日で喧嘩し、
酒場で部隊に誘ったレイアに潰されて記憶を飛ばして、
森への遠征で出会ったクックフェトを半ばむりやり引き抜いて、
俺が国宝の聖剣を賜って隊長に任命され、
その後入隊して二年の若手、フィッキーが入隊。
今の今まで、そんな全員に支えられて俺は隊長としてやってきた。
「俺は、この部隊が好きだ」
思い出から帰るように、ゆっくりと素直に、心から言葉を紡ぐ。
「しかし、この国は数年前からずっと戦いに明け暮れている。
現在こそ休戦に近い状況だが、その火蓋がいつ切って落とされるかわからない状況だ。
東部第三遠征部隊である諸君らにおいては身に染みてわかることだろう」
国境付近への遠征へ行けば小さないざこざや他国との小さな衝突が絶えない。それをずっと見てきたからこそわかる、この国の現状。
「私は、この世界をこの魔術大国から解放するべきだと考えている」
言葉の意味をだんだんと理解してきたのか、一瞬隊員が動揺したのが感じ取れた。
あたりまえだ、もう、みな解っている。
俺が何を言いたいのか、何をしたいのか。
「恨みや私情が全くないと言えばうそになる。しかし……」
言葉に詰まる。これを言ってしまえばもう後戻りはできない。
「俺は魔術を、魔力を。
この世界、あまねくすべてのものに返すべきだと考えている。
……そう、争いの根源。この国に繫栄と争いを与えてきたあの大樹、魔術結界式『ユグドラシル』を破壊する。
君たちには、その為の力を貸していただきたい」
はっきりと告げ、真っすぐと隊員へ視線を送った。
「よく、決心してくださった、隊長。
我らが命、ダイアスレフの名の下に捧げましょう」
キースが胸に手を当て、片膝を付くとほかの隊員も間髪を入れずに同じように膝を付き、こちらを見上げた。
目を逸らすものは誰一人としていない。
……ここに、東部第三遠征部隊ショートエッジのクーデター作戦が決定した。
俺はもう揺らがない、揺らぐことを許されない。ただ、全員から視線を向けられた瞬間、「ここにセイが居たら同意してくれただろうか」と、一瞬そんな考えが頭をよぎっていた。