Phase3-10 『Hero say~英雄は云った~(前編)』
Phase3-10 23/2/13 投稿
神父にノートの開示方法を教えてもらった俺は、宿に帰ると昼食も摂らずすぐに試した。
『このノートにかかっている想起阻害を解除するための呪文は、『my dear friend』(親愛なる友よ)だ。
誰の事かは……言うまでもないな』
とは神父の言葉だ。
部屋に一人、ノートを手に目を閉じると親友の顔を思い浮かべながらそっと唱える。
「―――my dear friend」
目を開けてみる。
特に変化があった様子はないが、内容を想起してみればわかることだ。
「…………」
……わかること、なのだが俺はあえて思い出さず、ノートの表紙に目をやった。
このタイトルと解除呪文を合わせると『Hero say ”my dear friend“』(英雄は云った”親愛なる友よ“)となる。
このノートを書いた俺が、いったい何を考えていたのか。何を思ってこのタイトルに、解除呪文にしたのか。改めて知る必要があるだろう。
俺は深呼吸をすると、そっとノートの頁を開いた。
―――――†―――――
八月十日
今日からノートに記録を記していこうと思う。
理由は過去に飛ばされた為、記録をつけるべきだと思ったからだ。ここへ飛ばされた原因はほぼ間違いなく師匠の魔術。何もかもわからないことだらけだが、とりあれずヴェルと会うことが出来たので当面の目的はあいつと未来に戻ることにしようと思っている。
情報の整理の為、わかったことはノートの最後の頁にまとめることにした。早いところ未来に帰ることが出来ればいいが、当面どうするか目途は立っていない。
八月十二日
あれから何の進展もない。外の国から来たからだろうか、監視の目もとても厳しくなっている。
とりあえずこの国にとって不利益になることをするつもりはないが、もしも何かしてしまえばすぐさま消されることだろう。
出来ることならトラブルを起こすことなく未来に帰る算段をしたいところ。
図書館への出入りを許されたのでしばらくはここに通おうと思う。幸い、本を読むのは苦手ではない。
この時代の魔術の事を知る機会が得られたと思って学んでいこうと思う。
九月三日
だいぶこの国の生活に慣れてきた。
振り返ってみるとほぼ必ずと言っていいほど誰かが監視している。それも隠れる様子は特にない。
見ているんだぞ、と言わんばかりの態度だ。まぁ、別に何か悪いことをするつもりはないので問題がないと言えばないのだが。
一緒にこの国に来たヴェルは軍で任務に当たることが多くなってきた。ヴェル曰くこの国には優秀な兵士が多いらしく戦闘要員としてはほとんど使われていないとのこと。どちらかと言うと長距離移動や多彩さから偵察に出されることが多いようだ。ヴェルもそう言うことならと戦闘スキルのほとんどを隠しているらしい。もったいないことだ。
それと、このノートはこれから自分以外の人間が見るときは光の反射を阻害するように細工しようと思う。これなら他人に魔術を作用させる必要がない為俺にも出来る。
というかこの国の人間はみんな揃って魔力が高いため俺の魔術はほとんど効かないのでこれくらいしかやりようがない。あの大樹……ヴェルがユグドラシルと言っていたが、あれのせいだろうか。
この辺りは魔力の濃度が高い、生まれる人間も自然と魔力を帯びるのだろう。俺も多少は魔力が増えるかと期待したがもう育ってしまった人間は対象外のようだ。
九月十五日
今日はなんと国のトップであるクロード=クラウド賢士と話す機会を得た。
話す、といってもほぼ尋問のようなものだったのだが。未来から来たこと、俺がたいした魔術師でないこと、その他もろもろ正直に話した。もともと隠すことなど何もなかったのだが。
未来の科学に興味を示していたが、魔術と相性が悪いことを伝えるとすぐに引き下がってくれた、さすが懸命な方だ。
ユグドラシルへの調査は完全に断られてしまったが、この国にいる間は俺の身の安全は保障してくれるとのことだった。これでよりいっそう魔術の研鑽に励めるというものだ。
だが問題が一つ、会話の最中ヴェルの能力が何故か看破された。余計なことは言っていないつもりだがあの宝玉だろうか、ヴェルが十分戦闘が出来ることに加えて戦闘で使用する魔術はほぼすべて看破されたと思っていいだろう。
ヴェルは気にしなさそうだが、どちらかと言うと黙っていた俺の立場が不味いかもしれない。警戒するべきだろう。
九月二十日
クロード賢士への謁見後、俺は国外への出撃命令が出た。
出発は三日後、どういう意図があるかは知らないが、断ることはおそらくできない。準備だけはしておこうと思う。幸い、ヴェルが出撃メンバーに入っているから危険なことはないと思うが。
九月二十三日
出撃日。出撃メンバーにヴェルの名前は無かった。直前で名簿を変えられたらしい。
しかも今回はアルキリオで最強と謳われるグングニルのオーディン、ゼイミ=キリアリスの動向となった。
メンバーは十五人。どうやら最前線とのことだが、俺はもしかしたらここで命を落とすことになるかもしれない。
九月二十四日
今日は本当に死んだと思った。
敵兵がおおよそ三百前後はいるであろう戦場に駆り出された。被我戦力差実に二十対一。もちろん相手が二十である。
だが、俺達が傷を負うことは終ぞなかった。ここからは戦場の記録としてきちんと残しておこうと思う。
戦闘を開始してすぐ、キリアリスが名乗りを上げ、逃走、撤退を奪う魔術、大神勧告を起動する。
続いて紡がれるのはすべての敵を追尾し光の槍を穿つ、二十節以上に渡る大魔術、大神宣告。
生き延びた相手からの大砲や矢による反撃を彼は微動だにせずに迎え撃つ。しかしキリアリスに届く直前、詠唱も無しに起動した大神結界が全て防いだ。
ならばと魔術による追撃を試みるも対応するキリアリスの八節の防御魔術、大神結界によって霧散した。
―――――たった一人。たった一人の青年の行進により、撤退すら許されなくなった兵三百はものの一時間程度で全滅した。
一般の戦と言うものがどういうものか、俺は知らないがこれがどれだけ異常な事かはよくわかる。こんなの、市街地にミサイルを撃ち込むのと何ら変わりない、ただの……虐殺だ。
多くの兵士たちが為す術もなく殺されていく様を見るのもそうだが、何より恐ろしかったのはゼイミ=キリアリスだ。
殺すことになんの感情も持ち合わせていないようなその目、躊躇いのないその所作。
殲滅後も特に思うことはないのか、淡々と引き上げ国へと帰投。国へ帰りの馬車の中、途中で彼が寝てしまうまで一度たりとも口を開くことはなかった。
九月二十五日
無事アルキリオへ帰ってこられた俺はクロード賢士に呼び出された。
なんでも今回はゼイミ=キリアリスの実力を俺に見せたかったらしい。
先日ヴェルの能力を聞いたとき、どちらが強いか気になったようだ。確かにゼイミ=キリアリスは強いと思ったが俺はヴェルの方が強いと答えた。
クロード賢士はわかった、とだけ言って俺を返したが、どういう目的があったのだろうか。
十二月二十四日
今日は事件があった。第三遠征部隊『ショートエッジ』が謀反を起こしたらしい。隊長の名前はフレア=ダイアスレフ。ダインスレイヴと名前が似ているが何か関係があるのだろうか。
事件は昨晩起きたらしい。防衛に当たっていた第一防衛隊全員を昏倒させ、ショートエッジメンバーは大樹……ユグドラシルの元へ向かったそうだ。
ユグドラシルへ付近へは禁域とされ侵入は重罪。事件発生数時間後、第一親衛隊のフリーカウンターが現場へ急行。戦闘の末ショートエッジメンバー五名は全員捕縛された、とのことだ。
未来へ戻る手がかりがあるかもしれないからユグドラシルは俺も調査したいところであるが、エリートの親衛隊がすぐに駆け付けるような事態になるのだとすれば、侵入は現実的ではないだろう。
十二月三十一日
年末、日本では大晦日と呼ばれる日。先日ユグドラシルに侵入したショートエッジの公開処刑が執り行われた。
処刑人はゼイミ=キリアリス。
俺も現場に見に行ったが、被刑者のフレア=ダイアスレフの叫びはとても悲痛なものだった。
この国の国王が取り仕切る戦争の悲惨さから始まり、癒着や権力の偏り、そして最後には兄を殺したらしいゼイミ=キリアリスへの糾弾。
他の部隊メンバーと火刑に処されながらもその叫びは続いていた。
この国の歪さは俺にはわからないが、彼らの言葉は確かに心に残ってしまうほどの決死の言葉だった。
―――――†―――――
―――――ダイアスレフの最期を読んで俺は一度天井を仰いだ。
自分が知っているダイアスレフとは別、しかし間違いなく彼の最期。全くこの世界と変わりのない彼の慟哭だ。
惜しむらくは彼のその言葉をこの世界では俺しか……知らないということだろう。
ここまで読んで理解したことは
この世界はノートの中の出来事よりも幾分か早く事が起こっているということ。俺がここに来た日が同日であるにもかかわらず、ショートエッジの謀反は二か月以上早い……。
俺が彼らの部隊に加入したことが要因の可能性も考えたが、それを含めても早すぎるだろう。
次にノートではヴェルが俺と同時にこの国へ来ているということ、そしてこの国で戦っていること。俺が全く戦闘をしていない、ということ。
そして最後が……第一親衛隊が俺の知っている『ラウンドナイツ』ではなく『フリーカウンター』この世界では過去に全滅したとされている部隊だということ。
これらの要因が何を意味しているのか、先を読めばわかるだろうか。
俺は一度深呼吸をすると、次の頁をめくった―――――。




